転がる


グランコクマに帰還するなり、ガイは謁見の間に通された。
ホドの領主の息子であるガイは、カール五世皇帝陛下にホドを守れなかったことを陳謝した。
カール五世はガイに厚意として、小さな屋敷を彼に与えた。
それはたった五歳で天涯孤独の身となってしまったガイへの温情だ。
しかし事情を知る周囲の人間はガイの事を忌み嫌った。
ホドが落ちるのは預言で定められたものである。
それを秘預言(クローズドスコア)と呼ぶ。
ガイにとってはそれは薄笑いを浮かべる内容だった。
人々が預言にさえ頼らなければ、ホドは滅亡せず、ヴァンだってああはならなかっただろう。
何より、ルークが死ぬこともなかった。
その場合、ルークはこの世に生まれないことになるのだが、いっそ生まれない方がいいのかもしれない。

ガイは陛下の温情の元、ぬくぬくと毎日を過ごした。温情と言う名の飼い殺しだ。
カール五世は表情がないガイに恐れを抱いている。
それは周囲の人間もそうだった。笑み一つ浮かべないガイには何かがあると恐怖を抱く。
だが屋敷を貸し与えた以上、何かしてくる様子はない。
大の大人がたった五歳の子供に怯えていると周囲の人間に知られれば笑われることは必至である。
だからガイは暗殺されることもなく、ただ飼い殺しという目に遭っているだけだ。
それにこの幼さなら、陛下から温情を受けるのは当然だろう。
ガイの親戚はホドにいて亡くなってしまっている。陛下を頼るしかないことは周知の事実だった。

ガイはその間無駄にしないために毎日飽きずに剣術の稽古を繰り返し、グランコクマで出来うる限り情報を集めた。
ペールはそんなガイを心配した様子だったが、ガイは目にも留めない。



グランコクマで生活し始めて一年が経った頃、ガイは王宮に呼ばれた。
誰に呼ばれたのかといえば、ピオニー九世皇太子殿下である。
ホドの生き残りであるお前に会いたい。
そんな一言でガイは剣術の訓練を中断し、ピオニーの元へ訪れた。
ピオニーは王宮の一番奥まった所にあり、子供の足では中々遠いものである。

「よく来てくれた。お前がホドの領主であるガイラルディアか」
「左様でございます」

ガイはピオニーに頭を深々と下げた。そのピオニーの隣には赤目で眼鏡をかけた長身な男がいた。

「子供の足では、ここまで来るのが大変だったろう」
「ご心配には及びません」

ピオニーが労わりの言葉を掛けるなり、ガイは淡々と答えた。
それに傍らに立つ長身の男が肩を竦める。

「おやおや。噂以上ですねえ。将来が楽しみです」
「陛下のお役に立ちたい一心で日々、奮励いたしております」

ガイは敢えて子供らしい言葉を使わなかった。
理由は至って簡単だ。その男が早速疑っているからだ。
どう考えても六歳らしいところがないガイに目を見張った男に、ピオニーは肩に手を置いた。

「ジェイド。ガイラルディアは子供だぞ。何をそんなにムキになっているんだ?」
「ピオニー様。あんな言葉を聞いておいて、子供だという神経が逆に分かりません」

ジェイドはピオニーを非難するが、当の本人は何処吹く風だ。
ガイは名前を聞いて改めて目の前にいる男がジェイドなのだと思った。
今の年齢を考えるに21歳程度のせいか、かなり若く見える。
ジェイドの顔立ちは鼻筋が通った美人という印象だった。
さぞ女性にもてたことだろうと思う。
髪は出会った時より、短く肩にかからない程度の長さだ。ピオニーも同様で顔が若く髪が短い。
大体同じ時期に髪の毛を伸ばし始めたと見当がつくのだが、それを考えるとどこか薄ら寒い気分になる。
しかしガイにすぐにどうでもいいことだ、と切り捨てた。

「おまえと比べたら断然ガイラルディアの方が幾分かマシだぞ。礼儀はなっているからな」
「…それで困るのはあなたですよ」

ピオニーたちが自分を呼んだということは恐らく、何かガイに聞きたいことがあったからだろう。
ジェイドの言葉から憶測するに、きっとホド関連なのだろうなとガイは目星を付けた。

「今日おまえを呼んだのは他でもない。おまえの望みを聞く為だ」
「…望みでございますか?」

予想外な言葉がピオニーから出た。
しかしガイは驚いた様子を微塵も出さず、ただピオニーは相変わらず読めないとだけ思う。
側にいるジェイドはそんなことを聞く予定ではないだろうとピオニーに目を投げかける。
やはり、当初とは違うようだ。ピオニーはジェイドに笑って、ガイに目を向けた。

「おまえには、望みがないのか?両親もいない、友達もいないんじゃ、ただ屋敷で毎日を過ごしているだけだろ。暇じゃないのか?」
「…」

ガイは黙る。ピオニーはただの子供としてガイを見ているわけではない。
だが傍から見れば子供を心配するピオニー陛下にしか見えない問いかけだった。けれどこれはピオニーの作戦だ。
望みはない、暇ではないと答えればガイは自分の事を話すしかない。それだけは避けねばならなかった。

「どうした。望みすらないのか?」
「…望みならあります」

ガイはきっぱりと答えた。ジェイドは一体何を言うのだとガイに目を注ぐ。
ピオニーは真っすぐに鳶目(えんもく)を向けている。これでは嘘は通用しない。
さすがに何十年も仕えただけあって、ピオニーが自分を値踏みしようとしているのは分かる。
ここで自分が嘘をつけばピオニーは今後一切自分を信用しないだろう。
ガイはそれを踏まえたうえで、口をゆっくりと開いた。

「私の望みは、和平を結ぶことです」
「…和平だと?」

訝しい顔で復唱したのはジェイドだった。ピオニーは黙って頭の中でガイの言葉を反芻する。
ジェイドがそんな顔をするのは無理もなかった。
たった小さな六歳の子供が和平を結びたいと成熟した考えを述べている。
きっと幼い頃のジェイドでさえ、口にしなかったような夢見がちな言葉ともいえよう。
ガイは内心自身を嘲りながら、もう一度言葉を告げた。

「私の望みは和平を結ぶ事でございます。突拍子もないことで驚きだと存じ上げます」
「いや…。いい夢だな。俺もそれに賛同するぞ」
「皇太子殿下」

ジェイドが諌めるべくピオニーの名を呼んだ。だが、ピオニーはにやりと笑みを浮かべている。
ジェイドは牽制するようにピオニーを睨むが、ピオニーは無視してガイに訊ねる。

「ガイラルディア。お前は先程陛下の役目に立ちたいと言っていたな。それは俺の父のことか?」
「恐れながら、皇太子殿下のことでございます」

ガイが頭を深々と下げれば、ピオニーは笑ってガイの背中をバンバンと叩く。

「なかなか見所があるな、ガイラルディア。俺もこんな関係が嫌だと思っていたところだ」
「恐縮です」

ジェイドは親しげにガイを叩くピオニーを放させ、ピオニーに少しばかり目を吊り上げた。

「ピオニー様。お戯れが過ぎます。それに、こんな言葉を信じるのですか?」
「あいつは嘘を言っていない。それはジェイドも分かってるだろ?」

ピオニーの言葉にジェイドは目を逸らす。
確かにあの調子では嘘を言っていないが、どう考えても怪しい。
この子供はただ自分の計画のごく一部を語っただけに過ぎないのだ。
いつかそれがマルクトに大きな損害を出すかもしれないというのに手元に置くのはリスクが高すぎる。

「ガイラルディア。実はホドのことについてお前に聞きたいことがある」
「一体何でございましょう?」

ガイが言葉だけは丁寧に訊ねると、ピオニーはやっと当初の目的を答えた。

「ガイラルディアはホドがどうして崩落したのか、知っているか訊ねたかったからだ。どうなんだ?」
「存じ上げております。預言、でございますね」

あっさりと知っていると認めたガイにジェイドは目を見張る。

「やはり彼は危険ですよ。たったこの幾ばくも無い年でこの事実を知りうるはずがありません」
「…」

ジェイドの言葉にガイは沈黙する。それは明らかに自分は答える気はないというものだった。

「噂以上に要注意人物です。早々に彼を失脚させるか、温情として彼を街から追い出すかを提案します」
「…確かに要注意だな」

ピオニーはジェイドの言葉に頷いて見せた。
ジェイドはならばと言葉を紡ごうとするが、ピオニーは言う。

「長く付き合うとなると、お前と喧嘩が耐えそうにない。誰かが見張ってやらないといけないだろうな」
「…陛下、冗談は程々にしていただけませんか?」

ジェイドは顔に笑みを浮かべるが、その様子はかなり怖い。
笑っているのに脅しているように見えるといった具合である。
ガイはあまりにも見慣れているそれにまた始まったかと内心思うだけだった。

「冗談なんかじゃないぞ。ガイラルディアは使える。これは明らかだ」
「彼は子供です。将来的に有望かどうかも分からないでしょう。もしかしたら能無しになるかもしれません」
「だがもしかしたら有能な奴になるかもしれない。それに和平と口にした思いは本物だ」
「それは…」

ジェイドが目を伏せる。ピオニーはガイに向かって笑みを深くした。

「俺もガイラルディアと同じ思いだ。もし俺が皇帝になった時は、共に和平のために力を合わせよう」
「微力ながら、お力添えを致します」

ジェイドはガイのきな臭さに眉を顰める。
力添えをするといった言葉にも本気と見て取れるような様子がある。
それとも子供だから考えがそれ以上読めないのかと思うのだが、どう見てもガイのは老練された物を感じる。
不気味なガキだ。ジェイドは内心そう想いつつ、その子供が出て行くのを待った。

ガイは結局本音を語る事はなく、ピオニーの部屋を後にした。
収穫があったのはピオニーが和平を結ぶという考えがあって、ガイがそれを手助けすると明言した所だけだった。

「あんな子供を頼らずとも、他にいい相手がいるでしょう」
「ここの腐った連中共を見て、そう言っているのか?」

ピオニーは澄まし顔でジェイドに訊ねた。ジェイドは嘆息する。

「だとしても、ですよ。あんな不気味な子供に力を借りるよりはマシです」
「お前の小さい頃も、あんな感じだったぞ。ただ、ガイラルディアは大人を馬鹿になんかしてないがな」

その言葉にジェイドは詰まった。過去を知る人間は厄介だ。そう想いながら眼鏡をかけ直す。

「どちらにせよ、あなたの神経を疑います。ホドのことをはっきり知っているといったのですよ」
「あの時ああ答えなければ、俺はガイラルディアを信用しなかっただろうな。そしてお前も、和平の事を本当だとは思わなかった」

本質を見るピオニーを相手にやるのは、かなり難しい。
それをジェイドは身をもって知っている。なのになぜだろうか。
あのガキだけは信用してはならない気がする。自分と同じ匂いがするからだろうか。

「お前にいい刺激を与えてくれそうだしな」
「…あの子供がですか?」

冗談は休み休み言って下さいとジェイドは笑って、ピオニーに書類の束を何処からともなく取り出して手渡した。
ピオニーは短く悲鳴をあげて、それを受け取ってあたふたする。
その間にジェイドは外にいた兵士にピオニーを見張るよう言い渡す。

「おい、こらジェイド!親友を売るのか?!」
「私はただのあなたの部下ですから。仕事をやってもらわないと困ります」


ジェイドはピオニーの喚き声を背後で聞きながら、その場を後にする。
そしてどうしても気がかりなのはあの胡散臭いガキのことであった。
子供なのに和平を結びたい。
まるで少し大きくなったガキが世界を知り、思いあがった発言をしているようである。
だが、あの子供には覚悟があった。それがどれだけ難しい事なのか知った上で口にしている。
家族を失ったものとは思えないほど、建設的な道だということも分かって言っているのだ。
そんな出来た子供が世の中に入るだろうか。実際いない。あの子供は何かを隠している。
まるで子供の皮を被った野心の塊が、本来の目的の一部を言っているに過ぎない。

全くなんて不気味なガキなんだろう。
ジェイドは自分の事を棚に上げてそう思った。
世の中のすべてを悟ったようなあの態度も、全て気に食わない。
何もかもが、気に食わない。

ただ自分と一番あの子供の違う点は、彼は全く思いあがっていない所にある。
自分の力は過信せず、ただ慎重に事を為そうと石橋を今叩いて渡っているのだ。

ああ、気に食わない。
全く子供らしい可愛らしさも、傲慢さも何一つないあの子供が、ジェイドは妬ましかった。


早速ジェイドに目を付けられてしまったとガイは屋敷に帰った後なんともなしに思う。
予想通りの反応と言えば、反応である。これくらいあって当然だ。
事実ペールは自分の事を疑っている。尤もそれを修復しようともしなかった自分が悪いと自覚している。
しかしルークの事を思うのなら、ペールに割く時間はない。
好き勝手動く為には、ペールと距離を取る必要があった。
もしペールにこの事実を話したとしても信じる訳がなく、自分を止めるだろう。
それはまさしく妄信だとガイに突きつけるのだ。
だが、妄信だと分かっていても止められないから自分はここにいる。
歩みを止めるわけにはいかない。
いつかヴァンに誇大妄想だと言った。それが頭の中に響いてくる。耳の痛い言葉だ。
だが自分はヴァンとは違う道を選ぶ為にここにいる。ルークが生きる道を選ぶ。
そのための根回しを怠る訳にもいかない。ヴァンの動きを見逃すわけにはいかない。
これからが大変なのだ。
いかにピオニーを利用し、ジェイドの目を掻い潜り、ルークを救う道へと導くのか。
ガイは一冊のノートを取り出した。今後の動きをここに書き殴ってある。
ガイが屋敷を与えられてから真っ先にした事は救うために必要なことを書き出すことだった。
これで自分がどう動けばいいのか指標にもなるし、これを守らなければルークの死を意味する。
ガイはノートに書かれた文字を見て、顎に手を当てた。

(陛下とジェイドはクリアーしたと言っていいだろう。次は…アニスを何とかしないとな)

ダアトにいるアニスの両親は今現在、借金に追われる日々を送っている筈だ。
いつも傍目から見て、ガイですらアニスの両親のいい人っぷりには呆れた。
だがそんな彼女は両親を嫌いになるということはなく、大好きだった。
その結果が生み出した悲劇をまた起こす訳にはいかない。
タルタロスで大量の人が死んだのは、アニスが手引きしたからだ。
シンクがタルタロスに侵入したのもアニスが情報を流していたからである。
そしてイオンが死んでしまったのは、アニスのせいだ。ルークはそれに胸を痛めた。
レプリカ同士考えることがあったのは明白だ。ルークはシンクの最後でさえ、悲しんでいた。
ルークを救うためにはまず、アニスをどうにかしなければならない必須項目だ。
まず一度ダアトへ行って情報収集をしてアニスの両親の状況を探る必要がある。
ガイはノートを閉じて、ダアトへの準備をするべく立ちあがった。






あとがき。
ジェイドのガイ嫌いが半端ないですね。恐らく同族嫌悪です。
ちなみに補足として言うのなら、ジェイドは小さい頃大人を馬鹿にするような子でした。
譜術は大人にしか扱えないと言ったけど、自分には使えるからと図に乗っていたんです。
しかしジェイドは唯一尊敬していた師匠を自分の所為で失ってしまい、それから考えを改めるようになります。
でもガイは最初から殊勝な感じなので気に食わないんです。
子供ならそういう間違えあっていいのに、全くないですし不気味です。
そのせいでジェイドがあんなにガイに突っかかるんだと思います。
でも実際六歳があんなに周りを悟っていたら、気持ち悪いですよね。
あとペールが可哀想過ぎますね。ちょっとぐらい目をかけてやれよガイ。(…)



2011/04/12