苦衷


ダアトの教会前に行くと、人々で引き締めあっていた。
どうやら船が出ないことで不満の声が上がっているようだ。
そこでなぜ船が出ないのか答えるべく詠師トリトハイムが立ちあい、人々は大陸が落ちたことを知ると顔色を変えた。
ルークたちはマルクトとキムラスカの争いが休戦になったことに安堵するがまだ問題は山積みだ。
イオンが図書室にいることをモースとディストの会話を盗み聞いて知ったルークたちはイオンの元へ急ぐ。その途中でナタリアは力なく言った。

「わたくしの言葉を……お父様は信じて下さるかしら」
「ナタリア!当たり前だろ!」

キムラスカのインゴベルト陛下にモースの言葉をうのみにしないようにする必要がある。
そう口にした時にナタリアは言った。
ルークはすぐに励ますように口にしたが、ナタリアは目を伏せたままだ。

「……わたくし、本当の娘ではないのかもしれませんのよ。けれど、やはり、お父様にお会いするしかありませんのね……」
「あ、ああ。それは避けられないと思う」

ルークはナタリアの言葉にそう答えるほかなかった。
インゴベルト陛下に会わなければ、戦争がまた起きてしまう。
ヴァンの目的はガイの口で明らかとなったが、今目の前にある問題をどうにかしなければヴァンの思う壷だ。
ナタリアはそれが分かっているが、言わずにはいられないようだった。

「わたくし、怖いのです……。お父様に否定されるのが怖い……」
「ナタリア……」

誰もが意気消沈と、黙り込む。否定される恐怖はルークが一番知っていた。
今まで自分がルークだと思っていたのに、実は違う。本当は模造品だと突き付けられた。
だからルークはナタリアに何も言えない。

「早くイオンに会いに行かなければモースに先を越されるぞ」
「ええ、そうね。みんな、行きましょう」

ガイが今やるべきことを提示する。ティアはガイの言葉に頷いて、仲間は動き始めた。



イオンはモースたちの言葉通り図書館にいた。
そこでイオンは秘預言を知るためにダアト教会に戻ってきたことを知る。
イオンは秘預言を教えるために礼拝堂にやってきた。
丁度誰もおらず、イオンは詠み始める。


「ND2018。ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ鉱山の街へと向かう。そこで若者は力を災いとし、キムラスカの武器となって街と共に消滅す。しかる後にルグニカの大地は戦乱に包まれ、マルクトは領土を失うだろう。結果キムラスカ・ランバルディアは栄え、それが未曾有の大繁栄の第一歩となる」

イオンは苦しげに最後の言葉を言うと、その場に倒れ込んだ。アニスがイオンの体を支える。

「イオン様!」
「……これが第六譜意思の崩落に関する部分です」

イオンはアニスに身体を支えられたまま告げた。
仲間たちはやはりセフィロトの暴走のことは詠まれていないかと表情を暗くする。

「もしかしたら、セフィロトの暴走は第七譜石に詠まれてるのかもしれないな」
「――ローレライの力を継ぐ者って誰の事かしら」

ルークは第七譜石が必要なのかと悩む横で、ティアが不意にそう言った。
その問いにナタリアが口を開く。

「ルークに決まっているではありませんか」
「だってルークが生まれたのは七年前よ」

ルークはその言葉を複雑な思いで聞いていた。
ナタリアは答えられず、ジェイドが肩を竦める。

「今は新暦2018年です。2000年と限定しているのだから、これはアッシュでしょう」
「でも、アクゼリュスと一緒に消滅するはずのアッシュは生きています」

ティアはジェイドの意見に疑問を投げかけた。するとアニスも顔を顰める。

「それ以前に、アクゼリュスへ行ったのはルークでしょ。この預言、おかしいよ」
「ガイ、あなたは何か分かりますか?」

ヴァンがルークを作ったのだ。
ヴァンの計画すら知っていたガイなら知っているだろうとジェイドは訊ねる。

「言っただろう。ヴァンは預言を憎んでいるんだ。そのためにアッシュの力が必要だと考えたのだろう」
「…それはつまり…ルークはアッシュの身代わりということですか?」

イオンが青白い顔で口にした。どこか怯えたその様子にガイは目を逸らす。

「ヴァンにとっては預言通りに事が進んでいると見せかけるための存在だったんだろう」

ルークはガイの言葉を聞いて、あの時のヴァンの言葉の意味が漸く分った気がした。

『ようやく役に立ってくれたな、レプリカ』

あれは、言葉のままだったのだ。預言通りに見せるカモフラージュのために自分は生まれた。
そのために、ルークはアッシュの代わりに死ぬはずだったのだ。
イオンが詠んだ第六譜石には『そこで若者は力を災いとし、キムラスカの武器となって街と共に消滅す』と詠されていたのだから。

「預言と違いルークは生きてる。つまりお前は預言を変えたんだ。きっと違う未来を築けるはずだ」
「…違う未来?」

思考に沈みかけたルークにガイがそう言った。その言葉にアニスも表情を明るくする。

「つまり総長の道じゃなくても、大丈夫ってことですよね?!」
「…まあ、そういうことでしょう。我々は少なくともヴァンの道を選ぼうとしている訳ではないのですから」

仲間たちが期待を込めた目でルークを見る。
ルークはそれについ、目を逸らした。

「でも俺…」

そんな力があるのかな。アクゼリュスを滅ぼしたのに。
ルークのそんな思いに気付いたように扉は開き、モースが兵士を引き連れて中に入ってきた。
最初蹴散らしてでも逃げようと思ったルークたちだったが、ノエルを人質に取られて大人しく捕まった。
そしてモースは預言を達成するためにルークを公開処刑にすると告げて、船に乗せられる。

船がバチカルに着くと、仲間たちと離れ離れになった。
ルークはナタリアと一緒に彼女の部屋に連れられたが、彼女は俯いたままだった。

「これから、どうなってしまうのでしょう」

不安げに呟くナタリアをルークは勇気付けてやりたかった。
だが、ルークは自分のことで精いっぱいだった。
レプリカである自分を誰も庇ってくれるはずはない。
ガイは自分が預言を変えてくれる存在として口にしたがルークはどうしても暗い方へと考えがちになる。

「キムラスカ王女の名を騙りしメリル。並びにファブレ公爵の子息の名を騙りしルーク」

部屋に入るなりアルバイン内務大臣は二人にそう声をかけた。
顔を俯けたルークに対し、ナタリアはその名前に瞠目する。

「メリル……? 何を言っているの?」
「王国はそなたらから王位継承権を剥奪する。また、アクゼリュスにて救援隊を惨殺せし罪も重い」

やはりヴァンの手によって彼らは殺されていたのか。
ルークが胸がずきりと痛み、ナタリアは声を上げる。

「な、何を言っているのです! 違いますわ! そんなこと、わたくしは……!」
「あなたも一応は王族として育てられた。せめて最後は潔く、自決なさい」

そうして二人の前にワイングラスが差し出された。
真っ赤なそれはまるで血のようだった。

「苦しまぬよう、との陛下のご配慮だ」
「毒……!」

ナタリアは絶句し、ルークは茫然とする。
その時、聞きなれたティアの譜歌が響き、アルバインは倒れた。
するとティアたちがナタリアの部屋に入ってくる。
早く逃げようとアニスが急かすが、ナタリアは目を据えたまま、訴える。

「お待ちになって!お父様に……陛下に合わせて下さい!陛下の真意を……聞きたいのです」
「俺からも頼む。戦争を止めるためにも、伯父上には会うべきだ」

ルークを仲間を説得する。仲間たちはそれに戸惑うが、ジェイドだけは認めてくれた。

しかし結局インゴベルト陛下はナタリアを殺すことをやめなかった。
ナタリアの出生だけが明らかになり、乳母が自分の娘の赤子と取り替えたことが判明する。
ナタリアはそれにショックを受け、ディストがラルゴを引き連れてやってきた。
ディストがなぜラルゴを連れてきたかは分からないが、ナタリアが気がかりだった。
自分の親だと思っていた父親は実は全くの赤の他人であり、ナタリアは身分さえ違ったのだ。
ナタリアは悄然とした様子で、バチカルを後にする。
アッシュの加勢がなければ、恐らくナタリアはゴールドバーク将軍の手によって殺されていただろう。
牢屋にとじ込まれた仲間を助けたのもアッシュであると聞いた時に、ルークはやはり自分はナタリアを慰められないのだと痛感した。
アッシュの言葉を受けて、少し元気になったナタリアは彼の言葉で一喜一憂することがよく伝わってくる。

「イニスタ湿原は魔物が多く、足場が悪い。気をつけろよ」

ガイがそう仲間に声をかけるのは珍しいことだったが、今の状況では仕方がなかった。
ナタリアは偽姫であることをずっと思い悩んでいるし、ルークはルークで自分は必要がない存在なのではないかと考え込んでいる。アニスですら、イオン様は無事だと思うけど心配だと零していて仲間は不安に包まれていた。

「この湿原の先はどこに繋がってるんだ?」
「確か……ベルケンドだね」

アニスが幾分かいつもより暗い表情で答える。
ルークはそれに気付いていながらも、アッシュのことが頭から離れなかった。

「そっか。アッシュもきっとそこに来るよな。ひとまずそこでアッシュと落ち合おう」
「…だが、ベルケンドはファブレ公爵の領地だ」

気を抜くな、というようにガイがルークに注意を促す。
ルークはそれに表情を曇らせた。

「分かってる」
「……ここの湿原、なんか嫌な気配がするですの」

ミュウがティアに抱えられたまま、不安げに口にした。ジェイドもそれに頷く。

「……そうですね。タチの悪い魔物に出会わないことを祈りましょう」
「タチの悪い魔物?」

ルークはそれに首を傾げるが、ジェイドは足を速める。

「噂ですけどね。どちらにせよ、ここでぐずぐずしている訳にはいきません。行きましょう」

ルークはああ、と短く返事をしてその後を追う。
そうして暫くして水の上に大きな花が咲いているのが見えた。
今までに見ない種でルークは気になっていると、ジェイドが口を開いた。

「やはり、ただの噂ではないようですね」
「何か居るって言うのか?」

ルークは先程のジェイドを思い出してそう訊ねた。ジェイドはそれにええ、と答える。

「退治しようと何回も討伐隊が組まれたようですが、結局それは叶わず、その魔物が苦手だという花を植えることによってこの湿原に閉じ込めたという話です」
「マジ話って事か……?」

顔を強張らせたルークにアニスは声を上げる。

「え〜! もう死んじゃったんじゃない?」
「だといいのですが……」

ジェイドが肩を竦め、そう言った直後のことだった。
ルークの背後に巨大な魔物を見た。
背中に帯びたたしい程の剣を刺した不気味な黒い魔物だ。
しかしルークは気づかず、目を瞬いた。

「なんだよ、二人とも変な顔して」
「ルーク! 後ろよ!」
「げ!?」

鋭くティアに言われ、ルークは後ろに振り返って驚く。
すると魔物はこちらに向かって走り出し、ルークたちは全力疾走で湿原の入り口まで戻ってきた。

「超ビックリ! 何なの? さっきの魔物!」
「冗談じゃねーぞ。あんなのがウロついてんのかよ」

肩を上下させながら、アニスとルークコンビが喚いた。
その横でティアが考え込んでいる。

「あの魔物が……さっきの話の……?」
「でしょうね。確か、ベヒモスと呼ばれていたと思います。しかし、本当に出てくるとは……。正直、私も驚きました」

ジェイドはティアに頷き、ベヒモスとの戦闘は避けましょうと取り決めた。
仲間の誰もそれに反論する者はおらず、同意する。


湿原の道は足元がぬかるみ、足を何度もルークは掬われる。
その度に顔だけは汚れまいと両手をついて、両手をついた末に跳ねた水がかかったアニスが頬を膨らます。

「ちょっと!ルーク」
「わ、わりぃ!足元がぬかるんでて歩きにくいんだ」
「もー!それ何回目!?こけるのは勝手だけど、私に水かけないでよねー」
「…ごめん」

ルークは悄然と謝る。仲間たちは何度となく魔物に追いかけ回されて、疲労困憊していた。
ナタリアはずっと表情を暗くしたままであり、何か思いつめたような顔をしている。
ルークは度々ナタリアを励まそうとするが、どれもこれも空回りだ。
それを見ているアニスとジェイドとしてはどうにかしてやりたいと思うが、ガイに至ってはまるでナタリアのことなど目に入っていないようにがん無視である。
それでも最初に入る前に気をつけろ、と注意していただけ一応気にかけていたのだろうが、とアニスは思うがため息が漏れ出た。

「ガイももうちょっと対人関係にも気を配ってくれるとアニスちゃん的には楽なんですけどね〜」
「それは酷というものでしょう。彼は、目的達成以外には興味はありませんから」

ジェイドは聞えよがしにガイに言うが、ガイは相変わらずの無表情っぷりだった。
普通の人がそれを聞いたら明らかに申し訳なくなるはずなのに、ガイの神経の太さには呆れるを通り越して尊敬に値する。
しかしそんなガイでも旅をしてほんの少し分かった事がある。
彼はヴァンとは道を違え、自分の目標を達成する事にかけては、全力で尽くすのだ。
基本的には話したくないというスタンスを取っているが、今必要だろうと思った事項は教えてくれる。
それを見るたびにジェイドは今までの十六年間はなんだったんでしょうね、と彼に睨(ね)めつけたくなる。

「…なあ、アニス。どうやったらナタリアが元気になるかな?」

沈んだ幼馴染にルークはかなりまいったと言った具合にアニスとジェイドの間に割って入ってきた。
恐らくこれは入ってきたという意識すらない。
いっぱいいっぱいの様子のルークは突き飛ばすというのも可哀想なものだ。

「ルークは幼馴染でしょ。ナタリアが喜びそうなものとかなんとか分からないの?」
「そう言われても…、何も思いつかねーよ」

ルークは困り顔で答える。好きな食べ物なら分かるが、彼女が何を言われて喜ぶかは分からない。

(一番はアッシュの言葉だよな…)

それが分かっているからルークはナタリアに慰めの言葉を送れない。
アニスたちも力になろうとするが、最終的にルークは首を振った。

「やっぱ、自分で考えるよ。ありがとな、ジェイドにアニス」
「どういたしまして〜」

アニスはルークに笑ってから、ジェイドに向き直る。

「相当行き詰ってますねー」
「これじゃ共倒れですよ」

空々しく告げたジェイドにアニスは少しげんなりする。ヤキモキするのは自分だけでジェイドはまるでしていない。
やはり当人が解決するしかないのだろうが、アニスはルークとナタリアのことが心配だった。
しかし自分にはどうにもならなくて、ついついガイも手伝えばいいのにと文句を垂れる。

実はガイは内心、ルークとナタリアのことを案じているなど誰も知る由はなかった。



あとがき
話の都合上、話を切ります。
こう、ここで入れると何か異常なほどこの話が長くなってしまうんです。
最近ずっとそんな感じですけど(吐血)。
本当ならもうちょっと前半部分を短くコンパクトにまとめてみました!となる予定がぐだぐだと長くなった次第でございます。
この屑がアアア!と自分でよく罵っています。
ほんと計画性が皆無でサーセン(…)。タイトルは「くちゅう」って読みます。




2011/04/17