05


アニスは一旦ティアと別れて、バチカルに向かった。
ティアはどうやらガイとまだ話したいことがあるらしい。
アニスはそれを心から感謝しながら、バチカルの王宮へと足を運んで行く。
ナタリアはアニスの姿を見るなり、出会った当初に感じた優雅さをアニスに振り巻いた。

「まあ、アニス。来て下さったのね。それにしても随分早かったですわね」
「アルビオールで来たの。早いのは当然でしょ」

本当はプリンセスナタリア号に乗りたいくらいだったのだが、これ以上職務怠慢をするわけにはいかない。
アニスは着いて早々ナタリアに報告し、ルークのことを訊ねた。
するとナタリアはどうやら薄々気づいていたようで、嘆息する。

「やはり……ルークはガイが好きなのでしょうか……。口を開けば毎日ガイに会いたいと仰っていますし……」
「毎日ってホントなの?」

これではほとんど黒でないかとアニスが愕然とする。
しかしナタリアは物憂げに答えた。

「ええ。それでいつもアッシュと喧嘩をなさってますわ。ガイという言葉を聞いただけでもアッシュは怒り狂うんですもの。アッシュが怒っている時はルークがガイと仰ったということですわ」
「……それはそれで微妙だけど、でもやっぱりルークがガイを好きになるっていうのは考えにくいよね」

アニスは改めて口にしていてそう思う。
ルークはルークでガイのことを唯一無二の友人だと慕っていると考えた方がどれ程楽だろうか。そんな考えもあって、次第にルークがガイを好きというのは薄れ始める。

「わたくしもそう思いますわ。けれど、ルークがしつこいんですもの。毎日ガイに会いたいと仰っていますわ」
「それって、ちゃんとお別れしなかったからでしょ。ガイが言ってたよ。白光騎士団に囲まれて、命からがらバチカルを後にしたって」

アニスがガイの言ったことをかなり脚色し、からかい交じりに言えば、ナタリアの声が上擦る。

「そ、それは……確かにわたくしもやり過ぎたと思いましたわ。白光騎士団の方から聞いた話によりますと、ガイは終始神妙な面持ちだったそうですし、自分のしたことの悪さを認めているようでもありました。アニスの話を聞いて間違っていなかったのだと、わたくし確信しましたわ」

ナタリアもなんだかんだでガイに罪悪感があるようだ。
それはそうだろう。二度も自分の命を張ってルークの命を救い、全てルークの為に感情すら捨てた相手を疑い、まるで罪人のようにバチカルから追いやったのだ。
しかもガイの立場は現在危ういものであり、さすがにアニスはそれを言う気にはなれなかった。
何よりアニスも人の事を言えるような立場ではない。ナタリアより断然最低と呼ばれるようなことをしている。

「私たちの勘違いっていうこともあるし、ルークって前もヴァン師匠ヴァン師匠ってうるさかったでしょ? 多分、それと一緒だよ」
「……そうだと、いいのですけれど」

ナタリアは表情を暗くする。
そういえばナタリアはガイのことをそれほど受け入れた訳ではないようだった。
もしかしたら怖いのかもしれない。キムラスカではきっとガイはかなりの脅威に映っただろうし、それは当然のことだと思えた。

「まあ、そういうこと。そういうこと」

アニスは適当にそう言って、目の前に並べられたお菓子を平らげるとその場を後する。
ナタリアはまたいらしてね、とアニスに手を振って別れを告げた。

アニスがナタリアにそう言って話を切り上げたのは、もうこれ以上二人のことで悩むのはごめんだと思ったからだった。

ガイがルークを殺す、なんて最悪な結末は迎えず、むしろガイはルークを心底大切にしている。自分が口出しをしてもいいようなものではなかった。
アニスもそれでよかったと思っているが、今回は別である。
ガイ本人がルークが好きでないというのなら、アニスは手を出し様がないではないか。
ガイはルークのことを問い詰めた時に『イニスタ湿原でルークを助けただろ?あの時に初めて知ったんだ』と答えた。
初めて、とはどういうことだろうかと思わなかった訳ではない。
しかしガイは別の世界の人間だ。多少なりともルークの性別が変わっていてもおかしくない。
ルークはアッシュの完全同位体であり、むしろ性別が女性であることの方が驚くべきことなのだ。
つまり、ガイの世界ではルークは普通に男であり、ガイにとってはルークはただの親友そのものという線が色濃い。
それにルークも言っていた。

『俺のこと、女だって認識してねーんじゃねえの?』

アニスもその意見に同意する。しかしルークと違う見解なのは、ガイは子供扱いをしているのではなく、親気取りと言った方がいいだろう。
まるでガイはルークの育て親みたいな口ぶりをするのだ。
今まで見てなかったくせになんでそんなことまで知っているんだという具合にルークの駄目っぷりをガイは知っている。
ガイ曰くルークの使用人をしていたのだから、ルークの事は誰よりも分かっているのだろう。
けれどそれは別のルークだと思わない訳でもないが、あれほど重なるとなると別の人間としてルークを見るのは難しい様な気もする。
もしも自分が、ガイの世界のルークを見せられたとしてもきっと区別がつかないだろう。
ガイの話しぶりだけでもガイの世界のルークとこちらの世界のルークはそっくりだった。
こういう点もあって、ますますガイはルークに恋愛感情など生まれそうにない。
ガイにとってはお坊ちゃまな訳だし、それを好きになれなど言える筈もないのだ。
もしルークが好きなのだとしたら、その時は諦めてもらおう。
アニスはそう考えて、帰路に立った。



ティアはガイからまた根掘り葉掘りとルークのことを聞いたが、ガイの答えは誠実なものばかりだった。
しかし自分の非は認めるものの、ガイは決定的に欠けている部分がある。

「あなたはルークに甘過ぎよ」
「……分かってはいるんだがな。けど、俺はそれを改める気はないよ」

ティアの言葉を受けて、ガイはきっぱりとそう答えた。
意志の強いその目にティアは負けじと睨むが、ガイは漂然と語る。

「君も知っての通り、俺はルークに固執していてね。俺はもう二度とルークの泣き顔だって見たくないし、悲しませるような真似はしたくない。俺の出来ることは全部してやりたいんだ」
「それが甘いの。あなただって分からない訳じゃないでしょ?」

ガイの出来ることを全部してしまったらルークの為にはならない。
ティアはそう言うが、ガイは違った。

「それなら、ティアだって分かる筈だろ。あいつは、もう長くはないんだ。だったらあいつの好きなようにさせてやりたい。その気持ちが分からない訳じゃないだろ!?」
「……それは」

ティアは返す言葉がなかった。すっかり、そこを失念していた。
あまりにもルークは気にした素振りがなかったし、あと数年は生きれるということにティアは甘えていた。それがどんなに短いものか、知らない訳ではない。

「俺が甘いってことは分かってるさ。でもなルークは今大事な時間を全て、貴族の体裁とやらに費やしてる。俺はそれが歯痒くてたまらないんだ。本当なら旅だってあと二、三年はしてやりたかった。季節ごとに変わる風景があるからな。そいつをルークに見せて、お前が救った世界はこんなにも綺麗なものばかりなんだと言ってやりたい。ルークには伝えたいことが山ほどあるんだ…!」
「……ガイ」

ごめんなさい、というのは余りにも無神経に思えた。
謝るくらいならなぜ、そんな言葉を口にしたのだとなるだろう。
けれどガイはきっとこんな自分を許してしまう。
それが目に見えていたティアは何も言えずに黙っていると、ガイが苦く笑う。

「すまない。どうも俺はルークのことになると、後先考えずに言っちまうみたいだ」
「私の方こそ、考えが甘かったわ。あなたの言う通り、ルークの先は短いということを忘れていたみたい……」

ティアは自分が恥ずかしかった。
ルークの為にならないと口にした自分が一番ルークのことを思っていなかった。
けれど、ガイは朗らかに顔を綻ばせる。

「ティア。辛いだろうが、ルークといっぱい思い出を作ってやってくれないか?あいつが、楽しかったって言える様に。本当に幸せだって思えるように、ティア、君がルークに教えてやってくれ。今の俺は、バチカルには行けないからな」
「……ええ。分かったわ。けどいつか、あなたもルークに会いに行ってね。ルークは仲間のあなたとの思い出が欲しいと思っているわ」

ガイはそうだな、と笑って返した。ティアも釣られてほほ笑む。
それを偶然グランコクマにやってきていたアニスが中々の雰囲気と遠目から見て思った。
何せティアがあんな風にして笑う所はあまりお目にかかれない。
少なくともアニスはティアが可愛いものを目の前にしないであんな風に柔和に微笑むことが出来ることを知らなかった。



ティアはグランコクマを後にして、ナタリアに報告がてらルークに会いに行った。
ルークは久々の仲間ということで嬉しいに違い無いと思ったのだが、ルークの部屋にやって来たティアを見るなり嫌そうな顔をする。
そんな顔を見せたルークにティアは思わず嘆息した。

「そんなに私が来たことが嫌なのかしら?」
「そ、そーじゃねーよ! ただ、その……俺って……ドレス似合わないだろ?」

ルークが顔を染めてベッドのシーツを掴む。
今ルークはベッドに腰掛けていて、ティアは立っていた。
しかしティアは改めてルークを見て、ついうっとりする。

「かわいい……」
「……ん? なんか、今言ったか?」

ルークは聞き取れず、不思議そうにティアを見上げた。
ティアはもう耐えられずにルークの手を取る。

「ルーク、かわいいわ! そのドレスもすっごくかわいいもの。ルークに似合ってるわ!」
「え……、お、俺……こういうごてごてしたの嫌いだし、レースとかもあんま好きじゃねーしさ」

突然かわいいと連呼しだしたティアにルークはたじろいだ。
しかしティアはそれに気付かず、ルークをまるで抱き枕と同じ要領でぎゅうっと抱きしめてくる。

「そういうレースもとってもかわいい! ルークにぴったりよ」
「お……おい! ティア、苦しいって…!」

ティアの胸に顔面を押され、ルークは窒息死寸前だ。
ルークが必死にもがいて、やっとティアは体を離した。
そして自分が何をしでかしたのか理解したティアは頭を慌てて下げる。

「ご、ごめんなさい。私ったら……ほんと、駄目ね」
「つーか、かわいいってなんだよ?」

からかってるのか、とルークが口を尖らせて聞くとティアはじっとルークの顔を見る。
ルークはこういう顔つきに覚えがある。これはまさにルークにドレスを着せようとした母シュザンヌに重なった。
ルークはまさかティアが、と距離を取ろうとすると、ティアははっとした様子で口にした。

「ち、違うの。別にあなたをどうこうしようっていう訳じゃないわ。……ただ、私かわいものが好きなの。だからルークがかわいいからつい……その……」
「……お前がかわいいもの好きなのは知ってるよ。それがなんで俺がその……か、かわいいになるんだよ……っ?」

ルークが顔を真っ赤にして訊ねる。余程恥ずかしいのは分かったが、ティアはバレていたということが衝撃的で中々うまく口が回らない。

「それは……だって、……ルークは……かわいいわよ?」
「どこがだよ。こんな背もでかくて、アッシュみたいな俺が……」

可愛いわけねーじゃんとルークは顔を逸らした。
ティアはそれでも口にする。

「でもルークはかわいいわ。身長は確かに大きいけど、顔はかわいいもの」
「……だったらアニスの方がかわいいだろ?」

ルークはメンバーで一番幼いアニスが可愛い筈だと思って口にした。
ナタリアとティアはどちらかといえば綺麗な顔立ちのため、除外したのだ。
するとティアは少し悩んだ様子で言う。

「なんて言ったらいいのかしら。ルークが照れたりするとかわいいの。もちろん今の状態でもとってもかわいいわ」
「……」

ルークは聞くんじゃなかったなと思った。
取り敢えず、ティアの可愛いもの好きはガイの音機関並みにおかしい。
ルークはティアの前で可愛いものの話題は避けようと思い、今日はティアに帰ってもらった。
ティアはガイに言われたようにルークとの思い出は作れず、がっくりと項垂れる。

ナタリアにだけは報告をしようと、ティアは城へ向かった。
ナタリアは以前アニスをもてなしたようにティアを迎え入れ、ティアはなれない豪華な食べ物や食器の数々に目移りしてしまいそうになる。

「ただ話をしに来ただけで、こんなことをしてもらって悪いわ」
「いいのです。わたくしは久々に仲間に会えて嬉しいのですから」

ナタリアはお気に入りの紅茶を淹れるとそれをティアに手渡した。
ティアは早速それをひと口飲み、美味しいと零すとガイから聞いた話をナタリアに話す。

「では、ガイは本当にルークのことを思っているということですわね」
「こうは言ってはなんだけれど、ルークのことを一番よく分かっているのはガイなんじゃないかしら?」

核心をついたその答えにナタリアは表情を暗くする。

「ティアはルークをガイの傍に置くべきだと思いますの?」
「その方がルークにとっても幸せなんじゃないかと思ったのよ。ガイは言っていたわ。もう二度とルークの泣き顔だって見たくないし、悲しませるような真似はしたくないって。あの言葉に嘘はなかった」

ナタリアは黙り、ティアは告げた。

「それで私たちにルークに思い出を作ってやってほしいとも言っていたわ。ナタリア、それがあなたにも分からない訳ではないでしょう?」
「……考えさせて下さい」

ナタリアにとってルークは大切な幼馴染であり、今は大切な妹と呼べる存在だ。
だから、ルークを手放したくないと思ってしまった。
ルークはガイに会って変わったような気がする。少なくとも旅を終えてからは随分変わったように見えた。
外の世界を知ったルークはきらきらと輝いていて、またガイと一緒に旅をしたいなとナタリアに語る。
全く知らない幼馴染のその顔にナタリアは戸惑った。
まるで自分ひとりだけが、ルークに取り残されたようだった。
アッシュはただガイに何か恨み辛みがあるようで、ガイに対してのみ怒り、ナタリアのような感情は持っていない。
大切な妹として受け入れるのは簡単だったと言うのに、ナタリアは側にいられないことを恐れ、変わっていくルークに恐れた。
きっとルークは一度ガイの元へ行けば、自分の元へは戻ってこないだろう。
それはティアが言う通り、ルークはガイの傍にいれば幸せだからだ。

(わたくしはなんて汚いのでしょう。ガイに負けるのが悔しくて、変わってしまうあなたを見て居たくない。どうしてずっと幼馴染でいられないのでしょうか)

ナタリアはふと考えて、気付いた。ずっと幼馴染で居られるはずがないのだ。
少なくとも自分自身がそうであったと、ナタリアは気付く。
自分が気付いていないだけで、ナタリアだって常に変化している。
アッシュと一緒に幸せだというのに、まだ物足りないとナタリアは駄々をこねていたのだ。
自分はアッシュと付き合っていて、ルークにその幸せを見せつけていただけに過ぎない。 それに気付くと、自分が恥ずかしくなった。
そしてその頃にはルークはぼうっとする回数が多くなり、ナタリアはガイにルークを合わせるべきだと考えるようになっていった。



あとがき
こうして出だしに繋がる訳でした。
それにしても、女性たちはどんだけルークをっていう感じですね。
まあ男と二人っきりで自分の友達が旅をしたって聞いて、かなり感情的になっている感じです。
その中でアニスはさすがに借金を返してもらったと言うだけはあって、結構ガイを気にしている感じで、それだけが救いです。
でも結局はルーク中心に皆考えまくってるので、偏ってますね。そして一番この中で偏っているのはガイです。



2011/05/15