呻吟
ルークたちは浮き上がったエルドラントに困惑した。 エルドラントの周りはセルパーティクルによって防御壁が出来ていた。 ホドを元に建造したというだけあって、エルドラントにはホドにあったセフィロトがあるのだろうとジェイドが言った。 しかもそのセフィロトがエルドラントの防御壁となり、こちらの攻撃は届かない。 唯一あの防御壁を取るためには、プラネットストームの活動を止めなければならないとジェイドは口にする。 しかしプラネットストームの活動を停止するということはエネルギーがなくなるということだ。 音素に依存した生活を送ってきたルークたちは今の生活を捨てるか、ヴァンに殺されるのを黙って見るかの二択しかない。 すぐにルークたちは今の生活を捨てるという方法を取った。 両国に納得してもらうよう、話をしに向かう。 マルクトは自分の領土の一部がエルドラントの出現によって疑似超振動を起こし、消滅した為、すぐに協力するといった。 キムラスカも前々から取り決めていたというだけはあって、双方はすぐにプラネットストームの活動停止に調印する。 そしてプラネットストームの停止方法はユリアシティのテオドーロから教えてもらった。 そしてルークたちは早速、アブソーブゲートに向かうこととなった。 しかしアルビオールであちこちと飛び回った為、ケテルブルクで休息とる。 仲間たちはそれだけ疲労が溜っていた。 ホテルのロビーにやってきたルークたちの表情は晴れない。 部屋をひとまず借りて、ジェイドの部屋に皆集合すると、ジェイドがルークに声をかけた。 「ところで、ルーク。その宝珠に、何か心当たりはないんですか?」 「……その筈だけど」 ジェイドには宝珠をガイが渡してくれたということを教えている。 そしてこの宝珠がプラネットストームを止めるために必要な道具だ。 ガイはこれまで見透かしてルークにこれを渡したのか、ジェイドには測りかねる。 一方ルークはジェイドが何故また聞くのだろうと思っていると、ジェイドはルークを見透かしていた。 ジェイドは自分がガイが屋敷にやってきたことを隠していることを知っている。 ジェイドはその時のことを話せと言いたいのだろう。 ルークもそれが気になっているのだが、仲間がいる前では後ろめたい。 「ルーク。本当は心当たりがあるんでしょう?」 「……」 ジェイドは核心をついて来た。黙って目を逸らしたルークに仲間たちは目を見張る。 ナタリアが不安げな顔をルークに向けてくる。 「ルーク、何か知っていますの?」 「……実は、ヴァン師匠を一度倒した一か月くらい経った頃にガイが来てたんだ」 ルークは白状した。それを聞くとアニスが素っ頓狂な声を上げる。 「えええ!?伯爵がぁ!?なんでそんなこと黙ってたの!!」 「言いづらかったんだよ。ガイもこっそり屋敷に侵入してきたみたいだったし……」 ルークが苦く答え、ジェイドは屋敷に侵入とは白光騎士団の皆さんはなにをしていたんでしょうねと、皮肉を言う。 ナタリアとティアは驚きのあまり声も出ない様子であり、ジェイドはルークを見た。 「それで出会った時にガイから何かされませんでしたか?」 「それが…よく覚えてねーんだ。ヴァン師匠に催眠術をかけられた時みたいにはっきりしない」 「なら、ガイはあなたになんて言っていましたか?」 「えーと…、降下後にローレライの声が聞こえなかったのかって俺に聞いて…、ジェイドにその話をするようにいって、ガイの声をを聞いてたら意識が遠くなって、気付いたら次の日になってた」 それを聞くと、ジェイドは考え込む。仲間たちも複雑な顔を浮かべており、ルークはそれを申し訳なく思う。 これは、ガイが自分に何か仕掛けたということではないだろうか。 ルークもそこが気になっていたのだが、そうではないんじゃないかとまだ甘い考えが捨てきれない。 ルークは自分がガイに何かされても構わないのだ。なぜなら彼の両親を奪ったのは自分の父だ。 ルークが表情を暗くすると、ふいにガイの声が聞こえる。 『すまない、ルーク』 苦く、痛みが走ったその声は紛れもなくガイの声だ。 でもなぜ彼が謝るんだ。 悪いのは自分の方だとルークが思っていると、あの時ガイが自分の体を抱きとめた時の事を思い出す。 彼の手には何か丸いものが持たれていて、自分の体からそれを取りだしたのだ。 「そうだ!ガイは俺の体の中から宝珠を取りだしたんだ!!」 「…どういうこと?」 突然声を上げたルークに、ティアが怪訝な顔をする。 「だから、ガイがローレライの宝珠を俺の中から取りだしたんだ。……でも、なんで俺の中にこんなものが…?」 「……それは、あなたがレプリカだからでしょう。レプリカは移ろいやすい存在です。存在が不安定な為、第七音素である宝珠を自分の体の中に取りこんでしまったのでしょう」 ジェイドの説明を受けて、仲間たちは納得する。 しかしまだ疑問が残っていた。 「でも、なんで伯爵はルークの体の中にこれがあるって分かったんですか?」 「それになぜガイが取りだしたのかも分かりませんわ」 疑問を投げかけたアニスとナタリアにジェイドは答えた。 「ガイはルークへこれを使ってヴァンを倒せと手紙を残しました。恐らくルークにヴァンを倒してほしいからでしょうね」 「……でも、ガイの目的は分からない。俺たちの仲間じゃないんだ」 ルークが苦く口にすれば、ジェイドはおや、という顔をした。 ルークはそれに気付いてジェイドを見る。 「なんだよ?」 「いえいえ。あなたもやっと決心がついたのだと思いましてね」 ルークはその言葉に目を伏せる。つまりそれはガイと戦うという決心だ。 ルークはジェイドの言葉をそう受け取った。 アニスはそれを聞いて机に顔を埋める。 「あ〜。総長の事がもし終わったとしても、伯爵のことが残ってると思うとマジしんど〜い!」 「やっとガイとの腹の探り合いが終わると思うと、清々しますよ」 疲れると言ったアニスに対し、ジェイドは実に楽しそうに言う。 その顔を見たアニスはルークの腕にしがみついた。ルークもその顔には慄く。 「……つーか、ジェイドはさ。なんでガイのこと嫌ってんのにずっと一緒にいたんだ?」 「失礼ですね。好きで一緒にいた訳じゃありませんよ。私だって彼を一目見た時から陛下に危ないと申していました。ですが、あの陛下ときたら何を思ったか、私にとっていい刺激になるだろうと意味のわからないことを言ってガイを私に押し付けたんですよ」 ルークはそれに渇いた笑みを張り付ける。何処までが冗談なのか分からない。 「ジェイドもガイのことで苦労していますのね…。わたくし知りませんでしたわ」 「いや、そういうことじゃないだろ…」 ナタリアが相変わらずの天然っぷりを発揮し、ルークが軽く突っ込む。 しかしティアは真面目な顔をしていた。 「きっとガイは一筋縄では行かないでしょうね」 「そうでしょうね。私を散々困らせてくれましたから」 ジェイドは眼鏡を押さえる。 角度によって目が見えなくなったレンズの下でジェイドがどんな顔をしているのかと思うとルークは怖い。 「ま、まあ、とにかく!今はヴァン師匠だ。エルドラントをどうにかしないとな」 ルークがそういえば、仲間たちは頷いて、ジェイドの部屋を後にしていく。 ルークは最後、ジェイドの部屋を出てこうと立ち上がったのだが、ジェイドから声が掛る。 「ルーク。どうしてあなたはガイに肩入れするのですか?」 「…肩入れって訳じゃないよ」 ルークは肩を下げた。どこか諦めが滲んだそれにジェイドは僅かに不安を覚えた。 ジェイドはルークに告げる。 「あなたはガイに何かされたのかもしれないのですよ。もしかしたらティアのようになるかもしれない。それは分かっているんですか?」 「……ガイがティアにやったことは許せないよ」 ルークの声は静かだった。その真っすぐで澄んだ様子にジェイドは息を飲む。 「だけど俺に対してだったら構わない。だって俺の父上がガイの両親を殺したんだ」 「……ルーク」 ジェイドがルークの名を呆然と零す。しかしジェイドは目を逸らし、言葉を紡ぐ。 「だからと言って、ガイがあなたを殺していい理由にはならないんですよ」 「でもジェイドだって気付いてるだろ。ガイは苦しんでる。それは全部俺のせいだ。ガイの両親を殺しちまったことできっとガイの人生は変わった。俺が死ぬことでガイの救いになるんなら、俺は……死ぬよ」 ジェイドはそれに言葉を失ったようだった。 ルークはそのジェイドを残し、自分の部屋に戻った。 部屋の中に入るなり、ルークは鍵を掛ける。 そしてシングルが生憎空きがなくて、ツインの部屋にはベッドが二つ並ぶ。 ついルークはこの髪の毛をガイが梳いてくれたことを思い出す。 もし彼が殺すつもりだったとして、一体どんな気持ちでこれを梳いたのだろうか。 それとも、ガイは自分を何かに利用するつもりなのだろうか。 ルークはグローブをとって、腕輪を見る。不思議とこれを取ろうと思って躍起になったことはない。 自分では取れないだろうなというのもあったが、取ろうという気持ちが湧きあがらないのが一番だった。 この訳のわからない腕輪をガイはルークに隠せと言った。 この両腕に付けられた腕輪は爆弾か何かじゃないかとルークは思う。 それくらいしか、考えられなかった。 ガイは島を爆破させているという話だし、一人で行動し、仲間に立ち向かうならこの爆弾は彼にとっていいように転ぶ。 いつでも仲間はルークの傍にいる。その時をねらって爆破ボタンを押せば、仲間は死ぬのだ。 だったら、自分ひとりだけ犠牲になればいい。 それで仲間も、ガイも救えるなら、ルークは構わないのだ。 ルークがアブソーブゲートに到着すると、プラネットストームを止めると聞きつけたディストの姿があった。 ディストはお得意の譜業兵器を使い、ルークたちの行く手を阻むのだが、封印術が解けたジェイドの前にディストは敗れる。 破壊された譜業を見たディストは、最後に何かのボタンを取り出した。 「こうなったら、私と一緒にネビリム先生のもとへ逝って頂きますよ!!ジェイド!」 ディストは自爆スイッチを押し、ジェイドは譜術によってディストをはるか上空へ飛ばす。 爆発音が響き、煙が空に上がっていく。仲間たちはそれを一瞥すると歩き出した。 ディストの死に胸を痛まないのかといえば、ルークたちはセントビナーでディストに作業を邪魔をされて恨みがあるのだ。 もしあの時ガイがアルビオールのことを言わなかったら、セントビナーの人たちは助かってはいない。 そんな思いで先に進んでいき、アブソーブゲートのプラネットストームを停止した。 次にルークたちが向かったのはラジエイトゲートだった。 ルークたちはここのセフィロトに来るのは初めてで、注意深くそのセフィロト内に入る。 螺旋状に降りる道の奥に、何か黒い塊があるのが見えた。 ルークたちはそれを目にすると慌てて走っていく。 そして近くでそれを見れば絶命したモースの姿だった。 無残にも剣が刺されたモースの亡骸は、ラルゴの時のように何も残さず消えていく。 唯一、剣がその場に落ちて、ジェイドがその剣を手に取った。 「…どこにでもあるありふれた剣ですね」 「一体誰がモースを……?」 ティアが不可解に口にするが、ジェイドは言う。 「モースは死んだのはつい最近のようでしたね。でなければ彼の体はとっくに乖離してこの剣だけが残されていたでしょう。つまり、この剣は誰かのメッセージということになります」 「……」 ルークはその誰かに心当たりがあった。というより、彼しかいない。 ナタリアはそれに対し、不思議そうに首を傾げる。 「それは誰ですの?」 「恐らく、ガイでしょうね」 それ以外考えられないと言った様子でジェイドは口にする。しかしアニスはそれに眉を顰めた。 「ガイがやったとして、どうしてこんなところにいるの?モースの後をつけてたとか?」 「あの無残な死に方を見る限り、ガイがモースを狙っていたのは明白です。極めて残虐で、足が切り落とされてましたから」 ルークはそれについ口を押さえる。 いくら魔物化したとはいえ、モースの体は人間の片りんを残している。 黒く小さなあの足が切られ、到底人間には見えない紫の血を流したそれをつい思いだして吐き気が込み上がってきた。 「そんなことわざわざ言わないで下さいよ、大佐」 「それは失礼しました」 アニスも思いだしたのだろうか、顔が青ざめている。 ルークは吐き気を押さえて、仲間に言う。 「ともかく、奥へ行こうぜ。そこでプラネットストームを止めないと…」 「そうね」 ティアが頷き、ジェイド以外よろよろとした足取りで奥へ向かう。 ルークが奥にある譜陣の前で宝珠を掲げれば、譜陣は消滅する。 こうして残るはヴァンだけだ。 ルークはアルビオールでグランコクマに向かう途中そう思うが、首を振る。 ヴァンだけではない、ガイも自分たちにとって敵なのだ。 しかし解せない。なぜガイはモースを殺したのだろう。 ジェイドの言うとおり、あれはどう考えても自分だと分かってくれと言うような殺し方だった。 ルークたちに自分が殺したのだと知らせたいようである。 これはある意味、自分へのメッセージなのだろうか。 自分もモースと同じような最後になる。ガイはそういいたいのか。 もしそうだとしても、なぜモースなのだろう。ヴァンにとってモースは利用価値がない。 精神汚染が回ったモースは人とまともに喋る力もない様子だった。 それをわざわざ殺すという言い方も変だが、彼にとってはなんら邪魔ではないのに殺して何の意味がある。 自分に何かを伝えたいのなら、モースの死体でなくとも魔物の死体でもなんでも良かったはずだ。 ルークはメッセージのことばかり気になって、決定的なところが抜け落ちていた。 それは、ジェイドがずっとガイに持っていた疑心である。 ジェイドはガイが疑わしかった。それは出会った時に直感的に感じたのだ。 感情がまるでない人間というのはジェイドは今まで出会ったことがない。 しかしガイは僅か五歳にして、感情がまるでなかった。 精々あるのは自分の計画を邪魔される対する憤り、計画を急ぐ余りの焦燥感くらいしかジェイドはガイから感じられなかった。それもごく僅かな変化である。 その変化以外の感情は無いと言って間違いない。 だからこそ彼は何があっても驚かない、恐怖はない、嬉しい気持ちもない、楽しい気持ちもない、そして表情が無いのだ。 ジェイドは小さい頃から滅多に笑わない人間だったが、多少は笑いもした。 だがガイはそれがない。人間で決定的なところが欠けている。それは致命的だともいっていい。 そしてジェイドは一つの仮説を立てた。 ガイが徹底的に感情を殺すのは、何か目的があってのことだ。 これは実際に当たっていた。 ガイは旅を始めると、ヴァンに対抗するために徐々に自分の目的の片鱗を見せ始めた。 ガイは預言を失くす為だと言っていたが、それもかなり怪しいものだ。 とにかくガイにとってはヴァンが邪魔な存在であり、彼さえいなくなればいいと思っていて自分たちに助力する。 それは今現在はっきりしていることであり、そのことからガイはルークたちのことを痛くも痒くもないと思っているのだろう。 そこまでは簡単に想像がつくのだが、問題はその後だ。 ヴァンを倒した後のガイの動きがまるで見えない。 それが手痛い。一体どれほどの被害をこうむるかも、底さえ知れない。 ただ、あれだけ感情を殺してきたというだけはあって、ジェイドには想像もできないようなことをしてマルクト、キムラスカに牙を剥くだろう。 こうした考えを持つ辺り、ルークはジェイドの考えと同じ結論に至ったようだ。 最もルークは自分さえ犠牲になればガイは止まると考えているようだが、ガイの復讐劇はそれだけでは終わらない。 何せジェイドと一緒にいた十五年間彼はその計画を洩らさなかったのだ。 ヴァンのことですら、旅をしてようやく分かったというのにそれだけで終わるはずがない。 様々な思いを乗せてアルビオールはグランコクマの地へと向かう。 グランコクマでプラネットストームの活動がを停止したという報告をしなくてはならないのだ。 あとがき ルークはガイが自分にどうしてそういう行動をとったのかと考えた末に自分を殺したいからだと到達しました。 一方ジェイドはそれだけでは終わらないと考えています。 ガイがモースを殺したのはルークへの負担を軽減させるためで、ルークのような考えはまるでありません。ただモースを一人で相手取るのに苦労しただけです。 グロいのが苦手だという人すいませんでした! |