漣猗


シェリダンにつくと、装置が完成していた。
イエモンたちはルークたちに地殻の振動を止める作業を説明し、ルークはそれに頷いた。
地殻の振動を止める作戦の開始を告げる狼煙を上げて、ルークたちは集会所を出る。
集会所の外にはオラクル兵とリグレットの姿があった。

「リグレット教官!」
「スピノザも言っていたが、ベルケンドの研究者どもが逃げ込む先は、シェリダンだという噂は本当だったか」

ルークたちに緊張が走る。この作戦は時間が命取りになる。
焦るルークに対し、ガイの胸中は冷え冷えとしたものだった。
噂ですら流れていることを失念した訳ではなかったが、結局スピノザはガイの言葉を守らなかった。

「そこをどけ」
「おまえたちを行かせる訳にはいかない。地殻を静止状態にされては困る。港もオラクル騎士団が制圧した。無駄な抵抗は止めて武器を捨てろ!」

ルークがリグレットと対峙しする。
その様子をうかがっていたイエモンがタマラに指示を出して、火炎放射気を浴びせる。
リグレットは容易くそれを避け、イエモンたちはルークに先に行くよう促した。
ルークは戸惑いながらも、シェリダンの北口に向かう。

港に着くとヘンケンとキャシーの姿があった。
オラクルの兵たちがタルタロスを盗もうとしたため、港の入口に催眠薬を巻いて無事だった。
キャシーはタマラたちはどうなったのかと聞きたい様子だったが、ヴァンが姿を現わす。

「呑気に立ち話をしていていいのか?」

訊ねつつ、ヴァンはルークたちに攻撃を仕掛けた。
仲間たちは地面に転がる。圧倒的な力量差を感じながら、ルークは起き上がり、ヴァンを見た。

「……せ、師匠!」
「スピノザ……!俺たち仲間よりオラクルの味方をするのか!」

ヴァンと一緒に現れたスピノザを見るなり、ヘンケンが叫んだ。
スピノザはただ項垂れ、リグレットがやってきた。

「閣下!?」
「失策だな、リグレット」
「すみません、すぐに奴らを始末します」

リグレットが臨戦態勢を取る前にジェイドが譜術を炸裂させる。
リグレットはまともにそれを喰らい、吹き飛んだ。
ルークはヴァンに攻撃を仕掛けようとするが、ジェイドが制止する。
今はヴァンのことより地殻の静止させることを優先すべきだ。
ルークはヘンケンたちを残し、その場を後にする。

「……老人とはいえ、その覚悟や良し」

ルークたちが去った後、ヴァンはヘンケンとキャシーを切り捨てた。
絶命した仲間を見て、スピノザは顔を俯ける。

「スピノザ。よく見ておけ。私の敵となるものの末路をな」
「閣下。シンクが間にあったようです」

吹き飛ばされた筈のリグレットが戻ってくる。
スピノザは彼らの話をぼんやりと聞きながらガイの言葉を思い出していた。
仲間の命はないと彼は言った。
本当はこの未来を予見していたのではないか。ヴァンはそういう男だと提示していた。
なのに自分は、結局ヴァンから与えられる研究が欲しくて仲間を殺してしまった。
それに気付かないヴァンはスピノザと共に港を後にした。



タルタロスの甲板にルークたちはいた。
ジェイドは一人、地殻制止の準備をしており、残りのメンバーは甲板に自然と集まっていた。

「……俺が非力だったからだ。くそぉっ!!」

イエモンも、タマラも、アストンも、キャシーも、ヘンケンも皆自分たちを庇った。
ルークは守ると決めたのに守れない自分に憤り、壁を殴る。そこへ冷たいティアの声がかかった。

「落ち込んでいる暇はないわ。私たちには地殻を静止させるという仕事が残っているのよ」
「おまえっ!そんな言い方しなくてもっ!」

ルークはティアの言葉に激昂し、胸倉を掴んだ。それでもティアは言う。

「ここで泣いて悲しんでいても何も始まらないのよ。大佐は一人で作業準備をしているわ。それを忘れないで」

ティアはルークの手を振りほどき、艦橋へと姿を消す。
その後仲間たちは何もしゃべらない。誰も口を開こうとはしない。
重い沈黙に包まれたその場で、ガイはその沈黙を破った。

「…彼らの命を無駄にしない為にも、俺たちはこの作業を成功させなくてはならない。それは、分かってるんだろう?」
「…だけど」

ティアの言い草はあんまりだ。ルークは悲痛な面持ちで、ガイから顔を逸らした。

「生き残った俺たちに出来ることはそれだけしかない。今は作業に集中しろ」
「…」

それが建設的な方法なのは頭では理解できる。しかしルークは気持ちが追いつかない。
ガイもティアの後を追うようにその場を後にしたが、アニスが声を漏らした。

「あれって、ガイなりに慰めてくれてのかな?だとしたらかなり珍しいんだけどー」
「…でもガイの言葉は一理ありますわ。それに彼はその言葉通りにそれを行っていますし…」

ルークはナタリアの言葉にはっとする。
ガイは今までずっと、和平を結ぶ為に感情を二の次にしてきたのだ。
本当は辛かったのに、自分にこんな言葉までかけた。
ルークは先程まで躊躇していた自分が恥ずかしくなる。

「俺、だせーな。一つ一つのことやっていこうって決めたのに…今はやるべきことがたくさんあったのに…」
「ルーク」

ナタリアがルークに目を投げる。ルークはそれに大丈夫だと苦く笑って、ガイたちの後を追った。
ナタリアとアニスはそれにお互い不安そうな顔をしつつも、艦橋に向かう。


タルタロスは魔界の海に降り、さらにその下へと潜っていく。そうして地殻に到達した。
装置を設置したルークたちは脱出するべく、甲板に出たのだがそこにはシンクの姿があった。

「侵入者はおまえだったのか……」
「逃がさないよ。ここでおまえたちは泥と一緒に沈むんだからな。死ね!」

シンクは言うなり、ルークに攻撃を仕掛ける。動きの素早いシンクにルークは防御の一途だ。
そこへガイがシンクに接戦し、シンクの標的からルークが除かれる。
ルークはナタリアから回復を受け、その間、ジェイドやアニスが譜術を発動させていた。
ガイが時間稼ぎしておいたおかげだ、とルークは思うが、無情にもシンクはそれを軽々とよける。
治癒術が掛け終わったルークはまたシンクに向かって走り出す。

「俺たちは負けるわけにはいかないんだ!」
「くっ」

ルークの鋭い一撃が入り、シンクは体勢を崩した。その際、仮面が地面に落ちる。

「お……おまえ……」
「嘘……イオン様が二人……!?」

ルークとアニスは驚愕し、目を見張る。シンクの顔はイオンそっくりだった。
そっくりというよりは全く同じだ。ルークはそれにすぐレプリカだと思った。
驚く仲間たちをしり目に、イオンはゆっくりとシンクに歩み寄る。

「やっぱり……。あなたも導師のレプリカなのですね」
「あなたも…?それはどういうことなのです」

ナタリアが困惑した顔で言えば、イオンは静かに答えた。

「……僕は導師イオンの、七番目――最後のレプリカですから」
「レプリカ!?おまえが!?」

ルークは突然明らかになった事実に目を見開く。今までのイオンにそんな素振りはなかった。
しかしそれを知っているジェイドはただ黙している。アニスは信じられないと言った様子で、イオンに目を向けた。

「嘘……。だってイオン様……」
「すみませんアニス。僕は誕生して、まだ二年程しかたっていません」

イオンは導師が病で死んだことを明らかにした。
そして後継ぎがいなかった為モースとヴァンがフォミクリーを使用したのだとも語る。

「……おまえは一番被験者に近い能力を持っていた。ボクたち屑とは違ってね」
「そんな……屑だなんて……」

シンクがイオンを睥睨し、イオンの顔に痛みが走る。

「屑さ。能力が劣化していたから、生きながらザレッホ火山の火口へ投げ捨てられたんだ。ゴミなんだよ……。代用品にすらならないレプリカなんて……」
「……そんな!レプリカだろうと、俺たちは確かに生きてるのに」

ルークがそれは違うと叫ぶ。だがシンクは冷徹な目をルークに向けた。

「必要とされてるレプリカのご託は、聞きたくないね」

シンクはイオンが手を差し伸べてもその手を弾いて、地殻に落ちて行った。
ルークは同じレプリカなのになんで、とやりきれない気持ちが湧きあがるが、イオンが泣いていた。
イオンは大変な思い違いをしていたと零し、ジェイドが早く脱出するよう仲間たちを促す。
仲間たちはアルビオールに乗り込もうと足を急がせるが、ルークは久々の激痛に頭を押さえる。

<我が声に耳を傾けよ!聞こえるか、私と同じ存在よ>
「…この声は…」

膝をついて、その場にうずくまったルークにティアが気付いた。
ガイもそれに気付いていたが、まさかまたローレライがルークに呼びかけが出来るとは思っておらずそれを静観する。

「ルーク?大丈夫?癒せないか、試してみるわ」
<私を解放してくれ。この永遠回帰の牢獄から……>

ルークの頭の中にがんがんと痛みが響く。そのくせ声は聞き取りにくい。
しかしティアが治癒術を掛けた瞬間、ルークの頭から痛みが引いた。

「ルーク。我が同位体の一人。ようやくおまえと話をすることができる」
「ティア?いや……違う……」

立ち上がったティアは光沢を放っており、ルークはその存在を知っているような気がした。

「私は、おまえたちによってローレライと呼ばれている」
「第七音素の意識集合体……!理論的には存在が証明されていましたが……」

ジェイドが驚き、訝しげに口にすればローレライは肯定する。

「そう。私は第七音素そのもの。そしてルーク。おまえは音素振動数が第七音素と同じ。もう一人のおまえと共に、私の完全同位体だ。私はおまえ。だからおまえに頼みたい。今、私の力を何かとてつもないものが吸い上げている。それが地殻を揺らし、セフィロトを暴走させている。おまえたちによって地殻は静止し、セフィロトの暴走も止まったが、私が閉じ込められている限り……」

そこまで言うと、ティアから光沢が失せ、ティアが倒れる。
側にいたルークはティアを受け止め、声をかけた。

「ティア!大丈夫か!」
「……大丈夫。ただ、めまいが……。私どうしちゃったの……?」
「ここは危険です。とにかく今はアルビオールへ移動しましょう」

ジェイドの後をルークたちは追う。ティアの体の事は気になったが、今は離脱をしないと自分たちの命が危ない。
アルビオールが地殻を抜け、魔界の空に吸い込まれる。
仲間は眼下に魔界の海の穴が閉じるのを見て、ほっと安堵した。

「何とか間に合いましたね」

ジェイドの言葉にルークも頷く。そしてずっと心配だったティアに目を向けた。

「ティア、体は大丈夫か?」
「ええ……。今は落ち着いているわ」

ルークはそれでも心配した様子だった。他の仲間も同様にティアに目を向けている。
ガイはこの話の流れは、と思っているとナタリアがティアに歩み寄った。

「でも心配ですわね。突然ローレライに体を奪われたんですもの。念のため、お医者様に診てもらった方がいいですわ」
「ベルケンドなら、精密検査をしてくれるんじゃないかなぁ」

アニスが提案し、しかしルークの表情が暗くなる。
イエモンたちがオラクルに襲われたことを思い出したのだ。

「ベルケンドに行くのには反対だ。オラクルの兵がいるかもしれない。今は降下作業を優先させるべきだろう」
「…では、ティアをこのままにしておけと仰いますの?」

ルークの不安をずばりとガイは言った。
仲間もその気持ちがあり目を伏せるが、ナタリアはそれでも心配だと意志を曲げない。
するとガイはティアに目を向けた。

「本人が行く必要があるかないかで決めればいいだろう。ティア、おまえは検査を受けたいのか?」
「……いいえ。その必要はないわ。今はガイが言った通り、降下作業を優先させるべきよ。いつまた兄さんが邪魔してくるか分からないもの」

凛とした態度で告げるティアに、ルークは少し引っかかる。
本当に平気なのか。そんな不安があったが、ガイは言う。

「では決まりだ。先に降下作業をする。反論はないな?」
「…分かりましたわ」

ナタリアは何か言いたげだったが、ティアがこういった以上駄目だとは言えない。

「降下作業を優先させるにしても、どこにセフィロトがあるのか我々には分かりませんよ?」
「セフィロトの場所なら俺が知っている。アブソーブゲートとラジエイトゲートは最大セフィロトだ。先にメジオラ高原にあるセフィロト、ダアトのザレッホ火山にあるセフィロト、最後にケテルブルクにあるロニール雪山へ向かった方がいいだろう」

口にするガイを見て、ジェイドは何か違和感を覚える。
今まで彼が積極的にここまで協力したことがあっただろうか。
疑問を持ちつつも今の自分たちはそれを信じるしかない。アルビオールはメジオラ高原に向かって行く。


メジオラ高原に到着し、ルークたちはセフィロトを捜す。
セフィロトの入り口と思しきものを見つけ、そちらに向かう。
そして背後にリグレットがいることに気付いたティアは振り返って、構える。

「教官!」
「遅い!」

リグレットはティアに回し蹴りを繰り出し、ティアは辛うじてそれを避けた。
リグレットはティアとルークたちに注意をしながら、彼女に言葉を掛ける。

「ティア。これ以上、無駄な事はやめろ。ヴァン総長も心配しておられる」
「無駄なことをしてるのは、あなたたちです!」

ティアはリグレットに言い返すが、リグレットはティアに訊ねた。

「自分の身を犠牲にしてまで守る価値がある世界か?ホドの消滅の真実、おまえも知っただろう」
「預言に踊らされ、預言を私欲に利用する為政者たち……。確かに兄の言っていた通りでした」

でもヴァンには従えない。その強い意志は潰えることはないのだ。
それを感じ取ったリグレットは最後に言う。

「おまえたちもいずれわかる。ユリアの預言がどこまでも正確だということを。多少の歪みなどものともせず、歴史は第七譜石の預言通りに進むだろう」

リグレットは姿を消し、ジェイドは一体どこで第七譜石を手に入れたのだと不思議そうにする。
しかしガイは考えても仕方がないと一蹴し、セフィロトに急がせた。

パッセージリングの起動が終わると、ティアの顔色が優れない。
そういえばいつもこの直後の彼女は疲れていないか。ルークはそう想ってもティアに声はかけられない。
彼女は決まって大丈夫だとルークに言うのだ。
アルビオールに乗って次の目的地に向かおうとするルークたちの前に、アストンの姿が目に入った。

「あれ……アストンさん?」
「ルークや!元気か!」

無事だったアストンの姿に驚くが、アストンは老いぼれの中でも自分が生き残ってしまったと悲しげに言う。
じっとしているとイエモン達を思い出す為にアルビオール三号機を作ったと語るアストンの背後にスピノザの姿があった。
それに気付いたルークたちはスピノザを追うが、スピノザはアルビオール三号機に乗って逃走を図る。
ルークたちもそれを追うべく、アルビオール二号機で追跡した。
搭載された燃料が少ないアルビオール三号機はシェリダンに不時着した。
ガイはシェリダンで落ちるのかと少し気になったが、問題なくスピノザを捕まえる。
話を聞くとスピノザはアストンが生き残っていると聞いて謝りたいと思ってメジオラ高原に来たらしかった。

「なら逃げることはないじゃろが!」
「こ、怖かったんじゃ!いざとなると何を言っていいのか……それで……」
「そんなの信じらんないよ!だいたい、アンタがチクったから総長にバレたんじゃん」

アストンの尤もな言葉と、アニスの手厳しい言葉にスピノザは目を伏せる。

「……確かにわしは二度もヘンケンたちを裏切った。二人が止めるのを無視して、禁忌に手を出し、その二人をヴァン様に売った……。もう取り返しがつかないことはわかっとる。じゃが皆が殺されて、わしは初めて気付いたんじゃ。わしの研究は仲間を殺してまでやる価値があったものなんじゃろうかと」

スピノザの悔いるその姿を見て、ルークはぽつりとつぶやいた。

「……俺、この人の言ってること、信じられると思う」
「ルーク……」

ティアがそちらを見やると、ルークは目を逸らした。

「俺、アクゼリュスを消滅させたこと、認めるのが辛かった。認めたら今度は何かしなくちゃ、償わなくちゃって……。この人はあの時の俺なんだよ」

ガイはそう口にしたルークに情感が溢れた。ルークは住民がいなくてもまだ深刻な気持ちなのだ。
ジェイドは相変わらず合理主義でスピノザを外殻降下の作業に手伝ってもらおうといい、 アニスはそれに最後まで嫌がっていたが、結局は監視役を付けるということで和解した。
次はザレッホ火山だ。ティアは大丈夫なのかとルークは彼女に目を這わせた。


あとがき
今回のは特にティアの言葉は本編のまま使ってます。
ガイにフォローなんて望める訳もなく、ガイはティアとは違うスタンスを取ってもらいました。
なんでガイがわざわざあんなことを言ったかっていうと、ルークがすごく辛そうにしたからです。
取り敢えず自分が納得しないとルークは動けない子だと思っているので、ガイはそうしたのです。
あと珍しくガイが大きな行動に出ましたね。あそこまで協力的なのは本当に珍しいと思います。
自分でそう想っているだけなのかもしれませんが。
ガイって結構なんだかんだで助けたり、行き詰まったら助言を繰り返しているのでそこまで気になることではないけど、ジェイドは違和感を覚えました。
それは恐らく「反対だ」とガイが言ったことが始めてだからでしょう。今まではそういう風に言うことは不思議となかったので、ジェイドは今回に限ってなんだと勘繰ったのです。相変わらずジェイド小姑ですいません。
漣猗(れんい)はさざ波と言う意味です。



2011/04/22