03


アニスは世界を救った英雄として、バチカルに招かれた。
なぜバチカルなのかと言えば、そこに世界を救った中心人物であるルーク・フォン・ファブレがいるからだ。
アニスと一緒にいたジェイドとティアは、グランコクマからバチカルに向かうこととなった。
ジェイドもティアも偉人として栄誉を称え上げられているのだからバチカルの栄典に参加するのは当然のことである。
だが、しかしその一番の功労者だとも思えるガイがその栄典に呼ばれなかった。
最初どうしてガイが呼ばれないのだろうとアニスは思っていたが、ガイはアニスとティアに捕まった時と同じようなやつれ顔をこちらに向けて、言うのだ。

「ご令嬢に手を出されたんじゃないかって思っているんだろ」
「誰が?」

誰がご令嬢なのか、誰がそう考えているのかその時のアニスには測りかねる。
しかしガイはどうせ陛下の仕事のせいで行けないよ、と苦い顔で言ったのでアニスはそそくさと退散した。
ガイに仕事をたくさん与えたのは他でもないアニスとジェイドとピオニーの三人である。
今までガイに色々騙されたという恨みからアニスは帰ったガイに嫌と言うほど仕事を与えてやると思っていた。
その時のジェイドが実に楽しそうで、アニスもそれに負けない程楽しんでいた。
しかし予想以上に帰って来たガイは疲労困憊した様子であり、良心が痛まないかと言われたらちょっと痛む。
ガイのあの碌でもない行動の数々は全てルークの為だったと聞く。
けれどガイがとんでもないことをして自分たちを出し抜いたことには変わらない。
だから二度とそんな気が起きないように仕事三昧させてやりましょう、とジェイドが言ってアニスも面白半分恨み半分で乗っただけなのだ。
予想以上に疲れているガイに止めを刺すような真似をするつもりはなかった。
そうしてまさか、ガイが疲れていた事情はこういう理由があったのかとアニスはアッシュを目の前にして顔色を悪くする。
アッシュは傍目から怒っている様子が見て取れた。
相当苛々しているようで、先程から腕を組んで人差し指をたんたんたんと世話しなく動かし、額には青筋が薄らと浮かんでいる。
側にいるナタリアもすっかり気落ちした様子であり、一体ガイは何を仕出かしたのかと思ってしまう。
アニスたちもルークが女性だということはナタリアの口から聞いている。
それで捜索に一応協力したのだが、ガイの情報は見事なまでに入らなかった。
もしかしたらガイは元々こういった計画があったからかとすら思えたのだが、三カ月の旅の終わりにガイとルークがケセドニアからバチカル行に乗船したという知らせを聞いて安心したのを覚えている。
マルクトでさえ得た情報だ。
キムラスカでも知らない訳がないと情報を怠ったのが悪かったのだろうか。
そういえばガイが手を出した云々口にしていた。まさかとは思うがルークに手を出したのだろうか。
アニスの背中にどっと冷や汗が出る。この長い沈黙が手痛い。
アニスは耐えかねて、とうとうナタリアに遠慮がちに訊ねた。

「えーと、ガイと何かあったの?」
「あったってもんじゃねえ!」

そう怒鳴ったのはアッシュだった。 アニスは突然大声を上げたアッシュに心臓が跳ねあがり、文句を垂れる。

「ちょっといきなり大声出さないでよ!蚤の心臓を持つアニスちゃんが倒れたらどうするの!?」
「あの野郎…!屑と三カ月も旅しやがった!その旅の最中に何もないと言えるのか!?」

アニスの言葉をまるでアッシュは聞いておらず、応接室の机をだんと殴った。
ナタリアはその様子を見て悲しげにアッシュを見る。

「アッシュ…」
「…分かっている。それで、今日の式典に本当にあの野郎は来てないんだろうな?」

アッシュが溜息をついて、ジェイドを一瞥する。
偉そうな態度は相変わらずでアニスは眉を顰める一方でジェイドは口端を上げた。

「それはもちろんです。ガイには大量の仕事を与えましたからね。それで、本当にルークは女性なんですか?いささか信じられないのですが…」
「…」

ジェイドがガイに大量の仕事を与えたのは得てしてそうなった訳ではない。ただの偶然だ。
しかしジェイドの問いにアッシュは目を逸らす。
ナタリアも辛そうに目を伏せて、ティアは困惑した様子を滲ませる。

「ルークはガイが言っていた通り、女性なの?」
「…そうですわ。わたくしも見るまで信じられませんでした」

ナタリアの言葉を受けてやっとアニスとティアはルークが女性なのだと突きつけられた。
ガイに対してはつい腕輪に話題を持っていかれて、ルークが本当に女性なのかという疑問が薄れてしまったのだ。
しかしナタリアの悄然とした理由がやっと分かった気がする。
複雑なのだろう。ティアも目を翳らせ、アニスだって信じられない。
もしかしてガイに何かされてそうなったんじゃ、とアニスが考えているとジェイドが口を開いた。

「ルークは今どこにいるんですか?見ないことには信じられないので」
「…あの屑は、部屋から一歩も出たくないと愚図ってやがるんだ。もうすぐ式典の時間だと言うのに、一向に出てこようとしねえ」

一体どういうつもりなんだと、アッシュが眉間のしわをより一層深くした。
ああ、だからあんなに苛ついていたのかとアニスは漸く合点が行く。
ガイのことに腹を立てている割にはアッシュはその前から苛立っていた。こうした事情だろう。
しかしジェイドは気にした様子もなく、では部屋に行きましょうかとアニスとティアを促す。
それを見たアッシュは屑とお前たちだけを合わせるわけにはいかねえと後をついて来る。
どうやらアッシュはアニスたちをガイからの回し者だとでも思っているようだった。
ナタリアも暗い表情のまま、中庭に出てルークの部屋の扉の前に立つ。
扉の前ではすでに使用人たちがルーク様お開け下さいと青い顔をして立っている。
しかしアッシュやナタリアの姿を見ると引き上げて行った。
そしてジェイドが代表として扉をノックすると、暫くして返事がある。

「俺は絶っ対行かねーからな!ジェイドとかアニスたちが来るんだろ!?こんな恰好なんて絶対嫌だ!俺は参加しねーからな、アッシュ!」
「おやおや。私はいつアッシュという名前になったんでしょうね?」

ジェイドが空々しく言えば、扉の向こうのルークがぎょっとした声を上げる。

「じぇ、ジェイド!?なんで屋敷に来てるんだよ?」
「ルークに会いたいからに決まってるでしょ。ガイからルークのこと聞いてるよ」

ジェイドに変わってアニスがそう言ってやると、ルークが呻いた。
けれど扉は開けようとしない。決心がまだつかないらしい。
そこでティアが扉に歩み寄った。

「ガイからあなたは女性だと聞いたわ。けれど、本当なの?ガイに何かされたからそうなったんじゃないのよね?」
「ガイがそんなことするかよ!そもそもガイがそんなこと出来る訳ねーだろ!ガイは関係ないっつの!」

ルークがやけに否定してくる。なんだか怪しい。
アニスとティアがそう思う一方で、ナタリアとアッシュは顔を俯けていく。
ジェイドはどうせガイは違うだろうと分かっていたものの、これに乗らない手はない。

「そんなことを言って、本当はガイに何かされたんじゃないですか?思えばあなたはガイのことをひた隠しにしてきましたからね。あなたがそういう態度を取るのも分かります」
「違うって言ってるだろ!」

そして次の瞬間、扉が開かれた。
突如として扉から現れた赤毛の人物は、ドレスに身を包み、眉を寄せている。
夕焼けのような頭髪は腰にかかるほど長く、翡翠の瞳はアッシュの瞳と同じ色をしていた。
けれども顔はアッシュより小さく、体格は随分違っていた。
一目見て華奢な印象を受けるこの女性がルークだなんて信じられない。
ティアは目を丸くしたまま、ルークを見た。

「…ルーク、なの…?」
「……そうだったら悪いかよ」

気まり悪そうにルークが鼻の下を擦る。これはルークの癖だった。
扉に阻まれて特に気にしていなかったが、改めてルークの声を聞くとなんだか声が高いことに気がつく。
けれど、今はそんなことを気にしている場合ではない。アニスはまじまじとルークの顔を凝視した。

「マジで女なの?嘘とかじゃなくて?」
「悪かったな。どうせ女に見えねーよ」

不貞腐れたルークの声がする。それがルークの顔に重なった。
目の前にいる相手はやっぱりルークなのだと痛感する一方で、ルークの勘違いにアニスは呆れそうになった。
普通に女に見えるからそう言っているのだが、ルークは全く別の意味で捉えているのだ。
何をどうしてそうなるのかと訊ねてやりたいところだが、アニスは軽いパニックに陥っていた。
何から聞いたらいいのかすらわからない。
そんな様子のアニスにルークは気付いた様子はなく、首をあちらこちらに回している。

「あれ?ガイは一緒じゃないのか?あいつだって、功労者だろ」
「あいつは功労者なんかじゃねえ!ただの不届き者だ!!」

アッシュが激昂する。どうやらアッシュはガイと聞くと怒りのスイッチが入るらしい。
ルークはそんなアッシュにむっと口を尖らせた。

「だから、ガイとは何もねえって言ってるだろ!しつこい奴だな!」
「何もない訳がないだろうが!あの三ヶ月間、ずっと同室だったとてめえは言ったじゃねえか!」

見え透いた嘘をついてるんじゃねえ、とアッシュが怒鳴った。
ルークは同室だからどうしたって言うんだ、お前が神経質なんだよ馬鹿と罵る。
ナタリアはそれに嘆息して、また始まりましたわと愁いを含んだ顔で言う。

「もしかして、帰ってきてからずっとこの調子なの?」
「お二人はいつも顔を合わせればこの通りですわ。けれど、本当にガイは何もしていないのでしょうか?」

一つ屋根の下で三カ月の旅を過ごした男女にティアも戸惑った。
アニスもつい二人っきりの旅ということで否応なく想像してしまう。
しかしジェイドは二人っきりが問題だというなら宿でいつも二人っきりであり、あれだけルークを大事にしているガイが手を出すとは到底考えられない。
ガイがアッシュに冷たかったのはジェイドは大凡見当がついていた。
アッシュはルークの胸倉を平気で掴むし、今もこの通り喧嘩をしている。
今は胸倉を掴みあうということがなくなっただけマシであるが、今この場にガイがいたら間違いなくアッシュを冷酷な目で睨みつけていたことだろう。

「大佐はどう思います?」
「さあ、どうでしょうねえ。ガイに聞いてみないことには分かりません」

考えるジェイドの横でアニスから上目遣いに訊ねられて、ジェイドは空々しく答えた。
こんな面白いことをわざわざ自分から失くしてしまう必要はない。
何気にジェイドはガイに出し抜かれたことをまだ根に持っていた。
それに気付かない女性たちは三人集まる。それはまさに井戸端会議であった。

「私、ガイに聞いてみる。それで何か分かったら二人に連絡するね」
「待って。私もグランコクマにもう一度行ってガイに訊ねるわ」

ティアが凛然と提案したアニスに言った。
アニスは了解、と頷き、ナタリアは二人に縋るような目を向ける。

「頼みましたわ。アニスにティア。もしガイが手を出したと言った時は…分かってますわね?」

二人はナタリアに深く頷いて見せる。
思えばナタリアもティアもガイには散々酷い目に遭わされてきた。
その為、二人の目には何かおどろおどろしいものが宿る。
ジェイドはこれは楽しくなってきましたねと思っていると、もうすぐ式典が開かれるという連絡が入った。
女性たちは最後まで目配せをして、ルークは化粧直しをする為に嫌々ながらメイドたちに連れて行かれる。
ナタリアは王女であるため、一足先に城へ戻ってしまった。
ナタリアは離脱してしまったもののこれはルークに確認する絶好の機会だ。アニスとティアはその化粧直しについて行き、ルークに三ヶ月間の事を訊ねた。ルークはいい加減聞きあきた質問に顔を思いっきり顰める。

「だから何もねえって言ってるだろ。そもそも手を出すとしたら、バレた時点でそうしてるだろうし…」
「バレたっていつばれたの?」

少しだけポロっと出たその言葉にティアが鋭く訊ねた。
一度ガイからどこでバレたのか聞いているが、念のためにと言うやつだ。
ガイが自分の都合のいいように嘘をついていないとは限らない。
しかしルークは化粧を受けながら、ほんのり頬を赤くする。

「それは…あの…、俺の命をガイが体張って守ってくれたことあっただろ。あん時に、ガイにバレた」
「それって、イニスタ湿原の時にバレたってこと?」

アニスが首を傾げて訊ねれば、ルークは頷く。
ガイの言うとおりだったということだ。ではあの話も本当なのだろうか。

「いつからルークはガイと親しげに喋るようになったの?」
「その時に初めてガイがああいうやつだって知って、それから喋るようになったかな。周りが暗くなるとガイから声掛けて来るんだ。俺、最初はガイのこと二重人格なんだなって思ってたんだけど、旅の最中にも疑って訊ねたら、二重人格じゃないってガイは言ってたぞ」

ルークは口にしながら、可笑しそうに笑う。
ルークの中ではそんな訳ないだろうと心底呆れた顔のガイが浮かび、当時それにむくれたものの、今は酷く懐かしかった。
ルークから二重人格と言う言葉を受けたアニスとティアは、普通にそれはないだろうと内心突っ込みつつ、話を進める。

「ふーん。それでルークはガイとは何もないってこと?」
「何もねえよ。ガイがそうするつもりだったら俺と同室になった時点でそうしてるっつの」

ルークがむすっとする。
アニスがどうしてそんな顔をルークが浮かべるのかと訊ねる前にルークは口を尖らせた。

「大体あいつ、いつも子供扱いするんだぜ?俺のこと、女だって認識してねーんじゃねえの?」
「それは…ルークのこと心配なんじゃないのかしら?」

グランコクマを出発する前に、ガイはティアたちに言っていた。
ルークがもし悩んでいるようなら相談に乗ってやってくれ、女性同士にしか話せない悩みがあるだろうからなとガイは言って、手を振ってティアを見送ったのだ。
アニスもガイからその言葉を受けており、今のルークはかなりうんざりしている様子が見て取れた。
アニスたちだって散々出て行く前にルークの奴は大丈夫かなとそわそわしたガイを見ているのだからそれには辟易している。
だからルークに言われなくても、ガイの過保護っぷりを知っているのだ。

「心配するにしたって、度を越し過ぎだっての!俺はガキじゃねえんだ」
「…」

ルークの言うとおり、ガイはルークを女性として見ていないのだろうか。
一緒にいる期間は短かったものの、ガイとルークが共に行動したベルケンドを思い出すとガイはルークを手厚く扱っていたものの、それは女性のそれとは明らかに違っていた。
ガイは親気取りでルークに接していると言ったらよいのだろうか。
傍目から見れば誰だって親友にしか見えない二人だが、ルークはどこか頼りない。
ガイはそれをすかさずフォローをして、その辺りがなんだか子供に手を焼いている親のようなのである。
グランコクマで式典に行けないのはあっさりと受け入れていたガイだったが、ルークのことを異常な程心配をしていた。
ちゃんとまともに出来るのだろうかとか、あいつは元気でいるのだろうかとか、そんなことを永遠とアニスとティアは聞かされてきた。
そこでガイは本当にルークのことが大事なんだと思い知り、彼の世界はまさにルーク中心に回っているのだと呆れたものだったが、今またルークの話を聞いてこれは間違いないとアニスたちは思う。

そうした中、ルークは式典に呼ばれてアニスたちもその後を追った。
厳然とした雰囲気の中、ルークとアッシュは赤い絨毯の上を歩く。キムラスカは赤を基調としていた。
臙脂色の国旗がはためき、二人はインゴベルトに深々と頭を下げる。
そしてその後をついて歩く、ジェイドやアニスたちもそれに倣う。
インゴベルトから惜しみない称賛を受け、アニスたちはその場を後にした。

ルークやアッシュはその後社交界があったが、アニスたちは少し顔を出す程度でとどめた。
ジェイドはともかく、大した家柄でもないアニスとティアはこんな場所に出れたのが稀有なのだ。
ティアはアニスと違い、ユリアの子孫ということもあるかもしれないが、どちらにせよ一般の家庭で育ったと言っても過言ではない二人は場違いなそこから早々に踵を返した。
ジェイドも二人が帰えるなら護衛が必要でしょうと後を追う。

「年寄に社交界はきついですからねえ。さて、グランコクマに戻りましょうか。陛下に報告もありますし」
「それにガイに聞きたいことがありますしね」

ジェイドにはっきりとアニスはそういい、側でティアも頷いている。
ナタリアにはっきりさせると約束した以上それを守る義務が二人にはあった。
意思が固い二人の表情を見て、ジェイドは一人おかしそうに笑みを浮かべたのだが、二人は気付かない。



あとがき
他人の不幸は蜜の味です。やっとガイが正常な位置に戻りました。
あとルークがやけにガイは違う違う言ってるのはその場にガイがいてきっと仲間に責められていると勘違いしたからにほかなりません。だから姿を探してたんだと思って下さいませ!



2011/05/05