09


この日、快晴だった。
ルークはトランクを引っ提げて、アルビオールに乗り込んだ。
後で服を送るわねと語ったシュザンヌに対しても、この日ばかりはルークは笑って頷いた。

「ルークさん、お久しぶりですね」
「久しぶり、ノエル。元気だったか?」

アルビオールの操縦者はノエルだ。ノエルは慣れた手つきで離陸をする。
ルークもその振動にすっかり慣れて、青い空を暫く眺めていた。
しかしルークはずっとノエルに聞きたいことがあった。
ノエルは一体いつからガイとの交流があったのだろう。
それにガイは全て知っていたと口にした。違うのはガイが屋敷に潜入しなかっただけで後は全く同じだという事も語っていたのだ。
つまりガイはイエモンたちが死ぬのを黙って見ていたということになる。
ノエルが恨んでいるとは考えにくいものの、ルークはそれが気がかりだった。

「ルークさん、私に聞きたいことがあるんでしょう?」
「え……」

ノエルは操縦席から席を立ちあがった。驚くルークにノエルは今自動運転に切り替えましたから大丈夫ですよ、と微笑む。ルークは顔を俯かせた。

「……ノエルはガイのことで怒ってないか? イエモンさんたちのこと、ガイは知ってて黙ってたんだ」
「……私にとってもルークさんは大切な仲間ですから」

ノエルの温かい言葉にルークは顔を上げる。ノエルは少し顔に痛みが走っていたものの、柔和な笑みを浮かべた。

「ルークさんがいなくなっちゃうの、私も嫌です。ガイさんが一人でそれを食い止めようと頑張って純粋にすごいなと思いました。私はアルビオールを飛ばす以外きっと何かお役に立てることができないですから」
「そんなことないよ。ノエルはいつも俺たちを見守ってくれただろ」

ルークの言葉にノエルは少し、目を伏せる。
淡い恋心は元から敵うものではないと思っていたが、ルークが女性だと聞いてノエルは諦めがついた。それにガイがルークのために全て捨ててきたと聞いて、ノエルは自分の手の届くような人ではないと痛感したのだ。
ガイも気遣わしげにノエルに声をかけたりして、その時にはすでに恋心は絶たれてしまっていたのだろう。

「そう言って頂けただけで嬉しいです。ありがとうございます」
「こっちこそ、いつもありがとな」

にこりと笑うルークの顔は相変わらずで、ノエルは目を細めた。
胸が高鳴ることはもう二度とない。
ノエルはそれを少し侘しい気持ちに駆られるのだが、ルークがたどたどしく声をかける。

「それでさ、ずっと気になってたんだけどガイとどこで知り合ったんだ?」
「……ガイさんとですか?」

ノエルは聞いていないのが意外だというようにきょとんとした顔をルークに向けた。
ルークは頬を赤らめて、目を逸らす。

「一応聞いたけど、なんかはっきりとしねーんだよ。二年くらい前にシェリダンに行ってそれからちょくちょく会ってたとか言ってたけどさ、その、どのくらいの頻度でノエルたちに会ってたのかなって……」
「……そうですね。ガイさんと喋った数は多くないですが、兄さんと話が合うみたいでよく喋ってるのが印象的でしたね。決して出会う頻度は高くないんですけど、馬が合うせいかすぐに親しい友人みたいでした」

ルークは話が合うという言葉に眉を顰めていた。
ギンジという人間の人となりを知らないせいで、一体どんな話題をしているのか想像がつかない。
それに気付いたノエルがルークに笑った。

「音機関ですよ、音機関。私も兄も音機関大好きですから」
「ノエルは、ガイ程じゃねえと思うけど……」

ルークが訝しい顔つきになる。余程、ガイに熱く語られたのだと思うのだが、シェリダンではあれくらいが普通だ。

「シェリダンの職人の皆さんは、往々にしてそうですよ。私はまだまだですけど」
「……」

つまりノエルはガイみたいになる可能性があるのか。
ルークが茫然としているその横で、ノエルがそろそろ自動操縦から手動運転に切り替えますと言ったので話はここでおしまいになった。



遠目からグランコクマの街が見えた時、ルークはやっとガイに会えるのだと思うと胸が高鳴った。アルビオールは港に停泊し、ルークはノエルにお礼を述べてトランクを手にとってアルビオールの昇降口から下りる。
ノエルはこの後、またバチカルにとんぼ返りだ。年若いアルビオールの操縦士はどこでも引っ張り蛸なのである。
そうしてルークが外に出てアルビオールを見送った後、ガイがいないか辺りを探す。
すると背後から声がかかった。

「ルーク。久しぶりだな。元気にしてたか?」
「ガイ!」

ルークはすぐにそちらに振り返り、ガイはにっこりと笑っていた。
いつもと変わらないその姿にルークの胸は否応なく高鳴る。
やっとガイに会えたのだと実感がふつふつと湧く。その充足感に圧迫されて、ルークはガイに言葉を返せずにいた。
ガイは視線を下にやりルークの手荷物を見ると、それを早速ルークの手から奪ってひょいと持ち上げる。

「荷物ってこれだけか?」
「いや。後で母上がもっと着替えを送るって言ってた」

ルークの答えを聞くと、ガイは空を仰いだ。

「シュザンヌ様がねえ……。それってかなりの量になったりしないか?」
「大丈夫じゃねーの? さすがに母上だってそんな山ほど送ってこねえよ」

お気楽なルークの答えに、ガイはその横顔をじっと見る。
ルークはまるで分かっていない。シュザンヌがどれほどルークを可愛がっているのか分かっていないのだ。それにクリムゾンも愛娘を取られていい顔はしていないだろう。心配のあまりきっと不要なものをたくさん送ってきそうだ。

「俺の屋敷は広くないからな。あまり多いと困るぞ?」
「ガイの屋敷ってどのくらいの広さなんだ?」

ルークは三カ月の旅の間、グランコクマやバチカルといった首都には足を踏み入れていない。
ガイの口ぶりに一体どんなものなのか気になったのだが、ガイは顎に手を当てる。

「うーん。そうだな。お前の屋敷の三分の一の広さもない」
「……それって小さくねえ?」

ルークが顔を顰めると、ガイはルークに目を落とした。

「あのな。お前の屋敷と比べたらどの屋敷だってちっぽけに映るぞ」
「なんで?」
「なんでって、お前の家は由緒正しい家柄で、しかも最も高い位にいるんだ。王族の次に偉いといって過言じゃない貴族と普通の貴族を比べるのが間違ってるんだよ」
「ふーん」

ルークはよく分かったような分からないような顔をする。
ガイはまあ、行けば分かるさと馬車に乗り込んだ。

馬車にゆらゆらと揺られ、ルークは尻が痛いとガイに零す。
それを聞くとガイはまだ乗ったばかりだろとルークに呆れ顔を寄こした。

「乗って早々そんなんじゃ屋敷に着く頃にはどうなってるんだろうな」
「うっせーな。痛いもんは痛いだろ」

憎まれ口を叩きながらルークはふと、あの時のガイの言葉を思い出す。

『今の俺を見たら、きっと泣いちまうだろうからな。だから、いいんだ』

屋敷に帰らなくていいのかと訊ねたルークにガイはそう答えた。
もしかしたら、好きな人がいるのかもしれないと漸くルークはその可能性に気付く。
ガイは一応信用における相手には今の様子を見せていたようだし、ノエルみたいに親しげに喋る相手が他にいてもおかしくはない。
ガイが話すのはきっと余程の相手で、ガイが泣くと称したということはその相手はガイのことを大切に思っているに違いないのである。
その相手に会うと思うとルークは否応なく胸が苦しくなった。さっきまでの高揚とした気持ちが嘘のように消え失せた。
突然顔を曇らせ始めたルークにガイはまた何か余計なことを考えてるなと内心嘆息する。 ルークの悩み癖は一生消えそうにない。何をそんなに不安がることがあるのだろう。ガイは安易にジェイドの言葉を真に受けて、前と同じようにしなくて正解だったなと思いながら、ルークに言う。

「そういや、ルーク。俺の手紙届いてたか?」
「ああ、届いてた! それで、ガイは俺の手紙見たか? ひと月に一回は送ってたんだけど……」

慌ててルークは答え、俺、何書いて良いのかわかんなくてさとルークは恥ずかしそうに零す。
だが、ガイはルークの手紙など一通も受け取ってはいなかった。
ルークの元に手紙が届いていたのはかなり意外だったが、やはりそういう所は公爵である。

「悪いが、俺の所にお前の手紙は一通も届いてない。見てないんだ」
「え……?」

ルークが目を見開く。その瞳はゆらゆらと揺れていて、ルークはかなりショックを受けているようだった。なぜならルークはちゃんとラムダスに出すように頼んでいたからだ。

「まあ、手紙を届けてくれただけでも感謝するよ。お前に言葉を届けられただけで、俺は十分だ」
「じゃあガイは一回も俺の手紙見ないで、毎週手紙送ってくれてたんだな」

ルークは悄然とした様子で、目を伏せる。
ガイは気にしていないが、ルークは気にする。これは当然のことだった。
しかしなぜガイは手紙を送り続けてくれたのだろう。返事をしていない自分にどうして書く気になったのかルークが気になってちらりとガイを見れば、ガイは笑っていた。

「向こうでもあったからな。俺が送った手紙をラムダスさんに隠されて読めなかったと言ってた。だから、ルークもそうなんだろうなと思って一応送ってたんだ」
「……でも、俺はラムダスから手紙受け取ったぞ」

ルークが口を尖らせて答えた。ガイはその言葉を意外だとは思わなかった。
ラムダスにそう指示しているのはクリムゾンだ。さすがにこの四ヶ月間手紙を週ごとに送った事もあり、ラムダスも心苦しくなったのだろうか。
ガイがそう結論付けていると、ルークはむすっとした様子で続ける。

「代わりにエントランスでガイの宝刀見るのやめろって言われたけどさ。ちゃんと毎週ラムダスは渡してくれてた」
「……そうか」

それはつまりエントランスにルークに立っていてほしくなかったからじゃないだろうか。
それをきっと公爵から何とかするように仰せつかったラムダスは悩んだ末に自分の手紙を手渡したのだ。それを考えると、所詮現実ってそんなもんだよな、とガイは思った。皆、自分の身が可愛いものだ。

「つーかさ、俺の手紙マジで届いてないのかよ?」
「なんだ? そんなに見てほしい内容が書いてあったのか?」

不貞腐れたルークにガイがにやにやと笑って訊ねる。
それにルークは顔を逸らした。

「別に! ガイ並に大したこと書いてねえ!」
「俺並にって酷いな、それ」

実際当たり障りないような言葉ばかり並べていた。
毎週渡されるとは思っていなかったので、続くような話を振らないように心がけたのだ。
ガイはやれやれと思いながら、むすっとしたルークに憎まれ口を叩く。

「ま、文字書く練習になって良かったんじゃないか。これで少しは奇麗になっただろ」
「うっせえ! バーカ!!」

するとルークがガイをぼかぼかと殴って来る。
ガイは痛い、痛い降参だ、といってもルークは聞く耳を持たなかった。
ガイはよくルークにこうしたデリカシーのかけらもない言葉を掛ける。
他の仲間にはこんなことを言う所を見たことがなく、ルークはいつもそれに腹を立てていた。
最も仲間と一緒にいる機会が少ないのだが、ルークは何故自分ばかりガイにこんな無神経なことを言われるのか分からない。
旅をしている最中、ガイは女性に対してフェミニスト面する割にルークにはそれがないのだ。
ルークはガイは自分を女だと思ってないんだ、とガイから顔を逸らした。
馬車の小さな窓から外を眺める。ガイはその横で痛たた、とぼやいていたがルークは見ないふりをした。たとえ見たとしてもそれはガイが悪いと罵るだろう。

ルークはいつの間にかすっかりあの相手のことを忘れて、屋敷にたどり着いた。
ガイの言う通り、自分の屋敷に比べるとあまりにもちっぽけだ。
エントラスに入るとルークは首を回し、歯に衣着せぬ様子で茫然と呟いた。

「なんか小さいな。使用人専用の棟とかじゃないんだよな?」
「そんな訳あるか」

ガイがルークの後頭部を軽く叩いた。
エントラスにいた使用人たちはこの女と言わんばかりに睨んでいる。
これはどう考えてもガイに対する侮辱だ。しかしルークは不愉快そうにガイを睨みつける。

「だって事実だろ」
「だから、最初に言っただろ。小さいって」

ルークはそれにしたって想像以上だと顔を顰めていた。
声に出さなくてもその様子は伝わって来る。そこでガイはちょっとした悪戯心が湧きあがってルークに傅く。

「申し訳ございません、ルーク様。拙宅はあなたの邸宅に遠く及びません。その非礼を詫びましょう。恥ずかしながら、拙宅でご起居頂きますよう申し上げます」

突然跪いて、ルークの手を取ったガイにルークは言葉が出ないようだった。
しかしその様子を頭で理解すると、顔を真っ赤に染めてガイの手を払う。

「な、なにやってんだよ!?」
「ははは。本来ならこうあるべきだからな」

ガイは笑って立ち上がり、ルークはその言葉に憤然とする。

「そんなの必要ねえ! ガイはガイだろ」
「分かってるさ。でもな、ルークはここへ学びに来ているんだ。見聞を広げるためにと公爵から仰せつかってる。いつもの仲間っていう訳にもいかないからな。慣れてもらわないといけないのさ」

ルークは父上がそんなことを言っていたのかと驚いてしまう。
確かに仲間の時のような様子ではダンスの訓練にも、見聞を広げることにも繋がらないだろう。
アッシュが屋敷を出る前に散々言っていた立場をガイのところで学ぶためだ。
理屈は分かるが、ルークは不貞腐れたように目を逸らす。

「だからって何もこんなとこでしなくたっていいだろ……」
「悪かった。確かに最初から勉強じゃ息が詰まるよな。向こうでルークは勉強漬けだったもんな」

配慮が足りなかったか、とガイは思った。さっきの言葉にしてもそうだ。
てっきり使用人じゃないだろと返って来るかと思ったのだがルークは何をしているんだと驚いた。不覚にも自分はルークを重ねている。
旅の間にもそうした一面が零れた。その度にルークはほんの少し切ないような悲しげな顔を浮かべるのだ。
ジェイドから忠告を受けていたというのに、何と言う失態だ。

「ま、まあな」

ルークは曖昧に返した。どうやら勉強を頑張っていたという訳ではないようである。顔を青くして明らかに焦っているルークにガイは息を抜いた。

「屋敷の中を案内してやるよ。お前の部屋も勝手ながら用意しといたんだ」
「俺の部屋?」

ルークが意外そうに繰り返した。ガイは手紙が来てたからな、とルークに一言断って、ルークの荷物を片手に歩きだす。
ルークは自分以外の屋敷を初めて見るので興味津津と言った具合にあちこちを見回した。
ガイは軽く廊下にある部屋を説明して、すぐにルークの部屋に辿りついた。

「ここがお前の部屋だ」

ガイが扉を開き、ルークはその部屋の中を見た。
先程まで青が基調となっていた屋敷が一変して、この部屋は白が基調になっている。
勉強机に大きなベッドが一つと、質素な部屋だったがどこか懐かしい気がした。

「お前の屋敷の部屋を参考にさせてもらった。嫌だったら別の部屋を用意させるが、どうする?」
「ここでいいよ」

一目見てルークはすぐに気にいった。ベッドは屋敷と比べればちょっと物足りないのだが、腰掛けてみると座り心地は申し分ない。
ガイはそれを見るとよかったと目を細めた。そしてルークのトランクを床に置く。
ルークはぼんやりとその様子を眺め、ふと疑問がわき上がった。

「ガイの部屋ってどこにあるんだ?」
「俺の部屋はお前のすぐ隣だよ。何か分からないことがあったらすぐに俺の部屋に来るんだぞ」

ガイがルークに笑い掛けた。また子供扱いしているとルークは感じながらも顔が熱い。

「ふーん。隣か……。じゃあさ、見に行ってもいいか? どんな部屋なのか気になるし」
「殺風景だぞ?」

ガイはルークが入る前に一言断っておく。だがそれはルークにとっては部屋にガイが入られたくないように感じ、半ばムキになって言った。

「いいから見せろよ! ガイの部屋の場所知っておいて損はねえしさ」
「そりゃそうだが、ルークに合わせたい奴がいるんだ」

ルークはどくりと心臓が撥ねた。
予感が見事に的中したのだ。茫然とその場に立ち尽くすルークにガイは気付かずに告げた。

「ほら、前に今の俺を見たら泣くって言ってただろ。ルークにそいつを合わせたいんだ。駄目か?」
「……別に駄目じゃねーけど……。後で部屋見せろよ」
「分かってるさ。じゃあ行こうぜ。裏庭の庭園にいる筈だ」

ガイはどこか嬉しそうであり、ルークは内心そんなに部屋を見せたくないのかと悪態をつく。
本当はそんな相手に合いたくない。
けれど先を進むガイの後を追うしか、自分には道がなかった。



あとがき
ノエルって一応ルークが初恋ってことでいいんですよね。
そのあたり今一分かってません。
ノエルはあっさりとルークを諦めたけど、問題はティアですよね。
だから前回アニスがティアに気遣う描写を入れているんですが、 ティアはルークのことをどう思っているのか不明です。
エルドラント前夜のイベントでもばっさりとルークに切ってもらったのでそこまで未練はないと思うんですが、よく分かりません。
あとこういう勘違いネタって分かっててもドキドキしませんか。私だけですね。



2011/06/26