空に零れた


青白い光を放つセレニアの花が辺りを照らす。
本来なら真っ黒で空虚な空間であった渓谷をその淡い光で照らしていた。
遠くに聳えるエルドラントまでその光が届き、ガイはそちらに目をやる。
目の前では岩に腰かけたティアが譜歌を歌っている。
彼女の声が切なげに感じるのは、ガイが少なからず悲痛な思いを抱いているに他ならなかった。

ルークは二年経っても帰ってはこなかった。
エルドラントをルークを残し去った直後は、またルークが戻ってくるのではないかと仲間たちは期待していた。
しかしこの二年の間でルークは成人し、墓前まで建設された。
彼の死が周囲に受け入れられたのだ。
それだけの年月が経った。だというのに仲間たちは諦めきれない。

ティアの歌は渓谷に響き渡るようだった。
懐かしいその歌はヴァンを倒して以来だったと、ガイは薄らと思った。
彼女も胸を痛めてその歌を歌えなくなっていたのだと気付いていたのに何もできなかったのだ。
自分の無力さに打ちひしがれる。
しかし歌も終わりへと進み、ティアの歌声がやんだ。
先程まで黙って聞き入っていた仲間たちは口々に帰ろうとティアを諭した。
ティアも重い腰を上げる。だが、その背後で確かに何かの気配を感じた。

先に行こうとした仲間たちも異変に気付いて背後を振り返る。
赤い髪を揺らし、白い服がセレニアの花によって照らされていた。
その赤い髪を忘れたわけではない。ティアは彼に一歩だけ歩み寄り、一言訊ねて涙が溢れる。
ガイもまさか、という思いでそちらに一歩歩み寄ったのだが、すぐに気付いて足が止まった。

あれは、ルークじゃない。俺が待つと約束したルークじゃない。

途方に暮れつつも、女性たちはそれに気付かないのかルークに駆け寄っていく。
ジェイドの足がいつも以上に鈍く感じた。それがまるでガイの考えを後押しするようであった。
女性たちに囲まれた赤毛の男がこちらに目を向ける。
ガイはその顔を嫌というほど見てきた。そして気付いた時には喉から声が漏れる。

「お前、アッシュだろ」

それに驚くティアやアニスの顔が痛ましい。
ナタリアに至っては喜んでいいのか悲しんでいいのか分からないようで顔を俯けた。

(なんで帰って来たのがルークじゃなくてお前なんだ。)

ガイはそう思わずにはいられなかった。
彼をずっと思ってきた人は必ずいるというのに、ガイは失意の色を隠せない。
ガイに残されたのは絶望だけである。

そして後に分かった事だが、ジェイドはこの事象について全て分かっていたということだった。
ルークが大爆発でいずれ死ぬ定めにあったことや、オリジナルにレプリカの情報が加わるということも判明した。
それを台本を読むように話すジェイドに、ガイや仲間たちはただ耳を傾けるばかりであった。
ガイの立場を考えれば、なぜ黙っていたと怒鳴って殴っても良かったのだが、そんな気力すらない。
ただ、ルークは死んでしまったのだ、という事実が自分の中で大きくなる。
顔を押さえても、悔やんでも、仕方がないのにガイは日々大きくなるルークの死への受け入れにそうせざる負えなかった。



ガイは存外あっさりとルークの死を受け入れた。
他の仲間たちは泣いたり、帰ってくるよと零した割にガイはそんな甘い言葉は言わなかった。
彼女たちが泣けば、彼女たちを慰めはするがルークは帰ってくるとは言ってくれないのだ。
だから女性たちはガイの事を安心していた。彼の中ではルークのことは昇華されたことだと安心しきっていた。
しかしガイの本心はいつだって別にあり、それが徐々に歪な形へと変貌を遂げていたのだ。

真っ先にそれに気付いたのはジェイドだった。
グランコクマでいつも身近にいるから当然のことだ。
思えばガイの後ろ暗さに感付いて、旅の当初色々嗅ぎまわっていただけはある。

「ルークはもう帰ってきません。それは変えようのない事実です」

ジェイドはある日、ガイの邸宅にやってきてそう告げた。
ペールが手がけた中庭は、よくも悪くもルークのいた頃を再現していた。
その中で少し悲痛そうに顔に痛みを走らせたジェイドはもう一度言う。

「こんなことをルークが望まないのはあなたが一番よく分かっているでしょう。過ぎた時間が戻らないということも、ね」
「…分かってるよ」

苦く答えたガイの横顔は、分かっていても止められないのだと答えていた。
ジェイドはそれを咎めようとはしなかった。
なぜならジェイドのフォミクリーも似たようなものなのだ。
結局同じ穴の狢で、ジェイドはガイを非難することはなかった。

それはガイが最後まで仲間の前まで取り繕うということをやめなかったことが起因するかもしれない。


アニスやティアやナタリアが少し泣きごとが言えるのはガイの前だけである。
ジェイドは理路整然と事実を固め、感情の隙を与えない。
当事者であるアッシュに誰も何も言えず、気持ちが同じであるガイに皆ルークの事を語った。
表面上では常に笑顔のガイは、誰も彼が苦しんでいるとは思わない。
事実、ガイは笑顔を取り繕うのが上手になった。
昔からそうするのが得意だったせいか、今じゃ完璧な笑みとして定着している。
傍から見ると本当に普段通りなので、時折ピオニーが心配した様子を見せた。
しかしその根底の問題については触れないでいてくれる。

そうしてガイはいつしか、研究に没頭するようになった。
あの時、こうしたらルークはという取りとめのない考えがガイをそうさせる。
創世歴時代の資料を集め、最早使わないと言って過言ではないセフィロトに関する資料を読み耽った。
何をやっても手遅れだというのに、ガイはその歩みを止めることはしない。
ルークを救う道はあったのだと証明したいが為だった。
事実をただ受け入れるのではなく、別の道が確かにあり、ルークが生きることができたのだとそう思いたかった。

長年の研究で、やっとルークを救う道がほんのり漂う頃にはガイはかなりの高齢になっていた。
よぼよぼの年寄で、コップを持つ腕力すら残されていない。
ほぼベッドの上での生活を強いられる毎日でも、ガイは本に目を通すことはやめなかった。
そんな日々が続き、ガイはある日身を起こす力すら入らず、薄らと目を開ける。
見慣れた天井が、どんどん遠くに離れていく。
そこで悟った。自分はもう死ぬのだ。
長い人生の中、ルークのことばかり自分は追っていた。
それも彼が死んだ後という皮肉なきっかけからだ。

どうしてもっと早くお前が大事だと気付かなかったんだろう。
いや、どうして認めなかったんだろうな。
俺はただ怖かったに過ぎない。自分を形成する何かが変わっちまうのを恐れたんだ。
そんなのでお前を遠ざけるなんて馬鹿げてるよな、ルーク。
しかもこんなのに人生を棒を振ったって聞いたらお前、呆れるよな。
それともだっせーな、ってお前は笑うだろうか。またあんな泣きそうな笑い浮かべてさ。
だけどもう一度お前に会いたいんだ。お前がこのオールドラントにいる姿を見たい。
空に還ったなんて、俺は認めない。まだお前はこの大地にいるんだって、そう思いたいんだ。


すっかり枯れてしまった涙は流れるということはなく、ガイは固く目を閉じた。

「ガイの目は空みたいだな」

意気揚々に語るルークは、息を詰まらせてガイにそういった。
当時、ルークの教育係を任命されたばかりのガイはそのルークに戸惑ったものだった。

「空みたいだって?」
「空みたいだ。あの空とおんなじ色!」

ルークが空を指差して、笑う。真っ青な青空には雲ひとつなく、何に一つ悩みすらないように映る。
悩んで苦しんでいるばかりのガイにとってはそれはある種の皮肉に感じられた。
しかしルークが笑顔をこちらに綻ばせて、空に指を指したまま言うのだ。

「ガイの目みたいだろ」
「…」

ルークは取り繕うということを知らない。つまりこれはルークの本心なのだ。
あの真っ青で綺麗な空と自分の目が似ているとルークは思った事をそのまま口にしただけである。
それが分かるとなんだか胸の中がむず痒くて、ガイはルークの頭にぽんと手を置いた。

「だったら、お前は夕日みたいだな。…夕日みたいに優しい色をしてる」

ルークの髪をひと房手にとって、ガイが告げる。ルークの髪の毛は肩にかかる程度伸びていた。
この様子なら、ルークはまだ十二歳くらいなのだろう。
ルークはそれを聞くと嬉しそうに笑った。そんなに嬉しいことかとガイは思いつつも釣られて笑う。

しかしそう語りあったルークはもういないのだ。
遠い記憶が走馬灯のように流れていく。
いくつも記憶が飛び交い、ルークが成長するにつれて笑顔が少なくなって行く。
そんな風にルークをしたのは紛れもなく自分であり、ガイは悔いる。
もっと早くお前を大事だと認めていれば、そんな考える間もなく、ルークは儚い顔をガイに向ける。

「馬鹿だなーおまえ」

そう告げるルークは帰りたいというのと諦めが入り混じっていた。
本当なら生きたかっただろう。それは痛い程ガイの胸に響いてくる。

(諦めるな。生きたいと、そう言ってくれ。そうしたら俺がお前を何とかしてやる。
今なら出来る。お前を救うことができる!)

しかしルークに背を向けたのは自分の方だった。
自分の記憶から、ルークが剥がれ落ちる。硝子が割れて、その破片に映ったルークは闇の中へと落ちていく。
この暗闇にルークを落としたのは紛れもない自分であり、ガイは真っ暗闇に手を伸ばした。
あまりにもそれは滑稽な姿だった。一度捨てたくせに今度は大切だからと手を伸ばす。
そうして気付けば、ガイの足場まで暗闇は及ぶ。辺りはいつの間にやら真っ暗だった。
漆黒の闇がガイを包み、ガイはその中へと落ちていく。

自分が行くのは地獄なのかという考えは一切なかった。ただガイは落下しつつもまた、願っていた。

俺はルークを救いたい。もう一度そのチャンスをくれ。

まだ諦めていないのかと嘲笑する自分がいる。だが諦められるはずがないのだ。
ルークは自分にとって大切な仲間で、親友で、兄弟で、家族だった。
誰よりもルークは自分の近くにいた。その相手を救えなくてのうのうと生きるのが苦痛だ。
もしルークの為に自分の命を差し出せと言われれば、喜んで差し出す。
それがルークを生かす道へと繋がるなら、なんだってする。
自分が死のうが、どうなろうが構わない。ただルークさえ生きていればいい。

それが一体どれだけ独善的なもので、エゴの塊であるかガイは知っていた。
だが、もう嫌なのだ。ルークがいない生活は、ただ胸が苦しいだけだ。
全てのものに興味が引かれない。ルークがいなくなった後のオールドラントには色も、音さえなかった。



ガイは暗闇に落ちていく中で、衝撃があった。
体がどこか叩き落とされた感覚で、ガイははっと目を見開く。
すると目の前には姉上が笑っていた。

「ガイラルディア、今日は特別ですよ」

柔和な笑みを浮かべる女性はどう見ても姉のマリィベルだった。
彼女は死んだはずである。ガイの誕生日の日に襲撃を掛けたファブレ公爵の手によって姉は死んだのだ。
これは記憶か、そう想うのだが、姉は不思議そうに首を傾げてきた。

「どうしたの。あなたが好きなケーキと魚料理よ?」
「…いえ」

嬉しくないのと姉に問われそういう訳ではないんですが、と口で言いかけてガイは止める。
なんだか自分の体はかなり小さくなっているようだ。
それにテーブルに並べられた料理と大きなケーキに何やら嫌な予感がしてくる。
黙ったまま、目を伏せたガイの手にマリィは触れた。

「いつも厳しいことばかり言ってきたけれど、今日は特別です。あなたの誕生日なのですから」
「お……僕の?」

俺と言いかけて、ガイは訂正する。しかしこの手の温もりは、どう考えても記憶のものではない。
記憶に温かさや、声が耳に響く筈がないのだ。ガイがじっとマリィを見上げれば、マリィは頷く。

「そう、あなたの誕生日を祝うために皆準備をして下さったのよ、ガイラルディア」
「…」

マリィが見やるのはメイドや、父と母の姿だった。
こちらに笑みを向ける両親の姿にガイは驚きを隠せない。

「五歳の誕生日おめでとう、ガイラルディア!」
「おめでとうございます!」

父が祝いの言葉を述べ、それにならってメイドたちが言葉を続ける。
どうやら父はガイが自分の為に作られた品々を見て驚いたと解釈したようだ。
ガイは取り敢えず愛想笑いを浮かべて、ありがとうとお礼を述べる。
そうするとやっとガイが喜んでくれたと皆が喜び、ほっとした様子でもあった。
どうやら本当に過去に戻ってきてしまったらしい。しかもよりによってこの日だ。
一体どうしようとガイが考え込んでいると、預言士(スコアラー)が姿を現した。
生誕の預言を詠めば、兵士がやってきて父に何かを言って自分は部屋に連れていかれる。

そこで姉上が、死んでしまう。

ガイがそう考えている間も預言士は生誕の預言を詠み始めた。
ガイにとめる力などあるはずもなく、程なくして兵士が部屋にやって来る。
父はそちらに向かい、ガイは誕生日会はまた今度だと母に言われた。

「マリィベル、ガイラルディアを……うまく隠して。どんなことがあっても、二人で生き延びるのですよ」
「母上?」

母であるユージェニーはそのまま行こうとするが、マリィが引き止める。

「母上!どちらに行かれるのです!」
「キムラスカは…私が……」

そう呟いたユージェニーの声がはっきりとガイの耳に届いた。
母は全てを知った上で本当に嫁いでいたのだ。ガイは改めてそう思わされた。

このままでは不味い。そう想うのにガイはどう対処すればいいのか分からない。
マリィに部屋へと連れて行かれ、ガイは思い悩む。
また黙って姉上を殺されるところを見ろというのか。悩んでいると姉が部屋にやって来た。

「いいですか、ガイラルディア。おまえはガルディオス家の跡取りとして生き残らなければなりません。―ここに隠れて。物音一つ立てては駄目ですよ」

ガイは姉上もどうか、とガイが言うが、マリィはそれに首を振る。
あなたしか入れないわ、という答えだった。ガイはその答えに歯噛みする。

しかし五歳の子供に煙突の内部で体を支えて立っていろというのはかなりの肉体労働だ。
キムラスカの兵士がこちらの部屋にやって来た直後、ガイは体力がなくなって煙突から落ちる。
しまった、これではまた守られてしまう。
ガイを隠そうと姉が必死にこちらに手を伸ばす。

「マルクトでは女でも譜術が使える!」
「油断するな!殺せ!殺せ!!」

姉はがっちりとガイの体を抱きしめ、兵士その背後を兵士が切りつける。
マリィの背中から鮮血が上がり、メイドがマリィを庇うように前に出た。そうして切りつけられる。
ガイは地面に倒れ、血に濡れたマリィを見た。姉上と小さく言えば、彼女はガイを抱きしめる力を強くする。

「ガルディオス家の跡取りを護れたなら本望だわ」

それが彼女の最後の言葉だった。
兵士たちは一通りメイドたちを殺すと、その躯のできた部屋から出て行った。
おびただしい足音が徐々に遠くになっていく。 倒れたマリィはずっと目を開いたままであり、ガイはそっとその瞼を閉じるべく手で触れる。
生暖かさが残るマリィからは血のにおいが漂っていた。
青いドレスはすっかり血に染まり、ガイは自分の無力さに嫌悪した。

結局自分はまた姉上に守られた。彼女は死んでしまった。
力がありさえすれば、こんなことにはならなかっただろう。
そうしてふと思うのはルークのことだった。過去に戻った以上ルークを救わなくてどうする。
最後自分はルークのことだけを考えていた。もし戻れたのならばと浅はかな夢すら抱いたのだ。
まさか同じ轍を踏むわけにはいかないだろう。ガイの胸の内にほの暗い考えが広がる。

「ガイラルディア様!マリィベル様!!」

準備をしなくてはならない。ペールの声が聞こえたガイは何とか彼に自分の場を知らせようと躯を押す。
しかし五歳の力など高が知れていて、マリィの死体に気付いたペールがその躯を抱き上げた。

「マリィベル様…」
「ペール、…ペールギュント…」

ガイは憔悴しきった体を起こす。マリィの躯の下から出てきた血まみれのガイを見てペールは目を見開く。

「ガイラルディア様、ご無事でしたか…!」
「ああ…。それで、父上と母上は?」

ペールはマリィの躯を丁重に地面に横たわらせた。
そのそばには無数のメイドたちが事切れ、倒れている。ガイは血だまりの中でペールに淡々とした様子だった。
何かがおかしい。ペールはそう想いながらもガイを抱き上げようとする。

「旦那様と奥様は、残念ながら…」
「…一目、父上と母上を見ておきたい」

ガイの口ぶりは急激に大人びて落ち着いていた。
しかし躯になった両親の姿をガイに見せるべきではない。
だがこの機を逃せば、一生ガイは見ることがないだろう。
悩む時間の猶予もないが、ガイの意志は固いようで、じっとペールを見ている。

ペールはガイを抱え、書斎に戻った。
そこで御首(みしるし)がなくなった父とその父に縋りつく形で絶命したユージェニーをガイに見せた。
ガイは眉ひとつ動かさず、大声で泣く様子もない。
ペールがどうしたことかと幼き主を見返せば、彼は口を開いた。

「ペール。我儘を聞いてくれてありがとう。早くここから逃げよう」
「…はい」

ペールは硬い表情でガイに従う。ガイはペールに抱えられ過ぎゆく屋敷を見て、肝に銘じたのだ。
もし自分が非力なままでは、また父と母と姉のようになる。
それでは何のために戻ったのか分からない。
そうならない為にも、自分は感情を殺す必要がある。そしてルークを救うための準備を今からすべきなのだ。
時間は一切無駄にはできない。相手はあのヴァンデスデルカだ。
きっと自分の動きに気付けば、こちらが想像もできない突飛なことを彼はしてくるだろう。
誰にも知られず、ただ自分の目的を遂げる。油断してはいけない。

そうしてガイはボートに乗って、遠くから沈みゆくホドを見つめた。
ホドには黒い何かが空に向かって真っすぐ伸びていた。
その歪なものにペールは目を歪ませ、ガイは傍らで静観ししていた。
あれはセフィロトだ。
ホドにあるセフィロトがヴァンの起こした超振動に巻き込まれて、空へと延びてしまっている。
今、ヴァンは島で装置にくくりつけられているのだろう。
そこで彼を助ければ何かが変わっただろうか。
ガイは一瞬そう考えるがすぐに首を振る。ヴァンは度重なる実験で精神を病んでいる。
マルクト軍にされたこの仕打ちを彼が忘れる筈がない。そのためのレプリカ補完計画だ。
ヴァンとは関わり合いにはならない方が、いいだろう。
ガイは崩れゆくホドを見て、そう想った。



ガイがまずやって来たのはセントビナーという街だった。
同船していたホドの住民たちは、故郷を失い第二の故郷を捜すべく旅に出た。
ガイとペールはセントビナーという街にひとまず行き、その後にグランコクマに行くことが決まった。
それはガイの意志であった。

「姉上の遺言通り、家を引き継ぐ」

ガイは五歳とは思えない、落ち着き払った様子でそう言った。
戦争がガイを変えてしまったとペールは胸を痛めた。
父母の躯を見て、彼はその決意をしたのだ。
初めその躯を見れば、ガイは泣き叫び、両親を殺したファブレを恨むかもしれないとペールは懸念していた。
だが、その考えは外れ、代わりにガイは大切なものが失ったのだとペールは知る。

友人の家で暫く療養のように住まわせてもらうといってもガイは表情一つ変えなかった。
そうして彼はただ、一言言うのだ。

「ここでは俺の事はガイと呼んでくれ。その方が目立たないからな」
「…分かりました。では私の事もペールとお呼びください」

大人びている主の様子にペールの友人であるラシムは酷く驚いたものだった。
本当にお前の主は大丈夫なのかと何度も訪ねた。
それは当然のことだった。何せガイはたった五歳で、笑顔も何も見せない。あるのは無機質な顔だ。
それでもガイは剣術はかなり関心が強いらしく、いつもペールに稽古を付けてもらっていた。
それはセントビナーにやって来た日からずっと続けていることだった。
ペールに剣術の稽古を付けてもらうガイは動きはぎこちないが、目では動きを追えているのが気になる。
もしや精神的には早熟し、あとは肉体がその年齢に追いつくだけなのかと思えてしまう。
それに油断しているとガイは鋭い一撃を出す。それは子供なりに力が弱いものだが、急所をついている。
これなら大人とも対等にやりあえるのではないかとたまに錯覚するほどの、成長ぶりだった。
あの一夜でガイは一体何を思ったのだろう。ペールはガイに悔いてばかりいる。


ガイはペールのその様子に気付いていながら、自分のことだけしか考えていなかった。
いかにルークを救うか。それがガイの一番の目標だ。



あとがき
マリィはガイと九歳離れています。つまり当時十四歳だったということですね。
それなのにガイを守ろうとするってすごいよな。


2011/04/12