13
アニスの宿屋に転がり込んだルークはすぐにベッドで寝てしまった。 アニスはそんなルークが憫然たる様子で眺める。ルークが言った通り、ガイはまずルークを好きになることはない。 ガイにとってルークは親友だというのもあるが、一生を捧げる程の相手だ。 生半可なものではないと思うとともに、ガイをそうさせるのは前にも言ったように自責の念からである。 恋愛感情からは程遠い思慕だ。いうなればガイがルークに向けている愛は家族愛だ。 ガイの愛とルークの愛はとてつもなく遠い。近い様で全く異なる感情だ。 アニスは一体どうしたらいいのだろうかと、ベッドの上で丸まった。 ルークは鳥の囀りが耳に入り、目をゆっくりと開く。 いつもとは違う部屋に気付き、そういえばアニスが宿泊している宿屋に来たことを思い出す。 身体を起こせば、アニスが傍らのベッドで小さく寝息を繰り返していた。 ルークはぼんやりとした足取りで、カーテンの側に行く。カーテンから日の光が透けて入っていた。 力なくカーテンを開くと、グランコクマの町並みが目に入る。ぼんやりとそれを眺めてふとルークは思った。 (ガイ……、心配してるだろうな……) 気分が優れないのかと訊ねたガイの声は自分を気遣ったものだった。 そんなガイに何も言わずにルークはアニスの元へ行ったのだ。 ガイはきっと自分が何かしたからだと思い悩むのが想像がついて、ルークは窓にそっと手を触れる。 窓は外気によって冷やされ、ルークの体温を奪っていく。 「俺のせいなのに……」 ガイが悩む必要なんてないのに、ガイを困らせることしかできない。 そんな自分にルークは打ちひしがれた。 すっかり日が昇ると、アニスと一緒にルークは朝食を取った。 その間は無言であり、アニスも時折話をルークに振ったりしたのだが、ほとんど生返事だった。 ルークはガイと結ばれることは決してないと鼻から諦めている。斯くいうアニスもそう思っているのだから会話が続かない。 しかしこのままではいけないというのは分かっている。だが、どうする術もなく二人してどんよりと顔を曇らせていく。 せめて大佐が来てくれたらとアニスは思うのだが、ジェイドはどうやらガイのケアに向かっているのかはたまた仕事が忙しいのかアニスたちの元へ一向にやってこない。 思えば最初からアニスにルークの恋愛事情を押し付けてきた相手だ。ルークの問題は全てアニスに押し付ける気なのだろう。 アニスはそれが分かると頭をぶんぶんと振った。それを見たルークが僅かに驚く。 「どうしたんだよ、アニス?」 「なんでもなーい★ルークは気にしなくていいから〜」 アニスがそう言ってもルークは気遣った様子である。こうなるとルークは引かないというのは経験上分かっていた。 アニスは白状したとしてもルークを余計追い詰めるだけなのだから言うのは憚れ、目を泳がせる。 けれどルークは歩み寄り、万事休すと思われたその時にノックの音がした。私ちょっと開けてくるねとアニスはそそくさと退散する。 散々悪魔だのイビルだの何だのジェイドのことを罵っていたがすっかりそれが消え失せて、アニスは嬉々として扉を開けた。 「どうかしたの?」 「……ティア!?」 扉を開ければそこに立っていたのはジェイドではなく、ティアだった。ティアは戸惑ったようにアニスに首を傾げている。 アニスはそういえばティアとこの宿屋で待ち合わせをしていたことを思い出した。 この一カ月余りルークはガイの元にいて大丈夫なのかということを確かめるためにやって来たことをすっかり忘れていたのだ。もし駄目だったら、ルークは私と同じ宿屋に泊めるから大丈夫なんて軽口も叩いていた。 しかしルークはガイを好きになってしまったことからアニスはティアが来ることをすっかり忘れて、それを誤魔化すようにアニスは慌てて部屋に招く。 「ティア、遅かったね〜。入って入って」 「……ちょっと船が遅れてしまったの。なんでも不具合があったらしいわ」 アニスはそれは危ないね整備士は何をやってるんだか〜と相槌を打った。 ティアは部屋に踏み入れ、すぐにルークの姿が目に入る。それを見るなりティアの顔色が変わり、アニスは不味ったと顔を逸らした。 「ルーク、ガイに何かされたの?」 「え?」 突然そんな風に訊ねられてルークは戸惑った。しかもティアは第一声がこれだ。 普通は久しぶりから入るものだと思っていたルークは訳が分からず、眉を顰める。 しかしティアはルークに近寄ってきた。 「はっきり言っていいのよ。私はあなたの味方だから」 「何も言うことなんてねえよ……」 ルークは顔を逸らす。きっと入り口でアニスの奴がティアに吹き込んだんだなとルークは思っていた。 だがティアにとっては全く別のものに捉えられ、ガイは最低だと怒髪、天を衝く勢いだ。 それを見ていたアニスは違うんだけど、とはティアには言いづらかった。 何せティアはルークのことが結構好きだというような場面が今までいくらかあった。 それを助長させるようなこともアニスはしている。これはアニスに限らず他の仲間にも言える事柄だった。 特にエルドラント前夜は思い出すだけでも嫌になって来る。 ルークからガイが好きだと告げられてからはどうしてそう思ってしまったんだと頭を抱える程だ。 「嘘を言わないで。本当は辛いんでしょう?」 「……」 ティアは詰問を許さない様子であり、ルークに厳しい目を向けていた。 ルークは顔を逸らしたままだったが、アニスは気まずさに耐えかねる。そもそもティアが来ることを忘れ、安易に部屋に招いた自分が悪い。せめて入口でルークはいるけど、特に深い意味はないくらい伝えておけばよかったと後悔してもあとの祭りだ。 しかしこのままだと傷心したルークをティアが余計に傷つけてしまう恐れがある。それはなんとしても避けねばならず、アニスはティアを一旦この部屋から出すのがベストだと思った。 「ティア。ちょっと二人で話したいことがあるの」 「それは後でもいいでしょう。私はルークに聞いているの」 ティアは一度こうなったら梃子でも動かない。ティアとしてはだんまりなルークから事情を聞きたいだけなのだろうが、アニスはこの鈍感と恨めしく思う。 この状況で普通二人で話したいと言えば、ルークのことをアニスが説明するということが分からないのだろうか。 ルーク本人を目の前にしてルークのことで話があるのなんて言える筈もない。それとも直接ルークから話を聞きたいのだろうか。それにしたってこの様子を見ればルークが口を開かないのは明白だ。 「いいから、行こうよ」 「駄目よ。まだ話は終わってないわ」 ティアはアニスの動きが不可解に思う。いくらアニスがルークから事情を知っていて、今ルークが話をしたくない状態だとしてもこういう話は本人から聞くべきだ。 アニスから色々言われて気分が落ち込んでいるのだとしたら尚更自分が聞いてルークを慰めるべきだと思った。 「私はルークと二人っきりで話したいの。アニスには悪いと思うけれど、出て行ってくれないかしら?」 「え?」 アニスが目を見開く。これはかなり不味い方向へ転がっている。確実に不味い。 しかしルークは話題に参加する様子もなく、ぼうっとしている。というより今の会話なんてルークは聞いてはいないのだろう。アニスは何とかしてティアの誤解を解こうと思った。ティアはガイが悪いと思っているのは先程の口ぶりで分かる。 「あのね、ティア。ルークがここにいるのは何もガイが悪い訳じゃないの。そのことを説明したいから、一緒に行こう?」 「アニス……」 ティアが漸くこちらに振り返った。アニスは内心ほっとする。 「私はルークの口から聞きたいの。出て行って」 「ちょっと……! ティア?」 ティアはこちらに寄って来たと思うと、アニスの肩を掴んで背中を押す。 呆気にとられたアニスは廊下に押し出され、ドアに施錠する音が聞こえた。アニスはドアを叩いてみるものの、向こうから返事は返ってこない。 今からフロントへ行って鍵を貰ったとしても、もう手遅れだということだけは分かる。 アニスはどうしようと困りかねた挙句、ジェイドの元へと走り出していた。 二人っきりになったティアは、ルークに振り返る。ルークは相変わらず沈黙を保ったままであり、ティアは凛とした目をルークに向けた。 「ルーク。何があったか教えてくれるわね?」 「……」 ティアがコツコツとルークに向かって歩いてくる。ルークはその音をぼんやりと聞いて、一度目を固く閉じた。 ティアが自分の身を案じているのは知っている。ガイのことで勘違いしているのもよく分かった。 言いたくないのは結局自分の我儘であり、ティアにさえ迷惑を掛けていると思うとルークは自嘲し、目を開く。 「俺、本当に駄目だな。皆に迷惑掛けることしかできねーんだ」 「迷惑だなんて思ってないわ。皆、あなたのことが心配なだけなの」 ティアの言葉はいつもより優しかった。誰だってこんな風に言われたら慰めてくれるかとルークは自己嫌悪に陥りつつも、口にする。 「分かってるんだ。皆が心配してるって分かってる。でも、俺……ホント、なんで好きになったんだろ。分かってたのに……なんで……」 「……ルーク?」 ティアはルークの言葉に戸惑った。一体どういうことだろうかと思うティアにルークは言う。 「俺、ガイが好きなんだ。ティアだってガイに言われてきたんだろ? あいつ馬鹿だからやっぱ自分が悪いと思ってるんだな。ガイのせいじゃないのに。俺が悪いんだ。俺が……」 ルークは昨夜泣いた時のように涙が溢れる。しかしティアはあまりのことで言葉を失っていた。 (ルークがガイを好き……? そんなことって……) ティアは目を伏せる。ティアはルークが好きだった。 その好きな相手から別の人が好きだと言われた途端、少し胸が痛んだ。けれど、どの道ルークが女性だと分かっていた時点でティアはある程度覚悟していたのだ。 それなのにティアは胸に鋭い刃物でばっさりと斬られたような痛みが襲う。 「ルークは……悪くないわ」 「ティア……」 昨夜もアニスに言われた言葉を聞いて、ルークは涙を流しながらティアを見上げた。 するとティアもアニス同様涙を流している。二人に迷惑を掛けてしまったとルークが自分を責める前にティアは言う。 「私だって、ルークと同じよ。だって私、ルークのことが好きだったの……」 「……えっ」 ルークが目を見開き、ティアは自分の頬に伝う涙を拭う。けれど、涙は止まらなかった。 「気にしないで。勝手に好きになっただけだから。本当はもう、あなたが女性だと聞いて諦めていたのよ」 「でも……、ティアは……」 ルークは驚きのあまり涙が止まっていた。悲痛に歪んだルークの顔を見ていると、ティアはますます胸が苦しくなる。 「大丈夫よ。本当に大丈夫だから……」 「ティア……、ごめんな」 ルークは腰かけていたベッドから立ち上がり、ティアを抱きしめた。 ティアの気持ちは今のルークには痛い程分かる。彼女は一体どれほどの間我慢して来てくれたのだろう。 今までの自分の行動や言動を振り返れば、ティアの痛みは相当なものだ。 「ルーク……」 「ごめん。ごめん、ティア……」 何度も謝るルークの声は以前とはまるで違っていて、けれど語調は一緒でティアは涙が溢れた。 抱きしめるルークの手もまるで自分と変わらない。ティアは今だけはルークの腕の中で涙を流す。 次第に胸の中が穏やかになって行く。これが失恋だと思うとティアは目を閉じた。 ルークは泣きはらしたティアの顔を見ると、酷い顔だなといってハンカチを寄越した。 ティアはルークの腫れた目を見て、あなたもねと小さく笑った。 「……ホント、ごめんな。俺今までずっと気付かなくて……」 「いいって言ったでしょ? それに私だって言うつもりはなかったわ。きっとルークを困らせるだけだと思ったから」 ティアが辛そうに目を伏せ、ルークは首を振る。 「俺、知って良かったよ。きっと知らないままだったらきっとティアに対して無神経なことばっか言ってると思うし……。だから、ティア。教えてくれてありがとう」 「……ばか」 ティアが小さくそう言ったのはルークにも届いていた。 ルークは困ったようなはにかんだ笑みを浮かべ、ティアは薄く口を開く。 「でもあなたがガイを好きになるなんて驚いたわ」 「それ、どういう意味だよ」 ルークが少し不貞腐れたように言えば、ティアがおかしそうに笑う。 「あら。言葉の通りよ。あなたはガイに対して文句ばかり言ってたじゃない」 「……」 ルークはガイからガキ扱いされているとむくれていたのだ。返す言葉がないルークは顔を逸らす。 「なかなか難しい相手だと思うけれど、応援してるわ」 「……やっぱ難しいんだな」 頭上から掛ったティアの声にルークはそちらに顔を向けた。 「それはそうよ。だってガイはあなたのことを大切な仲間として見ているから」 「そうだよな……」 ルークはティアの言葉を聞いて、目を翳らせる。 ティアの言う通り、ガイは難しい相手だ。まずガイとルークが向ける好意は全く別物であり、ガイはもしルークから告白を受ければあっさりと承諾してしまうことはルークでさえ想像がついた。 何せガイは自分をとことん甘やかしているのだ。それは以前の世界自分を救えなかったことから生じるものだということは理解している。 あんなにガイが悲しそうに苦しそうに語るのは、あれ以降一切なかった。 ガイとしては自分に幸せになってほしいのだろう。それが分かるからルークの我儘を叶えようとする。 それはルークが望む関係ではない。そして何よりルークはティアの事を聞いて思ったのだ。 自分はガイに思いを告げるべきではない。 ティアが言うように相手を困らせるからだ。ガイは告白を受けると内心困っていてもそれを表面には出さないだろうが、ルークはこれ以上ガイを困らせたり、迷惑を掛けるのが嫌だった。 ガイは自分を大切な仲間として見ている。なら、それでもう十分ではないか。 ルークはそうして自分の意志を固めていく。 あとがき ルークの悪い癖が出ました。本編中イオンに対して「一緒にチーグルの森に行ったイオンはおまえだけだ」と言えるのに、自分自身のことになるとそういう風には考えられない。 ちなみにルークは一体服をどうしてるんだっていう感じですが、パーティー終わった後にガイがメイドに届けさせました。アニスの宿泊先を知っていたので。ルークがアニスの服を間借りしている訳でもなく、寝巻のままでいるわけでもなく、買った訳でもないです。 あと分かりにくいなと思ったので、補足です。 ルークが「ティアだってガイに言われて来たんだろ?」はどうせガイは自分が悪いみたいな口ぶりで言ったんだろうと思ったルークがそう言っただけです。最初「ガイに何かされたの?」と聞かれたので前回のフラッシュバックです。 前もガイが自分が悪いみたいな言い方をしたから、またガイに何かされなかったのかと怪しまれているんだなとルークは思ってそう口にします。結構噛みあってない感じで会話がスタートです。 |