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ルークは、両思いになったことが少し信じられずにいる。ガイの態度が以前とまるで変わらないというのもあるのだが、恋人同士とはもっと親密な関係になると思っていた。 けれど、今更ガイから女性扱いをされたいのかと言われるとそういう訳でもない。 じゃあどうしたいのかと言われれると明確な答えが出てこない。 何となく、恋人とは寄り添い合うものだとルークは思っていた。 だが、現状はといえば、寄り添うというよりガイに世話をしてもらっているだけで以前と然程変わらない。 そもそも、ダンスの特訓がそこまで必要ではなくなり、ガイが仕事に復帰したのが問題なのだろうか。 今までよりガイと共有する時間は減ってしまった。 そのせいで、恋人になったという実感が湧かないのだろうか。 いや、そうではない。ルークはずっと不安だった。 ガイから秘密を打ち明けられたあの日から、胸の内に感じる不安を口に出せないでいた。 「どうした、ルーク」 「……あのさ、向こうの俺ってどんなだったんだ?」 ルークはずっとガイの世界のルークを気にしていた。ガイは先にそちらのルークを好きになって、次に自分を好きになったのだから気になるのは仕方のないことだった。 ルークは伏せ目がちにし、ガイは苦笑した。 「気になるのか? ま、気になって当然だよな」 「話してくれるのか?」 意外そうにルークが言えば、ガイはアニスたちには散々聞かれて話してるよと笑った。 それを聞いてなんならもっと早く聞けばよかったなと思い、ルークは不貞腐れる。 「そうだな。向こうのルークは、優しい奴だったよ。人一倍優しいから、側にいる俺はいつも不安だったな。誰かに簡単に騙されちまいそうだったし、実際結構危なかったしな」 「それって暗に馬鹿にしてねえ?」 ルークが胡乱げにガイを見る。ガイは肩を竦めた。 「まさか。褒めてるんだよ」 「どこがだよ?」 ルークは少し眉を寄せ、不服そうな顔を浮かべる。 ガイはそんなルークをどこか懐かしいと思いながらも、遠くを見るように言葉を続けた。 「俺はルークに救われたからな。あいつが過去なんていらないんだと俺に言ってくれた。それで俺の考えが変わったんだ。何より、俺を信じると言ってくれた親友だしな」 「…………」 「ルークも俺を信じるって言ってくれた時は、嬉しかったよ」 そう言ってルークを見るガイの目こそが優しくて、気恥ずかしくなってルークは顔を俯けた。 事実ガイの目は、ほらルークは優しい人間だろうと訴えかけていた。 「だから俺もそれに応える為に忠誠を誓ったんだ。ま、あいつは嫌がってたけどな。今まで通りでいいってさ。けど、俺もルークと賭けをした以上、それを白黒はっきり付けたかったんだよ」 「賭け?」 ルークが目を瞬いた。賭けとは一体何なのだろう。 興味が引かれ、ルークが顔を上げるとガイがちょっとだけ、口を滑らせ過ぎたような苦い顔つきになった。 「ルークが屋敷に来てちょっとしてから俺はルークと賭けをしたんだ。剣を捧げるに値する大人になれるかどうか、賭けをしようってな」 「剣ってまさか……」 ルークはすぐに想像がついた。初めてガイが屋敷に踏み入れた時、彼はエントランスに飾られた剣に気付いた。それをガルディオス家の宝刀だと口にした。 ガイの言うこの剣というのはすぐにそれだと想像がつく。 「お前のお屋敷に飾ってあったあの剣さ」 「その剣、向こうの俺はどうしたんだ?」 「ルークが公爵に返すように頼んで、返してもらった。けど未練はないし、そんなことしなくたっていいぞ」 「嫌だ」 ルークはきっぱりとガイに言った。ガイは諫めるようにルークに目を投げるが、ルークは頑なである。 「絶対、嫌だ。向こうの俺は父上に返してもらうように頼んだんだろ? だったらやっぱりガイが持つべきなんだよ」 「けどな、今はなかなか難しいだろう。俺は碌な噂がないわけだしな」 ガイが眉尻を僅かに下げる。ルークだってそんなことは承知の上だった。 いくらもう友好国になったとはいえ、溝が無くなったわけではない。一度手にした戦利品を手放すという行為をすれば、公爵の品位を下げる恐れがある。 それもその戦利品の元の所有者に返すというのであれば、これは名を貶める行為だ。 それに相まって、偽物だという噂が未だ沈静化していないガイの元へ返すとなると、余計に難しいものとなるだろう。 「でも、ガイの物には変わりはないだろ。すぐにでも返してもらった方がいい。そっちの俺も返すように頼んだんだ。俺にだって出来る」 「ルーク……、ありがとな」 ガイはそう言って目を細めて、お礼を述べた。ルークは紅潮していくのが分かる。 「だけど、いいんだ。それか、もう少し時期を見ようぜ。別にすぐに返さなくたっていい。いつか返してもらえばいいんだ」 ガイはむすっとしたルークの頭を撫でる。ルークは黙ったままだった。 やはりルークは気に食わないらしい。ガイはそう思うものの、それ以上に嫌な予感がしていた。出来るだけ今はこんなことにルークの心を囚われて欲しくない。 「それよりも、ちょっとダンスの練習をしないか。いざ舞踏会になったら踊れないなんて、お前が俺の屋敷にやって来た意味がなくなっちまうからな」 「……分かったよ」 ルークは口を尖らせながらも、頷いた。ガイはそれを見るとルークの手を取って、ソファーから立ち上がる。 きっと今だけしかルークとはいられない。ガイの脳裏には怒りに燃えるアッシュが浮かんでいた。 アッシュの性格上、きっとマルクトで開かれる舞踏会が終わったらルークをバチカルに連れ戻すだろう。 今のルークを見ている限り、ルークはアッシュが連れ戻しに来るなんてことは想像すらしていない。見ての通り、家宝である宝刀を自分の元にどう返してやろうか考え込んでいる。 しかしそんなものより、今を楽しんでもらいたい。きっとルークはアッシュに連れ戻されてバチカルに帰った後、塞ぎこむのが目に見えている。 そうならない為にも、二人で楽しい思い出を作って、ルークがバチカルでも元気にやれるようにしないとな、とガイはダンスをしつつ思った。 宮廷で、アニスはぼんやりしていた。正直、今でもガイがルークを好きだったなんて驚きだ。しかしガイもルークはティアが好きだと勘違いしていたのだな、と思うと妙に納得できる自分がいる。 つまり、ガイはルークに迷惑を掛けたくないから友達の振りに徹していたのだろう。 仲間の大半がルークはティアに気があると勘違いしてきたのだ。ガイもそうだったと言うことに関して何ら疑問はない。そもそも、ルークは気があるような態度で振る舞うのが悪いのだ。 だからこそ、こんなにも面倒な方向へこじれてしまった。けれど、ガイが本音をぶちまけたので、最悪な事態にはならなかった。もしもあの時ガイが友達面に徹したらと思うと、アニスは顔を青くする。 「アニス。どうしたんですか、顔色が悪いですよ?」 「あの時、ガイがルークに思いを打ち明けなかったらどうなったのかなって想像しちゃいまして」 アニスが嘆息すると、ジェイドは肩を竦めた。 「実際そうならなかったんですから、想像するだけ無駄でしょう。それより、私はまたガイに出し抜かれたことが非常に不本意です」 「そういえば、大佐は向こうのルークが女性だってガイから聞いていたんでしたっけ?」 ジェイドはそれに頷く。 ガイとルークが両思いになった直後、アニスたちはルークの前に姿を現した。 皆ガイに詰め寄ったのだ。全然そんな素振りなかったじゃない、とアニスが喚けばガイは言ったのだ。 『でも旦那は知ってただろう。向こうのルークは女性だって言っておいたじゃないか』 『自分の行動を顧みてから言って下さい。あなたはルークを守るために命を二度も投げ打ったんですよ』 『普通好きなら、自分の命を投げるような真似はしないだろう。違うか?』 ピオニーも散々心配を掛けやがってと言わんばかりに眉を寄せる。 それにガイは顔を真面目にした。 『とにかく俺はルークに生きていて欲しかったんです。どうしても、ルークを死なせたくなかった。……それにルークは俺を好きになるなんてことはないと思ってましたからね。諦めていたんです』 盗み聞きをして向こうのルークはよくティアのことで悩んでいたとガイは言っているのを聞いている。 ルークの傍にいるか、いられるかの瀬戸際にならない限り、ガイが言うことはなかった。 そこまで考え、ガイはへたれだなとアニスは呆れる。 ガイが本音を言わなかったから、ルークのことで泣いて、自分を責めて、ルークと一緒に、いやルーク以上に悩んだのだ。これはガイに何かしてもらわないと気が済まない。 資産の一部をガイに分けてもらわないと割に合わない。 「ガイの噂なんて関係ないくらい彼に仕事を山ほど与えたいくらいですが、それだとルークに迷惑が掛ってしまいますねえ」 「でもガイ一人をターゲットにするのは難しくないですか?」 またガイに振り回された二人は、ガイに灸を据えてやろうと画策し始める。 なんだか、ガイが本性を明らかにしてから振り回されてばかりだ。 無口だった頃はそれなりに報復として仕事を与えてもガイは涼しい顔でい続けて、全然やり返した気にはならないのだが、振り回されることがない分、今よりは仕返しが出来ていたと二人は思う。 今のガイは、ルークを人質に取っているも同然なのだ。けれど、ガイならきっとルークを幸せにしてくれるだろうことも二人は分かっていた。だがそんなもの、認めたくない。 散々振り回してきたのはルークの為だとガイは言った。余程大事なのは分かったが、もう少し謝罪というか、アニスとしてはお礼としてガルドが欲しい。今回のことでそれだけの働きをしたはずだとも思っている。 ジェイドに至ってはただの自尊心を傷つけられたという理由なのだが、ずっと側に心休まらない相手がいて神経をすり減らしたというのも事実だ。 しかし、そんな二人を見ても、ピオニーはブウサギをのんびりと撫でていた。 「あの二人は見るだけで十分だ。そっちの方が面白いぞ」 「えー。仕返ししないと割に合わないですよ〜」 見るだけで十分だとピオニーは言ったが、あの二人は普通に見ているだけだとバカップルなだけだ。何も面白くない。むしろその幸せそうな顔が鼻に付く。何より口から砂を吐いてしまいそうだ。 大体思い返せばルークの文句だって、ただの惚気にしか聞こえない。ガイに至っては過保護の一言に尽きる。 「陛下はただ、また面倒事に巻き込まれるのが嫌なのでは? ガイの仕事を減らすのは中々苦労しましたからね」 「そんなことはないぞ。そりゃあ、忙しくなったが、そんなことはない。ただ人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえって言葉があるだろ。だから放っとけばいいんだ」 アニスはつい白々しい目をピオニーに向ける。どう見ても明らかにピオニーは焦っていた。 「そんな理由なんですかあ?」 「そもそも今回の件ではっきりしただろ」 そう言われると、アニスも返す言葉がない。しかしピオニーは何か閃いたように笑みを浮かべた。 「でもまあ、俺たちが動かなかったらガイラルディアは一生思いを告げるなんてことはなかったよな」 「正確にはアニスとティアですがね」 ジェイドが訂正するが、ピオニーは無視して続ける。 「それがなかったら両思いになることなんてなかったんだ。これでガイラルディアをからかえばいい。違うか?」 「まあ、ちょっと物足りないですけど、それくらいしかいい方法がなさそうですね〜」 「そうですね……。具体的にどうやってからかうのか分かりませんが」 ジェイドが眼鏡を押さえた。それにアニスとピオニーは悩んだ顔になる。 「ガイならきっとあの時こんなこと言っていましたねと笑っても効果がありませんよ。ルークなら反応するかもしれませんが」 「それ十分あり得ますね」 ルークなら恥ずかしいこと言ってんじゃねえ、と喚くのが目に見えている。 しかしガイは恥ずかしいもんか、事実だろうと言うのが目に見えている。しかも真剣な顔つきで彼なら恥ずかしげもなく言うだろう。普通は恥ずかしがったり、照れたりするものだが、ガイは「もう後悔しまくったから、遠慮なんてしてやらないぞ」と言っただけはあって絶対にそんな顔を浮かべそうにない。 それではジェイド達のガイへの嫌がらせ計画は水泡に帰してしまう。 「ものは試しだ。言うだけはタダだしな」 ピオニーはそう言ったが、これはルークを苦しめるだけなのではないか、と思った。 けれど、どの道ガイに嫌がらせをすれば側にいるルークにも必然的に被害が及ぶし、今回の件の大半はルークのせいでもあるのだ。 ここはルークに我慢して貰おうとアニスは思った。何よりこの方法が一番被害が少ない筈だ。またあんな風に肝を潰すような気分は味わいたくないというのがアニスの本音だった。 ダンスの特訓を終えて、ルークはふと疑問に思った。 そういえばガイは突然仲間たちに囲まれても全く驚いていなかったような気がする。 ガイは黙ったルークにいつもの調子で訊ね、ルークも促されて疑問を口にした。 「あのさ、ガイってアニスたちが突然現れても驚いて無かったよな?」 「気付いてたからな」 さらっと口にするガイにルークは目を見開く。 あの後、あんな恥ずかしい思いをしたというのにガイは知っていたと口にした。 驚愕するルークにガイは弁解するように言う。 「あの時はルークが俺のことで悩んでるって思ったんだよ」 「でも普通場所を移そうとか言うだろ!」 ルークは顔を赤らめて怒鳴った。ガイはそれに苦笑しかできない。 「俺だって告白するつもりはなかったさ」 「じゃあ言わなきゃよかっただろ!」 ルークの言葉にガイは眉尻を下げるばかりである。 「あのなあ、あの時言わなかったら両思いなんて夢のまた夢だぞ」 「そんなことねえ! ガイがヘタレなのがいけねえんだ!」 ガイはその言葉に反論できず、ただ笑うことしかできない。ルークは怒っていたが、結局はガイにほだされて、怒るのをやめた。 けれど、翌日アニスとジェイドがガイの屋敷にやってきて告白のことが話題に上るとルークは怒り狂い、ガイの顔面を殴るのだった。 あとがき こうしてルークはガイを殴るようになったのだった。 ガイは気付いていても言わなかったことが判明しました。 きっと言ってしまえば、話がぐだぐだになって有耶無耶になることを恐れたんです。 実際ガイが場所を移そうかって言ったら、ルークは確実に戸惑いますしね。仲間も一緒にいるからガイにティアがどうなのか聞くことが出来るのにみたいな心境です。一人は心細い。 それにルークの悩みを解消するだけだとガイは思っていたので本当に告白する気はありませんでした。ガイは結構、行き当たりばったりです。後悔したくないから当てずっぽうになったんでしょう。多分。 |