道行
ルークは仲間と別れ、バチカルの屋敷に帰った。 無事に降下作業を完遂したルークをインゴベルトやクリムゾンは褒め称えたが屋敷に帰ったルークに居場所はなかった。 レプリカだと知った屋敷の使用人やメイドたちはルークと距離を置く。 昔から距離を感じていたルークはそれほど気に病むということはなかったが、日々の生活の中で少しずつ蝕まれている。 ルークはぼんやりと自室から夜空を見上げて思う。 ガイに会って話をしたい。それで降下作業を手伝ってくれたことをお礼を言いたいのだ。 しかしガイは自分に会いに来ることはなく、自分もまたガイに会う方法が分からない。 ジェイドは今のガイは神出鬼没で、場所の特定は不可能だろうと口にした。 ガイは今まで全てを知っていたかのように根回しがいいのだ。 だから今回も仲間たちに見つかることなく動くだろうという。 その時にジェイドは言った。 「ルーク、もしガイを見つけたとしても追わない方が賢明ですよ」 それはガイが会いに来たとしても同じだと、ジェイドはルークにだけ告げた。 ガイがルークが憎い仇なのに殺さなかったのは、きっと利用価値があるからだとジェイドは思っていた。 実際ルークもそれを感じたからこそ、ガイから距離を置いた。だが、今は違う。 ガイに会って話がしたい。きっと話せばガイが分かってくれる。 そんな気持ちが屋敷の中で大きくなっていく。 しかし約一カ月程経つと、ルークは屋敷の居心地の悪さに耐えられなくなってきた。 毎日メイドたちが自分に対して怯える。 白光騎士団も口先では取り繕っているが徐々にその恐怖に支配されていく。 唯一ルークをお慕い申しております、と述べたメイドもいたが、ルークの心には響かなかった。 塞ぎ込んだルークは今では自室にいない方が珍しい。 食事の時だけは応接間にやってきて、後はほとんど自分の部屋にいる。 「…くそ」 ルークはベッドに横たわり、悪態をついた。 自分は何をやっているんだろう。ここはアッシュの場所だ。 かといって外に出る事も出来ず、ただ無為に日常を無駄にしている。 ナタリアは両国の橋渡しとしてケセドニアに遠征に向かったというのに、ルークは自分自身が情けなかった。 ルークは考えるのをやめて、眠ろうと目を閉じる。するとかたん、と音がした。 ルークはそれに目を開き、音のした方を見上げる。 するとそこにはガイの姿があった。窓はいつの間にか開かれ、ルークはガイに駆け寄る。 「…ガイ!」 「しっ。静かに。俺が屋敷に忍びこんだことがバレちまう」 ガイは人差し指をたてて、ルークにそう苦笑いした。 ルークは慌てて口をふさぎ、ガイは物音を立てずに降り立つ。 ルークは夢じゃないよな、と驚きながらもガイの袖をつかんだ。 「ガイ、…その…」 話したいことはいっぱいあった。訊ねたいこともたくさんあった。 今までどこでどうしてたんだ、あの時はあんなことを言って悪かった。 夜のガイならきっと自分の悩みに答えてくれる。ティアのことだって何とかしてくれる。 けれど、いろんな気持ちが入り混じり、言葉が詰まったルークにガイはルークの頭を撫でた。 「落ちつけよ、ルーク。お前に会いに来たんだ。すぐに逃げたりしないさ」 「…ガイ。俺、ごめんな…!おまえは手伝ってくれたのに…俺は結局、疑った」 ルークはまずはこれだけ謝ろうと、ガイに訴える。するとガイは笑った。 「いいさ。あれは俺が悪いんだ。お前の言いつけを守らなかったしな」 「…言いつけ?」 ルークは眉を顰めるが、すぐに思いだした。 二度と俺たちの目の前に現れるな、そうルークは言ったのだ。 ルークはそれに言葉が詰まるが、ガイは朗らかな調子で言った。 「だからこれでお相子だ。そうだろ、ルーク」 「おまえって…本当に馬鹿だな」 ルークはつい、そうガイに口を尖らせた。いつも自分に甘い言葉ばかりガイは寄こす。 「ははは。馬鹿で結構だ。それにしてもルーク。おまえ髪の毛の手入れ、しっかりやってたんだな。綺麗だぞ」 「ば、ばっか!そんなの他の女にでも言えよ…!」 思ってもないくせにとルークは顔を朱に染める。ガイは夜に喋るとこうだ。 何かと綺麗だの、なんだの言ってくる。髪の毛の件にしたってそうだ。 自分が恥ずかしがったりする所を見てガイは楽しむ趣向があるのかとさえ思えてくる。 「思ったことをそのまま言っただけなんだがな」 「それが駄目なんだっつーの!」 困り顔のガイをルークは睨む。 そうして久々にガイに会ったんだなということを実感し始めて、二人して自然に笑いが込み上がってきた。 くすくすと笑うルークにガイも笑って、穏やかな目を投げかける。 「なあ、ルーク。おまえ、外殻大地を降下させた時にローレライの言葉を聞かなかったか?」 「…確か、聞いたけど…それがどうかしたのか?」 ルークが首を傾げれば、ガイは少し真面目な様子になる。 「それをジェイドに話しに行け。それと、俺の声に耳を傾けてくれ」 「…え……?」 ルークは不思議そうにガイに目を向けるが、その目をガイの手に覆われる。 ガイの大きな手に視界を遮られ、ルークはこの感覚が以前にも会ったことを思い出す。 そうだ、ヴァン師匠が自分の力が暴走した時に沈めた感覚に似ている。 そうしてルークは意識を失い、ガイの腕の中に崩れた。 ガイの手には、丸い宝玉が持たれている。 「すまない、ルーク」 苦く痛みの滲んだガイの声は、ルークには届かない。 ルークが目を覚ますとガイの姿はもうなかった。 来た形跡も一切なく、ルークは昨日のは夢かと思っていると、腕輪の形状が変わっている事に気がついた。 これを変えるためにやってきたのか。それにしても、ジェイドにローレライの言葉を話せとはどういうことだろうか。 今までずっと忘れていたが、あの言葉は気になる点が多すぎる。 ルークはそう思うと、エントランスに向かっていた。 珍しく朝早く起きたルークにラムダスは朝食に向かうことを進めてくる。 ルークはそれより外に出してくれと言ったが、シュザンヌに許しを得てなくては駄目だの一点張りだった。 相手がシュザンヌだなんてかなり分が悪い。 クリムゾンならナタリアが心配でと嘘でも吐けば簡単に外に出してくれるがシュザンヌはそうはいかないのだ。 外殻大地を降下させた後、シュザンヌは酷くルークの心配をしてそれ以来ルークを屋敷に出そうとしない。 ルークも出る必要性を感じていなかったから今まで何も思っていなかったが、現在外に出たいルークにとっては面倒な相手である。ルークは渋々応接間に入ると、クリムゾンがルークの姿に驚いた。 「いつもそれくらい朝早く目を覚まし、ナタリア殿下のようにご公務で世界中を回られるようにすれば公爵家の子として申し分もないのだがな」 「…すみません」 ルークは目を伏せると、席に座るようシュザンヌが声をかけた。 せっかく朝早く目覚めたなら一緒に食事をしようという配慮だ。しかしクリムゾンのそばにはセシル将軍がいる。 「ルーク。アブソーブゲートでの戦いについて確認しておきたい。ヴァンが地核に落ちていった時、剣は床に刺さったままだったか?」 「はい……」 ルークはそう訊ねられ、ガイの言葉がいよいよ本格的に気になりだした。 「元帥。やはり何者かが……」 「何かあったんですか?」 訊ねるルークにセシルは目を向ける。 「アブソーブゲートとラジエイトゲートに調査隊を派遣させたところ、何者かが侵入した形跡があり、ヴァンの剣がなくなっていたそうです」 「誰かが回収したってことですか?」 ルークはまさかヴァンが生きているのかと思い始める。思えばガイの様子もどこかおかしかった。 最初は普段通りの調子だったが、ローレライの言葉をジェイドに話せといってきた辺りから変なのだ。 ルークはそのあたりの記憶がはっきりしない。 クリムゾンは一人納得した様子でセシル将軍と姿を消した。 ずっと先程から黙ったままだったシュザンヌがルークに目を向ける。 「……お友達に会いに行ってはどうですか」 「母上……」 ルークはシュザンヌに顔を向ける。シュザンヌはどこか悲しげな顔をした。 「屋敷に戻ってからのあなたは、どこか塞ぎ込んでばかり……。まるでここには居場所がないと言わんばかりの顔をしています」 「そんなことは……」 ルークは僅かに顔を俯け、シュザンヌはルークを真っすぐ見つめていた。 「あなたにとってこの屋敷はただ息苦しいばかりでしょう?」 「……」 シュザンヌの言葉に返すことができなかった。ここはまさにルークにとって牢獄だ。 しかしシュザンヌの気持ちが分からない訳ではない。 返答に窮したルークを見たシュザンヌは小さく微笑む。 「必ず帰ってくると、約束さえしてくれるのなら、気晴らしに行くのもいいと思いますよ」 「……俺、行ってきます」 「くれぐれも気をつけて、ルーク。無理はしないでね」 シュザンヌはルークを見送る。 ルークはシュザンヌに申し訳ないと思いながらも、振り返る事はなかった。 ルークは屋敷を出る時に、ラムダスから手紙を受け取った。 どうやら父が渡すなと止めていたようだが、今のルークを見て必要だと思ったのだろう、手紙を手渡す。 ルークは二通の手紙をラムダスから受け取り、シェリダンでアルビオールを借りるべく連絡船に乗った。 その船に揺られながら、二通の手紙を見る。差出人はアニスとティアの二人だけだ。 ガイからは当然のことながら来てないよな、なんて少しさびしい思いに駆られるがルークは二人の手紙を読んだ。 ティアはまるで報告書のような手紙でアニスは相変わらず元気のようだった。 というかいい加減公爵夫人は諦めてもらいたいもんだ、とルークは息をつく。 ぼうっと海を眺めればその青さに目を奪われた。 シェリダンに到着し、集会所に向かうとアストンの姿があった。 アストンはルークを見るなり少し呆れた調子で言う。 「なんじゃ。お前さんも、アルビオールを借りに来たのか」 「……ってことは誰か借りに来たんですか?」 まさかガイか、とルークが思っているとアストンはいやお前さんにそっくりの…と口にしたのでルークはがっかりする。 しかしアッシュがアルビオールを借りるなんて珍しい。 いつ借りたのかアストンに尋ねれば一カ月くらい前だと言った。 それは降下作業が終わった後にアッシュが借りにやってきたということだろう。 アッシュはつい最近もユリアシティに行くといってアルビオールを連れ回しているらしい。 ルークはユリアシティに行くべきか、ガイの言う通りジェイドに話をすべくグランコクマに行くか迷い、結局ユリアシティに行く。 ユリアシティに到着して、ルークは早速テオドーロにアッシュの事を聞いた。 アッシュはユリアシティに来て地核に行く方法がないかとテオドーロに訊ねたらしい。 「或いはアッシュ殿もつい最近ユリアシティの近くで上がった白煙を気にしているのかもしれませんな」 「白煙…?」 ルークは眉を顰め、テオドーロの口は苦かった。 「いえ。ユリアシティの住民が白煙が昇るのを見たといいったので、一応捜索には出しているのですが、何も見つからないのです」 「…そうですか」 気になった様子のルークを見るとテオドーロは詳しい話はティアに聞いて下さいと言って、ルークはその場を後にする。 ティアの私室に向かうと、彼女はその奥にあるセレニアの花が咲き乱れる庭にいた。 ティアに手紙の事を聞かれ、まあ個性的だったとしかルークは返せなかったが、話はヴァンに変わった。 ルークの選んだ方法の何がいけなかったのかとずっとティアは悩んでいたと口にする。 ルークもティアと同じだといい、どうやって生きていったらいいのか分からないと話した。 「どうしたって生きていけるわ。貧しくても働いて……」 「そんなことはわかってるんだよ!!」 ルークはつい大声でティアに言い返していた。ルークは目を逸らし、ティアに謝る。 「ごめん……。だけど俺には本当は名前もない。家族もいない。空っぽだ。だけどあの屋敷にいればルークって役割がある。少なくとも不安にならなくて済む」 「……でも今のあなたは暗い顔をしているわ。とても不安そうよ」 ティアにそう指摘されて、ルークはふっと諦めたように笑う。 「……母上の言うとおりか。俺、やっぱりそんな顔してるんだな。本当は家にいたって、居場所はないんだ。みんな俺のことをレプリカっていう目で見るんだから」 「……そう。でも少なくともあなたのお母様はそんな方ではないでしょう?」 「だけど、アッシュが帰ってきたら?俺なんかいらないって言われるんじゃないか?」 ルークはティアがいくら言っても届かない。 ナタリアの騒ぎのとき、インゴベルト陛下に言ったことを忘れたのかとルークに訊ねればルークは痛烈に叫んだ。 「理屈じゃわかってるんだ!俺は俺だって!だけど……俺ってなんだ?師匠が言ってただろ。『何かの為に生れなければ生きられないのか?』って。少なくとも俺はそうだよ。不安なんだ。俺は、なんのために生まれたのかって」 「……あなたにとってあの旅はなんだったの?変わるための旅じゃなかったの?」 「……変わりたかった。でも変わる為にはまず『俺』が必要だ。だけど俺にはそもそも『俺』が無いんだよ。だから、俺、『俺自身』を捜さないといけないんだと思う」 ルークはそれきり黙りこむ。ティアはルークを見上げた。 「――本当に、あなたに『あなた』がないのかみんなに聞いてみるといいわ」 「みんな?」 「一緒に旅をしたみんなよ。私もついて行くわ」 「だけどおまえ、障気で体が……」 「痛みは薬で抑えられるわ。障気はもう消えているから、これ以上進行することもないし。それに……」 ティアは言いかけ、やめた。ダアトに報告する仕事があるからダアトにいるアニスに訊ねようとティアが言う。 ルークはそれに感謝しつつ、ティアに無理はしないように言ってダアトに向かった。 ダアトでアニスに出会うとアニスは石碑の説明をして教団では禁止されているお布施をもらっていた。 ティアはそれを見るとアニスを叱り、アニスは文句をいいながらも返してくる。 そうして久しぶりにやっと再開したアニスはルークを見るなり、こう口にする。 「イオン様も心配してたよ。『ヴァンを倒したことでルークの探していた答えが見つかるといいのですが』って」 「いや……それは……」 その言葉に詰まったルークを見ると、アニスはじれったく声を上げる。 「もぅ、うじうじしてるなー。こっちはそんな暇もないよ。相変わらずみんな、預言を詠んでくれって来るから、とてもじゃないけど宗教改革なんて無理って感じ」 アニスが今のルークのことをそう語りつつも、アニスは教団でどういった生活をしていたかルークたちに教えた。 ルークはそれに預言を失くすにはまだまだ時間がかかりそうだなと思う。 イオンに話を終えると、外にはジェイドの姿があった。 そこでジェイドはイオンにディストが脱獄したことと、護送中のモースの船が襲われ、モースはいなくなっていたと伝える。 これにただ事ではないと思いつつも、ジェイドがアッシュならセントビナーに向かうと言っていましたよと言った為、ルークたちはセントビナーに急ぐ。 そしてアルビオールに乗ると、ルークはジェイドが仲間に入ったということもあって彼にガイから言われたことを訊ねてみることにした。 「あのさ、ジェイド。外殻大地を降下作業が終わった後に俺ローレライの声を聞いたんだ」 「…なぜそれを今頃言うのか気になりますが、どうぞ続けて下さい」 ルークはそれに絶対ガイに会ったって気付いてるよなこれ、顔を顰める。 アニスも何々とルークに訊ねるので、ルークは取り敢えず言うことにした。 「ローレライが鍵を送るって。助けてくれって。あとは栄光を掴むものが捕えようとしてるとかなんとか……」 「なにそれ!?どうしてそんな重要なこと黙ってたの!!」 アニスが目をひん剥く。ルークはそれに戸惑った。 「え…だって、意味が分からなかったから」 「なんでぇ!?ローレライが『鍵』っていったら、ローレライの鍵だって想像つきそうなもんだよぉ」 アニスが愕然としていえば、ジェイドが眼鏡を押さえる。 「確か、ルークは古代イスパニア語を知りませんでしたね。それでは仕方がないのかもしれません」 「な、なんだよ?どういうことだよ」 「『栄光を掴むもの』は古代イスパニア語でヴァンデスデルカと言うの……」 「!」 ティアにそう言われて、ルークは驚く。 ジェイドはこれでこの間グランコクマでアッシュがローレライの事で知りたがっていた理由が分かりました、と述べる。 それにルークは首を傾げた。 「アッシュはローレライがヴァン師匠に捕まったって知ったからか?」 「…ルーク。ローレライから受け取った鍵をどうしたのですか」 ルークはそう訊ねられ、答えることが出来ない。 「俺は……」 「アッシュはルークが貰い損ねたと考えたんでしょうね。それでセフィロトを巡っている。ルークが鍵を貰っていない以上は確かにその線が濃厚です」 ルークは黙り込み、ジェイドは外を見る。 「セントビナーに行けば、きっとアッシュの事も分かるでしょう」 仲間たちはそれに押し黙った。 焦っても仕方がないのは分かるのだが、ルークは悲愴な思いに駆られる。 どうして自分は鍵を受け取っていないのだろう。 ヴァンが出来そこないと口にした言葉が耳について離れない。 あとがき 早速ジェイドにばれてしまったルークなのでした。 別にガイはばれても構わないんでしょうね。むしろジェイドがルークを守ってくれるとなると心強いとすら思ってそうです。 今はガイが側にいることができませんからね。 アッシュに会いに行ってルークはどういう風に罵られるのかと思うと辛いです。 |