01
ルークは退屈な毎日を送っていた。 ガイが屋敷に届けてくれてからというもの、彼には一度も会わない日々だ。 他の仲間はルークに会いに来てくれたりしているのだが、ガイだけは絶対に会いに来ない。 これは一か月以上前の時までさかのぼる。 三カ月もの間、ルークはガイと一緒に旅をしていた。 その間は実に充実した時間であり、ルークは今でもそれを鮮明に思いだすことが出来る。 最も一か月経過してくるとそれも徐々にあやふやになって、ガイの笑顔もどんなものだったかすらわからない。 会えないという不満でいっぱいで、ルークの記憶の中にあるガイまでもが少し仏頂面のように映ってしまう。 ルークは慌てて首を振り、嘆息する。こんなことになったのはアッシュの所為だ。 アッシュの奴が、ガイがルークを屋敷で連れ帰るなり、ガイの周りを白光騎士団で固めたのだ。 「……これは、一体どういうことですか?」 「しらを切るつもりか!俺の妹と一緒に旅をしたその罪、万死に値する!」 当時アッシュの目は血走っていた。 その側にはナタリアもおり、ナタリアはガイを見下ろす。 「ルークを女性だと知った上で旅に誘ったとは本当ですの!?」 「それは、……本当です」 ガイが苦く肯定すれば、兵士たちが持っていた武器をガイに矛先を向ける。 ルークは慌ててガイの前に出た。 「ちょ、ちょっと待ってくれ!なんで俺が女だって知って…、つーかそれよりも!ガイは悪くねーんだ!俺がガイに隠すようにって言って」 「ルーク!そんな奴を庇いだてする義理はねえ!!そこをどけ!」 アッシュが手を振り払い、ナタリアがメイドを引き連れルークの腕をぐっと掴んで連れて行く。 「おい!待て!待ってくれよ!本当にガイは悪くないんだよ!別に庇ってねえ!本当だって!なあ!!」 ルークは抵抗しようとするが、約三人に腕を掴まれては身動きも取れない。 ルークは閉じられる扉の向こうで、ガイの姿を辛うじて見ることしかできなかった。 そしてその日からガイの姿は見ていない。 アッシュは憤懣やるかたない様子であり、いつでも苛々している。 ルークがガイの二文字を発しようものなら、アッシュは怒鳴ってくる。 「お前は分かってるのか!宿屋でお前たちは…よ、夜を共にしたんだぞ!!」 「んな、大したことしてねーって。お前は俺たちに野宿しろって言うのかよ?」 別に一緒に宿をとることは普通ではないか。ルークがそういえばアッシュは声を張り上げる。 「そうだ!ガイだけ野宿にすればいい!!なぜそうしなかった!?」 「そんなこと出来る訳ないっつーの!大体、たかが宿で大袈裟なんだよ!何もねえっいってるだろ!」 ルークは負けじと怒鳴ると、踵を返して歩いて行ってしまう。 ゆらゆらと長い髪の毛が揺れ、透き通るように白い腕が見える。 今は季節的に熱い時期だと言っても、ルークのその姿を見てはアッシュは長袖を着るべきだと苦虫を潰す。 本当にこの片割れは自分が一体どんなに異性の目を引くのか、その危険性すら分かっていない。 ルークはファブレ家の深窓のご令嬢として知らぬ貴族はまずいない。 その美しさを見たら一目で恋に落ちてしまうとさえいわれている。 だが当の本人はそれに対して無自覚だ。 その噂を聞いた時には、マジウケるとその噂を伝えたアッシュを馬鹿笑いまでしていた。 アッシュはルークの馬鹿笑いを聞いた時、怒りを抑えながらこいつに言うんじゃなかったと酷く後悔したものだ。 ルークにとっては男として育てられた期間が長すぎて、自分が女性として見られることはないと思っているようだった。 しかし、男装をやめた今となっては話しは別だ。 ちゃんとルークが女だと判明した今は、式典でもルークが女性だと明かしたようにそれ相応な毎日を送るべきなのだ。 いや、送らせるべきなのである。ルークは誰か監視役でもつけない限りあの様子は治らない。 教育係をつけた今でさえルークは内容が気に入らなければ、窓からすたんと軽い身のこなしで逃げ出す何てざらにある。 しかもルークはドレスの下には毎度の如くズボンをはいていた。 一時は止めさせようと思ったのだが、それはやめになった。 なぜならルークがよく走りまわるからだ。 典型的なお転婆をあっさりと超えて見せるルークがアッシュにとっては悩みの種だった。 そしてルークにとってはアッシュが悩みの種だった。 ちょっとガイから手紙が来てないか確認しに行こうものなら、ものすごい形相でにらんでくる。 自分の屋敷なのにちっとも気が休めない。 ルークはラムダスにこっそりと窓から声をかけると、ラムダスはルークに手紙を渡してくれた。 ルークはそれを受け取ってラムダスにサンキュなと微笑みかけると、その場を後にする。 ラムダスがなぜルークにガイからの手紙を橋渡ししてくれるかというと、ルークは屋敷に帰ってきてからと言うものエントランスによくいるようになったのだ。 エントランスなら客人が来れば嫌でもルークの目に入る。 しかもルークはガイの言っていた宝刀をじっと見つめ、客人はそのルークの憂慮な顔に見入ってしまうのだ。 そのためクリムゾンはよく縁談の話を持ちかけられては断るという日々を送る羽目になった。 これはルークの噂を生み出すきっかけにもなる。 それに頭を痛めたクリムゾンが、何でもいいからルークをエントランスに近づけるなといい、ラムダスもそれに困ってしまう。 しかしルークは旅に出る前にガルディオスと親しげに話していたことを思い出し、試しに旦那さまから破棄するように言われていたガイの手紙をルークに渡すと、彼女はあっさりとエントランスに入ることをやめた。 しかも屋敷ではなかなか見せなかった笑顔をラムダスに見せてくれるのだ。 ラムダスもラムダスでガイから手紙が来るのがちょっぴり楽しみになっていた。 「えーと。今日は何が書いてあるんだろうな……」 ルークはペーパーナイフでガイの便箋を器用に開ける。 中から手紙を取り出すと、ガイは相変わらずの日常を送っていることを書いていた。 ガイは、表情を見せるようになってから色々と大変らしい。 ルークは前々からガイの性格を知っていたので何とも思わないのだが、ガイはかなり参っている様子だった。 『大変だったよ。俺がガルディオスだというと皆目を丸くして、終いには戯言はよせと言ってくる。こっちは会合で話しを来てるのにまるで話しにならないんだからな。そこでピオニー陛下が俺にブウサギの散歩って言う特別任務を与えると言いだした。仕事が仕事にならないからって、閑職を与えられたと最初は思ったんだが、そうじゃない。ブウサギの散歩と会合どちらも俺にやれとのことだった。毎日、ブウサギ臭い日々が続いてる。ルークももこれからたくさん貴族として学ぶことがあるだろうが、頑張れよ』 ルークはそれにくすりと笑ってしまう。ブウサギのことはルークも知っている。 ピオニーは六匹のブウサギを愛育しており、彼の私室はいつもブウサギによって荒らされている。 しかしガイが六匹のブウサギに囲まれてそれの面倒をみるというのは想像しただけで笑えるものだ。 文面から察するにガイは困っているようだし、ルークに静かな笑いを齎せた。 そうしてルークはガイの手紙でほんの少しだけ気持ちが高揚する。 ガイに会って話がしたい。そんなことを考えては溜息ばかりが出てしまう。 「あいつ……今頃どうしてっかな」 ブウサギにぶうぶうと詰め寄られて、鼻水でも付けられて悲鳴なんて上げてるんじゃないだろうか。 そんなことを考えると、ルークはまた笑っていた。 その笑みを陰からこっそり盗み見る輩にルークは気付かない。 護衛を任された白光騎士団がルークに見入っているのを見てアッシュはそいつをぎろりと睨んだ。 それに気付いた白光騎士団は慌てて、甲冑を揺らしながらその場を去っていく。 アッシュは内心舌打ちし、ルークは目の毒だとさえ思うようになっていた。 憂い顔をしていたと思ったら、くすりと笑みを浮かべるルークは人目を引く。 本人はやはり自覚はない。 そんな人目を引く器用な真似がルークが出来ないことをアッシュが一番よく知っているのだ。 愛想笑いを浮かべろと言っても、ルークはアッシュと同様ひきつった笑いしか浮かばない。 こんなとこまで似なくてもいいのに、完全同位体というのは厄介だ。 おかげで社交界はアッシュはルークほど苦手とまではいかないが、二人揃って苦手というのは変わらない。 ルークは夕食の時間になると一気に憂い顔が多くなる。 いつもぼうっとしていて、食事などまるで手に付けない。 それを心配したシュザンヌが声をかければ、目を少しだけ伏せてルークは言うのだ。 「なんでもないです、母上……」 「ルーク……」 こんな悲しげな愛しの娘の姿を見て揺れ動かない父がいるだろうか。 クリムゾンは必死にその気持ちを抑え、アッシュはいつもその様子を見て内心腹を立てる。 父はルークに甘いのだ。勉強だってまともに受けないルークにクリムゾンは怒鳴ったことすらない。 クリムゾンがルークに対してそこまで怒らないのは自分がルークに男としての教育を施したことに負い目を感じているからなのだが、アッシュにとってはクリムゾンが手を抜いているようにしか見えなかった。 父がしっかりしないのなら、自分がルークを公爵家のご令嬢としての意識を確立してやらなければいけない。 その自負のせいでガイがどれだけアッシュに腸を煮え繰り返しているかなど、アッシュは知る由もなかった。 ナタリアは日に日に溜息の数が増え、話をしてもまるで耳に入らないルークの様子を見て心配していた。 恐らくルークはガイの事を、と思うのだがナタリアとしてはかなり複雑だった。 相手がガイでなければ、恐らく自分はルークをかなり応援しただろう。 しかしルークはガイが好きなのだ。ナタリアは応援できるはずもない。 だが、ルークは日増しにぼうっとする時間が増えていき、いつもナタリアの話には生返事が多くなっていた。 「ルーク!聞いてらっしゃいますの?」 「うん…ああ、聞いてる。今度はちゃんと勉強しろって言うんだろ」 ルークの言葉を聞いてナタリアは嘆息する。 「違いますわ。今度はパーティーがあるから、ダンスの練習をしましょうと申したのですわ」 「ダンスは別にいいよ。俺どうせ踊らないし」 「踊らないでは、困るのです!さあ、ルーク。一緒にダンスの練習を致しましょう!」 「……」 ナタリアが言ってもルークは練習など身に入らない。 何度も何度もステップを踏み間違え、終いにはそのステップも止まる始末だ。 これはかなりの重症ですわ、とナタリアはルークに目を這わせる。 しかしルークの気持ちが分からない訳でもない。 自分もアッシュに会えなかった時、物思いに駆られることが多かった。 それでもそうならなかったのは、仲間たちが側にいて、世界を救うというやるべきことがあったからだ。 今は世界は平和そのもので、アッシュも自分の傍にいてナタリアは思い悩むことはない。 しかしもしアッシュが屋敷に帰ってきてなかったらと思うと、ナタリアはついルークの姿を通して自分の姿を映すのだ。 きっとルークのようになっていたに違いない。与えられた公務は義務としてこなすが、その間はずっと物思いに耽っているだろう。 それでインゴベルトも心配させるのは容易に想像がついた。 ナタリアはルークとのダンスは諦めて、アッシュのいる部屋に向かった。 「ねえ、アッシュ。ルークをグランコクマに行かせてはどうでしょう?ジェイドも一度ルークを見たいと言っておりましたし…、わたくしも必要だと思いますわ」 「……ガイに会わせることがか?」 アッシュは渋い顔をナタリアに向ける。 アッシュはナタリアの考えを見抜いており、彼女は小さく頷いた。 「ええ。今のルークはとてもじゃないですけれど、見ていられませんもの。少しガイの姿を見て、元気を取り戻してくれればよろしいのです」 「……しかし…」 「アッシュは、あのままのルークでよろしいと仰いますの?」 「……そうは言ってない。だが……」 アッシュはかなり悩んだ様子だった。三カ月の旅のことでまだ頭を擡げているらしい。 ナタリアは時間が経つにつれて、ガイはルークの言うとおり手を出してなかったのだというのをアニスやティアから聞いて、ルークとの話とも合っているので、それほど気にならなくなってきていた。 しかしガイがまた重要なことを黙っていたのが問題なのだ。 けれどそれはルークからの口封じがあったようだし、こうなるとガイはとことんルークに傾倒していっているのが明らかであり、その傾倒っぷりにはナタリアも頭が下がる思いだ。 「わたくしだって、あなたが屋敷にいなかったらきっと毎日ルークのようになっていましたわ。それを考えるとルークのことは放っておけないのです。お願いです、アッシュ……」 「ナタリア……、分かった」 アッシュは悩んだ様子だったが、ナタリアの言葉を了承したのだ。 ナタリアはアッシュにお礼を述べて、花のような笑顔をアッシュに向けた。 アッシュはそれに少し目を逸らし、何でもないような顔をするように努めた。 それに気付いたナタリアはおかしそうに笑って、アッシュの手を取る。 「ルークが元気になるといいですわね」 「……そうだな」 ルークの知らない間に、グランコクマに向かう手筈が着々と整って行く。 ルークはそれに気付かず、いつ屋敷を抜け出してやろうかと画策していた。 最近ぼんやりするのはどうやって屋敷を脱出しようか考えているからだ。 ガイはあっさりと夜中に侵入を果たしてきたくらいだし、ルークも夜中に出ようかと考えたことがあったのだが、夜中は月明かりのない夜では真っ暗で何も見えない。 もし月明かりがあったとしてもルークの周りには白光騎士団がいて、物音がしただけで扉をノックされて声を確認される。 前より厳重になったこの牢獄をどうやって抜けだそう。 ルークはそう考えながらも、ガイの手紙だけは欠かさず読むようにはしていた。 あとがき こんな調子で始めます。次はガイ視点がかけるといいなあ。 それにしてもアッシュのルークへの過保護っぷりはかなり引きますね。 手直し出来たらしたいと思います。 |