空へ


グランコクマは海に覆われていた。街の中に入っても所々で水流の美しい音と風景が見られる。
ルークは一体どんな原理で動いているのやらと横目でそれを見つつ、フリングスの後をついていく。
ルークたちはグランコクマの謁見の間に着くまでは捕虜として扱われるとグランコクマに入る前に言われた。
ルークはそれを了承して、中に入った訳だが、この調子だとすぐに捕虜から客人に変わりそうだと思った。

グランコクマの宮廷はマルクトとは内装がまるきり異なり、青と白の調和をとる。
エントランスから向かって伸びる中央へと続く階段という作りの点では同じだが、ルークはつい目を見回した。
バチカルとは随分違うのだなという好奇心からだった。
フリングスは真っ直ぐ謁見の間に入って行き、ルークもすぐに後を追った。
謁見の間は玉座の後ろには巨大な滝が見えた。
その様子につい見入ってしまいそうになるが、玉座のピオニーがルークを見下ろす。

「よう、あんたたちか。俺のジェイドを散々連れ回して帰しちゃくれなかったのは」
「……は?」

ルークは突然そんな言葉を言われ、困惑した。だがピオニーは気にした様子もなく続ける。

「こいつ、封印術なんて喰らいやがって。使えないやつで困ったろう?」
「いや……そんなことは……」

ルークはしどろもどろに口にし、当惑の色を強くした。
するとピオニーの側に立っていたジェイドが眼鏡を押さえる。

「陛下。客人を戸惑わせてどうされますか」
「ハハッ。違いねぇ。アホ話してても始まらんな。本題に入ろうか。ジェイドから大方の話は聞いている」

先程までのふざけた様子が一切なくなり、鋭い双眸をルークに投げかける。
ルークはこれが皇帝なのか、と思い、熱い思いをピオニーにぶつけた。

「このままだとセントビナーが魔界に崩落する危険性があります」
「そうかもしれんな。実際、セントビナーの周辺は地盤沈下を起こしているそうだ」
「では、街の人を避難させなければ!」

ナタリアも熱く、ピオニーに訴えかけた。しかしピオニーの言葉は苦かった。
議会で渋る声も多く、キムラスカからの圧力もあって、セントビナーへ救出を出すのは難しいというものだった。
ここで評議会が一番恐れているのはアクゼリュスのように大地が沈むのではないかという恐怖にある。
そこでルークたちは自分たちが救いに行くとピオニーにいい、ピオニーはルークたちに民を救うよう頼んだ。

「お前たちだけじゃ、さすがに住民を救うのは難しいだろう。一人協力者をこちらから出す。―ガイラルディア」
「はっ」

呼ばれてルークたちの前に現れたのは、ガイだった。
ルークはこいつって結構偉い奴だったのかと思うがその名前に首を傾げる。
確かイオンはガイとこいつのことを呼んでいなかったか。
ルークが頭を捻っていると、ピオニーはガイに命令する。

「セントビナーの市民の救出、並びにルーク殿と旅をする任をお前に与える」
「心して承ります」

頭を深々と下げたガイに、ジェイドはピオニーに目を投げかけた。

「陛下。ガイを連れて行けと私に仰るのですか?」
「ああ、そうだ。ガイラルディアはちゃんとお前が生きていることを報せてくれたしな」

ピオニーの言葉にジェイドは頭痛がするといった具合に頭を押さえた。
ルークはそれを聞いてちゃんと報告してるんだなとガイをじっと見ていると、ピオニーは言う。

「ガイラルディア、これからルーク殿と旅をする。自己紹介しておけよ」
「畏まりました。―私はガイラルディア・ガラン・ガルディオスと申します。以後、お見知りおきを」

ルークは目を丸くして、ガイを凝視する。

「お前がガルディオス!?」
「そうだ」

ガイは顔色一つ変えずにそう返してきた。ルークはそれが信じられない。
あの森でイオンを助けた時の彼は確かに冷たかったが自分に恨みなどまるで一切なかった。
それに港で腕を掴んだときだって嫌な顔一つせずに、そっと自分の手を放しただけだ。
何よりルークはガルディオスはジェイドと同い年くらいだと思っていたのに彼はどう見ても若い。
彼と負けず劣らず名が知られている男だから、きっと年も近いのだろうとルークは決めつけていたが実際は若くて驚きを隠せない。

「なんだ?お前たち知り合いなのか?」
「以前、導師イオンをエンゲーブ北部にある森までお迎え差し上げた時とジェイドを捜した時にお会い致しました」

ガイのその答えを聞くと、ナタリアは耐えかねたように声を上げた。

「わたくしは、この方が仲間になるのは反対ですわ!」
「人手が足りないだろう?」

ピオニーは窘める様にナタリアに言い、ナタリアは首を振る。

「それでもこんな方でなくともいいはずです!彼はルークを恨んでいるのは明白です!違いまして?!」
「…ナタリア」

ルークはつい、ガイに目を向ける。彼は黙ったままであり、ジェイドがガイに向かって訊ねた。

「ガイ。あなたは、森でルークに出会った時も、港で出会った時もルークがファブレの子だとは気付かなかったんですか?」

核心をついた問いだった。ルークも彼がガルディオスと判明してそれが不思議で仕方がなかった。
もし知らずにルークにあのように接していたとなると、今後はどう考えても仲間として一緒に旅などできない。
誰もが目を見張る中、ガイはゆっくりと口を開いた。

「一目見て、ファブレ公爵家の御子息だと分かった。王家に連なる赤い髪も、その目も、噂に聞いていた通りだったのだからな」
「…でも、お前あの時…!」

ルークはついそう零していた。言葉を言いかけて、ルークは呑み込む。
ルークはガイの様子は普通だったと言いたいのだろう。
イオンはガイがルークをあの森で庇った事を知っている。
ルークもその事でなぜ助けたんだと問いかけたかったのだろう。

「俺がお前を助けたのは和平に必要だと考えたからだ。アニスの時と同じでな」
「…なるほど」

ガイはアニスに目を向けて、ジェイドは一人納得したようにに声を落とす。
自然とアニスに視線が集中した。
ルークはなぜアニスがここで出てくるのか不思議で、アニスに訊ねる。

「アニスと同じってどういうことだ?」
「…私はガイに言われて導師守護役になったの。ガイはイオン様との間を仲立ちさせてくれる相手が欲しかったのよ。多分、ルークも使えるって思ったんだろうね」

相変わらず最低、とアニスはガイに眉を寄せて侮蔑した。
ルークはその事実に驚いたが、自分の境遇を考えて逆にガイの取った行動の方に目を丸くする。

「だからって、憎い仇の俺をさ…助けようって思うもんなのか?」
「ガイならやりかねないよ。私だって両親脅迫されてるしー」

ルークはぎょっとし、アニスはしまった口を滑らせたと口を押さえた。
ピオニーは別段驚いた様子はなく、普段の調子で声をかける。

「初耳だぞ、ガイラルディア。本当なのか?」
「事実です。彼女の借金を肩代わりし、両親を手駒に取れば彼女は逆らえない筈だと愚考致しました」

普通は考えてもやらないだろそれ、とルークは顔を顰めた。
これがガイが亡霊たる所以なのだろうか、と思っているとアニスはルークを見上げる。

「ルーク。だからガイには気を付けなよ。恩を売られないようにしないと私みたいにこき使われちゃうんだから!」
「…」

ルークはそう言われても実感が来ない。
アニスの様子を見てどうみても彼に操られているようではない所為もある。
しかしナタリアはガイに柳眉を吊り上げた。

「自分の言っていることと、やっていることに自覚がありまして!?アニスを脅迫し、自分が思うがまま動かそうとするなんて道義に悖る卑劣な行いですわ!」
「私は和平を結ぶ為に必要なことだと考えました。この腐敗した国を憂えるだけでは、この国は変わらない。また戦争が起きて民が血を流すだけだ。私は、それが耐え難いのです」

久々のナタリア節だったが、ガイの言葉を受けて消沈していくのが分かる。
確かに理想論ばかり言っていても、自ら行動しなくては意味がない。
明らかに悪い貴族も合法だという理由で民を虐げる。
ならばこちらもそれ相応の危ない橋を渡る必要があるのだ。
一方、アニスはガイの胸の内を聞いて少し、考えが改まった。
イオンが言うとおりガイは人一倍和平に拘っている。
その理由が今回明らかとなり、ジェイドは肩を竦めた。

「それだけ熱い気持ちがあるのなら、ルークと一緒に旅をすることに不満はない、ということですね」
「無論だ」
「…ナタリアもそれでいいですね?」
「ええ」

ナタリアは目を伏せて答える。彼女はガイに見事打ち砕かれたのだ。
ジェイドはこれがガイの戦略方法と思わない訳ではないのだが、彼がこの世は腐っていると思っているとは意外だった。
腐った世の中を渡り歩くには、自分もそれ相応のリスクを持つ。
そこまでガイは世界を救いたいというのだろうか。
その理由は先程にも述べていたがそれだけではないのは明白だ。
それにガイは今まで頑迷といっていいほど口が固かったのに今は不思議と口が軽くなっている。
ルークを利用する為には事実を話した方がいいという判断だろうか。
それとも今の時期を逃しては和平はやってこないと判断したためか。
このまま一緒に旅をしたら、ガイのやろうとしていることが見えてくるかもしれない。
ジェイドはそう想うと、ガイとの旅をなかなか悪くないと思った。



今夜はグランコクマで一休みすることになった。
新しく入ったガイとの部屋割はどうするか悩んでいると、ジェイドは言う。

「私はガイと同じ部屋なんて死んでも嫌ですので、ルークは彼と同じ部屋でお願いします」
「なんでだよ!?」

ルークはいきり立つが、ジェイドは薄く笑う。

「おかしいですね。彼の腕を掴んで、手伝えなんて言えるのですから余程あなたの方がガイとは仲がよろしい筈ですが?」
「そ、それは…」

ルークは目を右往左往させる。
ガイはじゃあ俺が一人部屋に行けば問題ないだろ、とついつい言いたくなってしまうが、そう言ったらジェイドはガイを怪しみ、ルークが特別だということに気付いてしまう。
ここは我慢だとガイはぐっとこらえ、黙った。ルークの背後からアニスが慰めるように声をかける。

「まあ、ガイは取って食べたりしないから大丈夫だよ。ただ恩を売られなければいいんだからね」
「…恩ってなあ」
「ではルーク。ガイと一緒にゆっくりお休みになって下さい。私は陛下に話したいことがありますから」
「あ!ジェイド!鍵持ってくな!俺はツインの部屋なんて…!おい!!」

ジェイドは無視してシングルの部屋の鍵を持って行ってしまい、ルークの手に残されたのはツインの部屋の鍵だった。
アニスたちはそそくさとルークにガイを任せて、逃げて行ってしまった。
ルークはどんよりした顔でガイに振り返る。

「…えっと…、ガルディオス…」
「ガイでいい。部屋に行かないなら鍵を貸せ」

ガイは相変わらずつんけんどんな物言いであり、ルークはつい口を尖らせる。

「誰も行かないなんて言ってねーだろ!」
「…」

ルークはどすどすと歩き始め、やっと部屋に荷物を置いた。
勢い任せで部屋にやって来たが、ガイとの空気はどんよりと重い。
ジェイドもこれが嫌だったんじゃないかとルークが思っていると、ガイはベッドに腰掛けると剣を抜いた。
ルークは初めそれにぎょっとしてしまうが、ガイは刀身に布を当てる。

「…そんなに綺麗なのに磨くのか?」
「備えあれば憂い無しだ」

剣の手入れをし始めたガイにルークはいつの間にか興味が湧いていた。
ルークも独学で剣を磨いたりしたものだったが、最近はやはりそれでは補えなくなってきており、今じゃ刃がぼろぼろだ。

「なあ、俺に手入れの仕方教えてくれよ。最近切れ味がわりぃんだ」
「…」

黙ったガイにルークは剣を差し出す。
そのあり様を見てガイは内心深く魔界に届きそうな溜息をついた。

「…教えてやる。横に座れ」
「ああ」

ルークはどこかわくわくした様子であり、ガイは淡々としつつもルークにそれを教えてやる。
ルークの手は相変わらず不器用で、ガイはその様を見て心が穏やかになっていくのを感じた。
ずっと冷え切っていた心に、温かい光が届いたような感覚がガイを覆う。
そしてガイは今目の前にいるルークを必ず助ける。そう強く思った。



昨夜の一件でルークは大体ガイと言うやつは、こちらが声さえかければ普通に反応を返してくれるということが分かった。
手入れの仕方を聞いた後はまた最初のように気まずいような息苦しい空気が流れたがそれさえ慣れてしまえば全く問題ないだろう。下手をしたらジェイドと同室の時より疲れないかもしれない。
それはガイが極端に口数が少ないというのに起因する。

セントビナーに向かう時もガイは頼もしかった。
いち早く敵に気付いて先行するし、思ったより協力的だ。
ジェイドはそれを彼が和平を結びたいのは本当だからだろうといい、ナタリアは複雑な様子である。

セントビナーに到着し、ルークたちは住民を救うべく作業をする。
最初はどうしたらいいのか分からない様子のルークだったが、積極的に動いている仲間たちの姿を見て学ぶ。
アニスはこういう時になると積極的に人に声をかけるガイをみてかなり違和感を覚えていた。

「こう言ってはなんですけど、ほんとガイって不思議ですよね〜」
「不思議というよりは、不気味のような気がしないでもないですがね。ルークも似たようなものですが」

最初こそはぎこちなかったルークは今ではすっかり慣れた様子で住民たちを誘導している。
アクゼリュスで馬鹿みたいにぼうっとしていたのが嘘のようだとジェイドは目を眇め、アニスも頷く。
そうして話しこんでいるとルークが二人に気付いた。

「おーい。馬鹿みたいに突っ立ってないで、こっち手伝ってくれよ」
「おやおや。馬鹿みたいにと言われてしまいました」
「あはは。じゃあ手伝いましょうかー」

肩を竦めたジェイドにアニスが笑う。ルークは動き出した二人を見るとまた住民に声をかけ始める。
ガイはそのやり取りを見て、本当にルークは変わらないなと内心笑う。

ルークたちが救出作業をしている最中、突如ディストが現れて住民たちを襲い始めた。
どうやらヴァンの計画を邪魔されては困ると、やってきたらしい。
ルークたちはディストを倒すが、ディストは目標を果たした。
地盤が沈下し、セントビナーが大地から離れていく。その距離はどう考えても人では渡れない距離であった。

「くそっ!どうにかできないのか!」

ルークが遠く離れたセントビナーの住民を救えない自分に憤る。
今度こそ救うと誓ったのに、また自分は救えない。
ルークが悲痛に駆られる横でアニスはぽつりと誰に言うのでもなく口にする。

「空を飛べればいいのにね」
「…」

ルークはその言葉につい同感だと思ってしまう。
この距離なら橋を架けるのは絶望的だが、せめて空さえ飛べれたら何とかなる。
そんな考えが皆にも伝わったのか、皆黙り込む。そして沈黙を割ったのはガイであった。

「…教団が浮遊機関を発見し、キムラスカと技術協力したという話を聞いたことがある。シェリダンにその浮遊機関を送ったそうだが…」
「浮遊機関…?つまり空を飛べるってことか!?」

ルークはガイに顔を寄せる。ガイは鼻息すらかかっているだろうに、嫌な顔一つしなかった。

「そうだ。浮遊機関は創世暦時代に空を飛ぶために使われていた。だが出来ているかどうかは分からないがな」
「僕が了承したのはかなり前の事です。出来ていることを祈りましょう」

イオンは頷き、ルークは言う。

「じゃあシェリダンに行こうぜ!タルタロスに今から急いで行けば、きっと間に合う」
「間に合いますか? アクゼリュスとは状況が違うようですが、それでも……」

ジェイドが疑わしい様子で口にし、ルークは目を伏せた。するとティアが口を開く。

「兄の話では、ホドの崩落にはかなりの日数がかかったそうです。魔界と外殻大地の間にはディバイディングラインという力場があって、そこを越えた直後、急速に落下速度が上がるとか……」
「やれるだけやってみよう! 何もしないよりマシだろ!」

ティアの言葉を聞いてルークが元の調子を取り戻した。ナタリアもそれに頷く。

「そうですわね。出来るだけのことは致しましょう」

ジェイドはそれにやっと重い腰を上げて、シェリダンに向かうことを決めた。



タルタロスの船を操縦しながら、気になる事はガイがなぜ浮遊機関のことを知っているのかということだった。
ジェイドは操縦する傍らで、ガイに訊ねる。

「ガイ。どうして浮遊機関のことを知っているんですか?」
「導師が知っていることを俺が知っていてはおかしいか」

ガイの切り返しは相変わらずである。
ルークは操縦方法が分からないためぼうっと立っていたのだが、その話に割って入った。

「なんか、知ってたらおかしいのか?」
「丁度うまい具合に解決案を出すので、どうやってそんな便利な情報を耳にしているのか気になったんですよ」

ジェイドは飄然と言いつつも、明らかにガイを疑った様子で言う。
ルークはなんか空気悪いなと思うが、それほど疑う要素はないように見える。

「私が空を飛べたらいいのにって言ったらこれだもんね。ガイって何を根拠に情報を集めてるの?」
「利用価値があるものや、和平を阻む傾向にあるものの情報だ」

それにアニスは「なるほどねー」と呆れ顔をする。
利用価値があるって確かに空を飛べたら楽だが普通はそんな発想はない。
つまりガイは満遍なく情報を集めてそれを自分の中で利用できるか否か判断しているにすぎないのだろうとジェイドとアニスの二人は解釈した。
全くガイの和平への固執っぷりには頭が下がる思いである。



シェリダンに到着すると、譜業の数に驚いた。
街には良く分からない仕掛けらしいものがいくつもあり、他の街より明らかに機械仕掛けの街であった。
ガイが言っていた浮遊機関とやらはどうやらちゃんと使用できるようになっているらしく、集会所にルークたちはやってきた。
しかし集会所に入って聞こえたのは老人たちのがなり合う声だった。

「間違いない! メジオラ突風に巻き込まれて今にも落ちそうじゃ」
「いやだよ、アストン。あんた、老眼だろう? 見間違いじゃないのかい?」
「老眼は遠くの方がよう見えることは分かっとろーが、タマラ」
「マズイの。このままでは浮遊機関もぱぁじゃ」

髭を蓄えた老人が深刻な顔をして言う。
ルークたちはそれにぎょっとするが、タマラと呼ばれた老婦がその老人を見咎めた。

「何言うんだい、イエモン! アルビオールに閉じ込められてるのはあんたの孫のギンジだろう! 心配じゃないってのかい!」
「何かあったんですか?」

いまいち事情が呑み込めないルークが訊ねれば、アストンが答えた。

「……アルビオールがメジオラ高原に墜落したんじゃ」
「アルビオール?」

首を傾げたルークにイエモンはそんな事も知らんのかといった調子を見せた。

「古代浮遊機関を乗せた飛晃艇のことじゃ!」
「あっちゃー。無駄足だったってこと?」

アニスがなんだ、とがっくりと肩を下げる。一番後列に立つガイはそれを否定した。

「浮遊機関は二つ発掘されたと聞いている。無駄足ではないだろう」
「……よく知っとるな。じゃが第二浮遊機関はまだ起動すらしとらんのじゃ」
「そんなことより、イエモン。すぐにでも救助隊を編成してギンジと浮遊機関の回収を!」

アストンがそんな話はどうでもいいと声を上げる。イエモンはそれに頷く。

「そうじゃな。浮遊機関さえ戻れば二号機に取り付けて実験を再開できるしの」
「なんて薄情なジジイだい!」

タマラがあきれた様子でいい、老人たちはその場を後にしようとする。
ルークはそれを見て慌てて引きとめた。

「待ってくれ! あの、頼みたいことがあるんです」

こうしてやっと老人たちはルークたちの事情を知り、アルビオールを貸してくれると約束してくれた。
その代わりにタルタロスを部品として献上することと、ギンジを助けることが条件だった。

ルークは早速メジオラ高原にやってきて、ランチャー二つを持って仲間を見た。

「どう別れましょうか。―あなたは誰と行きたいの?」
「二手に分かれるなら俺は……」

ティアに訊ねられ、ルークは仲間たちの顔を一人一人見ていく。
誰にしようか迷っていると、ジェイドが口を開いた。

「私はガイと行動を共にするのはごめんです。それをよーく考えて選んで下さいね」
「それを言うんだったら私だってガイとの組み合わせはごめんですよぅ〜!」

抜け駆けするなんてずるいとアニスが声を上げる。
ガイは相変わらず黙ったままであり、ナタリアも目を伏せていた。

「ルーク。ガイと親睦を深めるためにここはナタリアも連れて行ってはどうですか。ガイに背中を預けられないままではこの先困りますよ?」
「…それはそうだけど」

見るからにナタリアは嫌そうである。
彼女にしては珍しいと思うのだが、そうではないかとルークは考えを改める。
ナタリアは自分と違って噂だけのガイしか知らないのだ。
そうなるのも無理はないかと思い、ジェイドの提案に乗る事にした。
ナタリアはルークが決めたことならと三人で行動を開始する。
ルークたちはメジオラ高原の入り口から近い所でランチャーを設置し、ジェイドたちは遠くの方でランチャーを設置した。
その間ずっと重苦しい空気が流れ、親睦を深めるどころではない。

「えっと…これどうやってやるんだ?」
「…俺がランチャーを設置する」

ガイは言うなり、手際良く設置をしていく。
ルークはそれを横目で見てすごい、と感心した。

「驚きましたわ。ガイはそういうものが得意なんですの?」
「必要に応じて学んだだけだ」

ナタリアも少しガイを見直したのか、声をかけていた。
だがガイは相変わらずの答えでナタリアは嘆息する。

「そっけない返事ですのね」
「あ、ははは。まあ、こいつはこういう奴だからさ」

ルークは気づけばガイのフォローに回っていた。
これがアニスの恩を売られて従うという奴なのだろうか。
ナタリアの気分を悪くし、ナタリアはそれ以降ガイに声をかけることはなかった。
ガイは空気が悪くなろうがおかまいなしで、自分のやるべきことをしている。
それはある意味図太く、ジェイドといい勝負だった。



アルビオールの初号機から出てきた青年は名前をギンジと言った。

「助けて下さってありがとうございます」
「怪我はないか?」

ルークがギンジにそう訊ねれば、彼は「はい、おかげさまで」と愛想よく答えた。
浮遊機関にギンジを助けられたということもあって仲間たちは浮かれる。
ギンジはつい、ガイをちらりと見て、それに気付いたガイが声をかけた。

「早速だが、この浮遊機関を二号機に搭載する手伝いをしてほしい」
「え、ああ。分かりました」

ギンジは慌てて返事を返し、シェリダンに向かおうと足を進めた。
そして心の中で、人違い…なのかとギンジは疑問に思った。
顔はよく似ているが、あのガイなら音機関を見てはしゃがないはずがない。
つまりこれは別人なのだろう。ギンジはルークたちと一緒に集会所にまで戻ってきた。
イエモンは浮遊機関は無事か、と明るい調子で口にする。
やっぱり孫の心配は全くしないらしいとルークは呆れた。
そしてタルタロスは走行が不能になるほど部品を取ったという旨の話を聞き、今はアルビオールの完成を急いでいると聞いた。
ルークたちはアルビオールが完成するまで街をぶらぶらするということになった。

ギンジは救出されたばかりだというのに早速アルビオールの手伝いをする。
ギンジはルークたちがいなくなったのを見計らって、祖父であるイエモンを見た。

「なあ、じいちゃん。あの人、ガイによく似てるけど…違う人なのかな?」
「さあな。あ奴も色々事情があるんじゃろうよ。それにマルクト人だといっておったぞい」

ギンジはそれを聞いて目を見開く。

「マルクト人がなんで、おいらたちを手伝うんだ?」
「それは決まっておるだろ。職人としての魂じゃ」

そう答えるのはアストンだった。
マルクトにもなかなか見ごたえのある奴がいるとまで口にしている。
ギンジはそれを聞いて胸の中のもやもやが消えていく。

「そうだね!人を助けるのはキムラスカもマルクトも関係ないように、職人だってそうなんだ」
「…青いわねぇ」

タマラがギンジの様子を見て口にした。その声はギンジには届いていない様子だった。



あとがき
やっとこさアルビオールをゲットだぜ!
といってもこの段階ではまだ乗れないっていうね。
それにしてもナタリアがガイが嫌い過ぎて自分でもびっくりしてます。
アッシュを殴ってた所見たのかってくらい嫌ってますね。
というよりは噂を聞いて、ナタリアはガイが嫌いになった、という具合です。
ナタリアはケセドニアへ慰問しています。その時にいっぱいガイのした無残な殺し方とか生き残った兵士たちから聞いていて、嫌い。それがルークに伝わって、ルークが怖がるようになるという設定があります。
それを踏まえるとナタリアは相当ガイが怖いというか、侮蔑、嫌悪する存在であって、仲良くなるのにはまだまだ時間がかかりそうです。



2011/04/16