常影
ルークが朝目を覚ますと、部屋の中にはすでにガイの姿はなかった。 こんなことはいつもの事なので、ルークが気にも留めず、ゆっくりした足取りで身支度を整える。 頭をぼりぼりと掻きながら、だるそうに廊下に出れば外でミュウが待っていた。 どうやらジェイドが解読が終わって、皆ロビーに集まっているらしい。 ルークがそちらに向かうべく、階段を下りるなりその場にいたアッシュがルークを一瞥する。 「……よくいつまでも寝ていられるな。そのうち脳が溶けるんじゃないか?」 「……お前はそのうち口が曲がるんじゃねーの」 「くっ……。馴れ馴れしく話しかけるな!」 最初に声をかけたアッシュだったくせに、とルークは思ったがそれは言わないでおいた。 それより今は禁書の事である。ルークが駆け足でロビーに向かうと仲間たちの姿があった。 「ジェイド! 何か分かったのか?」 「はい。魔界の液状化の原因は地核にあるようです」 なんでもプラネットストームを吸い上げると、地核に振動が発生してしまうらしい。 その振動をなくすための草案がこの禁書である。 もっと昔から解決方法があったというのにそれをしなかったのは預言から外れた道というのを恐れた結果だった。 ルークはそれについ暗い表情になってしまうが、解決方法があっただけでもよかったかと考えを改める。 ジェイドはこの音機関を作るためにベルケンドにいる技術者たちの協力が必要だと言ったがアッシュがそれを否定する。 「だがこの街の連中は、みんな父上とヴァンの息がかかっている」 「……ち、父上ぇ……!?」 何気なく言ったアッシュの一言にルークは心底驚いた。 ささくれだらけで反抗期をとうに過ぎても親に意地を張っているようなアッシュが父上というのがそれだけ意外だった。 アッシュは叫んだルークに眉を寄せる。 「……なんだ!? 何がおかしい!」 「へぇ〜。アッシュってやっぱり貴族のお坊ちゃまなんだぁv」 アニスがアッシュをからかい、アッシュは壁から離れて宿屋の外に向かおうとする。 「アッシュ! どこへ行きますの!」 「……散歩だ! 話は後で聞かせてもらうから、お前らで勝手に進めておけ!」 アッシュはナタリアにそれだけ言うとその場を出ていく。 アニスはそれを見て楽しげに笑い、ジェイドも肩を竦めていた。 「ありゃ、怒っちゃった。えへ〜、失敗失敗v」 「可愛いところがあるじゃないですか」 「もう! 彼をからかうのはおやめになって!」 「アッシュの言う通りなら、研究者たちの協力を得るのは難しいのでは……」 憤慨するナタリアに、ティアは生真面目にアッシュの言葉を受け止めていた。 確かにこれでは手詰まりといっても過言でもない。するとガイがまたいつものごとく口を開いた。 「俺に心当たりがある。ヘンケンという技術者が、第一研究所にいる。そこへ向かおう」 「…分かった」 ジェイドは問題に行き詰るといつも助言という手助けをするガイが不思議で仕方がなかった。 それはヴァンのせいだというが、今回の件はそれだけでは説明がつかない。 まるで最初から音機関が必要だと知っていたようではないか。 備えあれば憂いなしとは言うが、彼のは度を越し過ぎている。 敵国の情報をここまでガイが集められるはずがないのだ。 研究所に辿り着いて、早速そのヘンケンに話を持ちかけると案の定断ってきた。 「知事たちに内密で仕事を受けろと言うのか? お断りだ」 「知事はともかく、ここの責任者はオラクル騎士団のディストよ。ばれたら何をされるか……」 キャシーという老婆もヘンケンと同様に断ってくる。ルークはガイに目を向けた。 これはどう見ても手伝ってもらえそうにない。そう思っているとガイが口を開く。 「ならば仕方がない。この禁書の復元はシェリダンのイエモンたちに任せるか」 「な、何ィ〜!? イエモンだとぉ!?」 突然ヘンケンの顔つきが変わる。キャシーも声を張った。 「冗談じゃないわ! またタマラたちが創世暦時代の音機関を横取りするの!?」 「……よ、よし。こうなったらその仕事とやら引き受けてやろうじゃないか」 さっきとは打って変わった様子にアニスが首を傾げる。 「なになに? なんでおじーさんたちイエモンさんたちを目の敵にしてんの?」 「イエモンと私たちは、王立大学院時代から音機関研究で争ってる競争相手なの」 「俺たち『ベルケンドい組』は、イエモンたち『シェリダンめ組』に99勝99敗。これ以上負けてたまるか!」 「おい、ガイ。お前、これ知ってたのか?」 どうやら相当因縁が深いようだ。 さっきまでは手伝わないと一点張りだったのに今や手伝うなのだからかなりなものなのだろう。 しかしそれを見抜いたガイは一体それを何処で知っていたのだろうとルークは訊ねた。 「音機関好きの間では『い組』と『め組』の対立が有名らしい」 「へえ。じゃあノエルも知ってんのかな…」 ルークはそれに感心するが、ヘンケンは協力する為には知事を抱き込もうと言いだした。 勿論二人も手伝ってくれるらしいが、老人二人はルークたちを差し置いて走って出て行ってしまった。 「……行ってしまいましたわ」 「やれやれ。では作戦の説明は知事の前で行いましょう」 ナタリアがもういなくなった老人たちに目を向け、ジェイドが眼鏡を押さえてそう言った。 そしてルークたちは知事のもとに行く為に研究所を後にしたのだが、ガイの足が止まる。 「ガイ?」 「少し、気になることがある。お前たちは知事に話を付けてくれ」 ガイはルークにそれだけ言うと、仲間たちに背を向けて歩きだしてしまった。 制止しようとアニスが言いかけるが、すぐに止める。 どうせガイはアニスが何を言ってもきかないのだ。 その内にすっかりガイの姿はルークたちには見えなくなった。 「珍しいですね。いつもはこういう時にガイが離れるなんてことはなかったというのに」 「…何が言いたいんだよ、ジェイド」 「彼を信用するのは危険だということですよ。ヴァンとは確かに違う道なのかもしれませんが、今でさえガイは自分の手の内を明かさないでしょう?」 ジェイドの問いにルークは答えなかった。 それでも仲間だ。 そういいたいルークにティアの鋭い目が向けられる。 「大佐の仰る通りよ。ガイは怪しいわ。ガイの目的は兄さんと一緒で、方法が違うだけなのよ。もし兄さんにガイがつくと言ったら…私たちと彼は敵になる」 「確かにガイの考えは解りませんものね。預言を失くすために動いているということは解っていますが、どうして和平を結べば預言を失くす事に繋がるのかよくわかりませんわ…」 ナタリアも不安げに目を伏せた。ジェイドは「それは協力してヴァンを倒すための方便だと私は思いますがね」、と口にする。 そしてまだ言葉を紡ごうとするジェイドにアニスが喚いた。 「ちょ、ちょっとやめて下さいよ、大佐!ガイが敵になっちゃったら私はイオン様と敵対しなくちゃいけないじゃないですかぁ!!」 「…これは私の憶測ですよ。ガイが本当にそう想っているかは分かりません。案外本当に和平を結べはあっさり預言を捨てられるのかもしれませんよ」 「…そうだといいんですが」 ティアが目を翳らせる。きっとヴァンの知り合いであるガイに何か思うところがあったのだろう。 しかしルークの胸の内にぽかんと闇が一つ落ちた。 いつもにないガイの行動でルークも少なからず動揺していたというのに仲間たちにガイは信用していいのかと改めて言われれば、ルークの心はぐらつく。 しかし、昨夜のガイを思い出し、不安を振り払った。 「ともかく、知事の元へ行こうぜ。ヘンケンさんたちが待ってる」 「そうだね!さあー、とっとと行こう!」 ガイに割と歓迎的なアニスが場の空気を変えるように明るい声で言った。 ルークは知事の元で説明している最中でも、やはりガイのことが頭から離れなかった。 ガイはルークたちと離れ、スピノザの姿を捜した。 装置の件では何も言わないと約束させたが、ルークたちの会話のことまでは約束させてはいない。 ルークたちが知事邸に入っていくと、スピノザもこっそり姿を現す。 どうやらスピノザはヘンケンとキャシーの後をおって来たようだった。 ルークたちを追って来た割にはその建物の脇から出てくるのだからそちらの線が色濃い。 そっと会話を聞こうと近づくスピノザにガイは声をかける。 「スピノザ」 「あ、あんたは…」 声を掛けられたスピノザはガイに振り返る。ガイはゆっくりとした足取りでスピノザに近づいた。 「お前は一体こんなところで何をやっている。余程暇だと見えるが?」 「…あの装置を作るのにはヘンケンたちの力が必要で」 「見え透いた嘘をつくな」 ガイがスピノザの言葉を遮り、胸倉を掴んだ。 「いいか。ヴァンとは手を切れ。あいつのいく道は滅びの道だとお前は知っているんだろう」 「…そ、それは…」 スピノザは目を這わせる。力なく、項垂れだスピノザをガイは地面に放った。 スピノザは地面に転がる。 「それに気付いていながら、道を正さないおまえは愚昧だ」 「…わしは…」 スピノザも思うところがあったのか、黙り込む。 そしてゆっくりと立ち上がり、去り際にガイに言った。 「おまえさんの目を見て分かったよ。あんたはヴァンと同じなのじゃな。選ぶ道は違っても」 「…」 ガイは黙ったまま、スピノザの姿が見えなくなるまでずっと見ていた。 そして外で待っていたらしいアッシュがガイの姿を見つけてやってくる。 「てめえ…、仲間はどうした?」 「知事の屋敷で今話をしている」 本当はアッシュと話などしたくないガイだったが、取り敢えずそう言っておかないと奴は暴れ出すだろう。 不承不承で答えたガイにアッシュは眉を寄せる。 「なぜ、おまえは一緒に中へ入らなかったんだ?」 「おまえに答える必要はない」 アッシュはそれになんだと、と憤慨するが、丁度話が終わったらしいナタリアの姿を見るとそちらに目を向けた。 ナタリアもアッシュの姿を見て、表情を明るくする。 「アッシュ!こんなところにいらっしゃったのですわね」 「おやおや。ガイはすっかりアッシュと仲良しですかー」 アッシュと一緒にいたガイの姿にジェイドが嘯く。それを聞いて、アッシュとルークが声を上げた。 「「そんなわけねえだろ!!」」 「あら」 「これはこれは」 口を押さえたナタリアに、ジェイドは肩を竦める。 アニスもさすが双子〜と笑っているが、当人たちは切迫した問題であった。 「真似すんじゃねえ!この劣化レプリカ!!」 「うるせー!先に真似したのはそっちじゃねーか!!」 「なんだと!この屑が!」 「そっちこそ、やんのか!このタコ!」 ルークとアッシュの間に火花が散る。 ガイはそれについついアッシュを見て仄暗い感情が何十年ぶりに息を吹き返そうになるが、ジェイドに目を向けた。 「それで、了承してもらえたのか?」 「それはもう。ばっちりです」 「あとはダアトに行ってイオン様にセフィロトの場所を聞くだけだよ」 ジェイドの補足をするようにアニスが今後の事を教えてくれた。 しかしその横で口げんかを続ける二人に、アニスは嘆息する。 「ちょっとガイ、あの二人の喧嘩止めてよ。これじゃあイオン様に会いに行けないよ」 「…」 「ナタリアが言ってもやめませんしね」 先程からおやめになって、とナタリアは声をかけ続けているのだが、二人は止める気配はない。 それどころかヒートアップしている。 「ふん!いいだろう、後で吠え面かくなよ!!」 「そっちこそ、負けて泣くなよな!!」 「やめろ」 武器を取り出した二人の間に割って入り、ガイがルークの腕を掴む。 アッシュはそれを見るとガイを睨んだ。 「てめえ!邪魔する気か」 「俺たちはそんなことをしている場合じゃない。ルーク、お前もだ」 「…ごめん」 ガイに注意されて、ルークは顔を俯けた。ガイは手を放し、仲間たちに声をかける。 「次はダアトに行くのだろう。時間が惜しい。早く行くぞ」 そうして仲間を連れて歩きだすガイの背中をルークは見る。 ガイはこちらに振り返らず、ルークはその背中が憎らしく映った。 (なんでアッシュと一緒にいるんだよ。俺の力じゃ力不足なのか) ヴァンはアッシュの力を選んだ。 あの時ガイが分かれたのはアッシュの力が必要だったからではないか。 必要だ、と言ったガイの声が遠く離れて行く。しかしルークは首を振って、一歩踏み出した。 今はダアトに行ってイオンに話を聞く必要がある。そんなことを考えてたら外殻は魔界に沈む。 自分にそう言い聞かせて、アルビオールにルークは乗り込んだ。 ダアト教会に着くとモースの姿はおらず、イオンは図書室にいるとパメラに聞いた。 そのついでに六神将の動きを聞いて、誰もダアトにいないことを確認する。 イオンに出会うとまた彼を連れて旅をすることが決まり、ルークたちはその場を後にした。 教会から出るとそこにはアリエッタの姿があった。 アリエッタは相変わらずママの仔の仇といって猛襲を掛けてくる。 そこでイオンを庇おうとパメラが負傷し、イオンがアリエッタに訴えた。 彼女はそれを見ると漸くイオンの命令に従って去っていく。 アニスは心配した様子でパメラを見て、ルークの表情も険しくなる。 パメラは怪我の手当てをナタリアから受け、自室にまで届けた。 そうしてアニスは不安げにパメラを見る。 パメラは大丈夫と笑うが、アニスの表情は晴れない。 「…アニスのご両親をグランコクマに移住させてはどうだ?そこにもローレライ教団の教会はある」 「でも…」 アニスはそれに戸惑い、ジェイドも眼鏡を押さえた。 「そうですね。今回の件は、彼らに助けられた半面、危険にもなりました。グランコクマへ行くのはいいかもしれませんね」 「行くのだとしたらグランコクマにある教会で住めるよう、こちらで手はずを整える」 「なら僕はオリバー夫妻がそちらで働けるようにトリトハイムに言っておきますね。今回、パメラが怪我をしたのは僕を庇ったせいですから」 「…イオン様」 アニスが少し寂しそうな何とも言えない顔をしている。 だが両親は暢気なものでグランコクマに行けることを素直に喜んでいた。 「グランコクマに行けるなんて、夢みたいだなあ。今までダアトから一度も出たことがなかったから楽しみだよ」 「そうね。けれど、そんなことまでして頂いていいんですか?」 「我々の不注意でご婦人を負傷させてしまったのですから、これくらいは当然です」 パメラの問いかけに、ガイが丁寧に答える。しかしまるで業務連絡しているみたいに固いというか、冷たい。 言葉自体は優しいものなのに、言い方と表情が淡々としているとこんなに感じ方が変わるのかと呆れてしまう。 オリバーとパメラは身支度を整えて、アニスとは港で別れた。アニスは両親が乗った連絡船をじっと見つめている。 それをじっと見つめるルークは、アニスがどこか哀愁が漂っているように見えた。 「なあ、アニス。ホントは家を引っ越すことになって寂しかったんじゃないのか?」 「…平気だよ。住めば都って言うし、これでピオニー陛下にいつでも会えちゃうもんね〜」 「おまえって、…ほんと相変わらずだよな…」 心配して損した、とルークは零す。アニスはそれを見て、ルークに笑った。 「えへへ。当然でしょ!私、まだルークのことだって諦めてないんだから」 「マジかよ!…ってことはガイもか?」 「まっさかー。そもそも候補に挙がってないし。あんなのと結婚したらアニスちゃん過労死しちゃうー」 「そんなに人使い荒くねーだろ?」 ルークが苦笑して言うと、アニスはむすっと頬を膨らませた。 「ルークはガイとの付き合い短いからそう言えるんだよ〜。でもまあ、それ以外にも息が詰まるとか一緒にいるだけで寒気がするとか色々あるけどね」 「ひでーな」 港の潮風が二人の頬を撫でて行く。アニスはゆっくり空を仰いだ。 「でもね。不思議とガイは憎めないんだ。本人には内緒だけどね。」 「…」 振り返ったアニスはルークをじっと見つめてきて少し戸惑った。 もしかしたらアニスはあのガイを知っているのだろうか。 するとアニスはルークに向けて笑顔を向けた。 「ルーク。心配してくれてありがとう。じゃあ次はシェリダンだっけ?早くいこ〜!」 「あ…、おい!」 結局なんだかんだでお礼を言ってきたアニスは寂しかったのだろうか。 ルークはどちらなのか分からなかったが、アニスの後を追った。 あとがき ルークがなんでアッシュと一緒にいるんだよ、って言ってますが、これはお好きな方で意味を取ってくれて構わないです。 ルークがガイに恋心を抱き、焼餅を妬いている場合と、普通にショックだったという場合です。 この話ではルークはガイに必要だと言われて喜んでいますが、本編のヴァンで言われてルークが嬉しそうにした言葉なので流用しました。うん、わたしは最低な書き手だよ。 理想なガイを突き詰めた結果です。チートキャラなんです。残念なくらい。そういうガイが苦手な方はこの話をこれから読まない方がいいですよ!(…) それで元の話に戻しますが、必要って言ったのにルークから離れてアッシュと一緒にいるガイを見てルークは裏切られた気分になったんです。 そういや、ヴァン師匠もアッシュの力が必要だとか辛辣に言ってたしやっぱりガイも、とネガティブ発動です。 でも恋心も結構おいしいですよね。最初はなにも思ってなかったけど実はここからだったのかもしれない。 頭がご臨終なのは前からなのであしからず。 ともかくここの言葉の意味は2パターンあります。もしかすると3パターンの場合も、と各自で妄想を広げて下さると良いと思います。いいぞもっとやれ。 そしてあとがきがあとがきになっていない件についてですが、これはもう諦めました。 しょっぱなから諦めていましたとも!←← これからも補足なのかただの感想なのか良く分からない文章を書いていくのでよろしく! 16話にしてやっとかよ、と思った方、ただ面倒くさかったんです。注意書きが。―すいませんでした! タイトルは「とかげ」と読み、山陰。いつも日陰になっているところという意味です。 スピノザとガイの会話は陽の当らない影の部分だと思うのでこれにしました。 相変わらず意味が行方不明ですけど、とりあえずカッコいいのが使いたいのが云十年続いてます。一生治らないんだろうなこれ。 |