エルドラントの内部に入る階段を上ると、そこにはリグレットが待っていた。
いつもの黒衣の服ではなく、リグレットは別の服を着ていた。
黒を基調としているのは相変わらずだが、彼女からは強い意志を感じる。

「ローレライの鍵、渡してもらおう」
「そうはいかない。俺たちはローレライを解放するためにここまで来たんだ」

ルークが腰に帯剣した剣に手を伸ばす。

「閣下の邪魔はさせない」
「教官……。教官も星の記憶は消し去るべきだというんですか?」

以前六神将であるラルゴは最後までそう言って死んでいった。
ティアは少し胸を痛ませ、リグレットは当然のことのように答える。

「もちろんだ。星の記憶が人の未来を決定するのなら、人の意志はなんのためにある?私は私の感情が星の記憶に踊らされているなど、絶対に認めない。人の意志は人にゆだねられているべきだ」

リグレットとはやはり分かりあえない。ルークたちは戦闘を免れなかった。
リグレットは死ぬまでヴァンのことを言っていた。
歪んだ世界を改革して、とはまさに自分たちと同じだ。
同じ道なのに争わなければならない。
ルークはやりきれない気持ちに包まれながらもその場を後にする。

エルドラントの内部は広く、白亜の美しさにはつい目を奪われそうになる。
これが元ホドだというのだから、ルークの胸は否応なく痛んだ。
ここがガイが暮らしていたホドのレプリカの街で、所々まだ作りかけのように淡い光がはなっているところがある。
彼は一体どんな気持ちでいるだろう。ルークはそう思いながら、奥へと急ぐ。
しかし行けども行けども到着する気配がない。ついルークは足を止める。

「……こうして見ると、かなりの大きさだな」
「それに高いね……」

ルークの声に同意したのはアニスだった。
広く高い建物が立ち並ぶエルドラントはまるで巨大な都市だとすら思えてくる。

「元はホドの街ですからね。……しかし街ごとレプリカを作るとは」
「……」

ルークの胸がずきりと痛む。ジェイドはその様子に気づいていた。
レプリカなんて作られて、ガイが喜ぶとは思えない。
ガイはホドは滅んだといい、ヴァンの計画は馬鹿な事だと言ったのだ。

「これ以上、レプリカを作らせてたまるか。みんな、行こう!」

ルークは仲間に声をかけ、一人走っていく。
仲間もすぐその後を追おうとするが、ルークが何かの模様が描かれた上に足を乗せる。
ルークはその上を走って行こうと思ったのだろうが、ぽっかりと穴があき、ルークは真っ逆さまに落ちていく。
仲間はそれを見て叫んだが、ルークには届かなかった。


ルークは落ちて、地面に倒れた。結構な高さだと思ったのだが、どこも怪我はない。

「おまえは……」
「アッシュ!おまえ、どうしてここに!」

微かに聞こえた声のした方へ向けば、アッシュがいた。
ルークはアッシュの立つ階段の前まで駆け寄る。

「フン、こっちの台詞だ。……ファブレ家の遺伝子ってのは余程間抜けらしいな。レプリカまでそろって同じ罠にはまるとは……。胸くそ悪い」
「……そんな言い方するなよ!」

ルークはついアッシュの言い方に腹が立ち、そう言った。しかしアッシュは言い返す。

「本当のことだろうが!」
「ここを出る方法はないのか?」

アッシュはルークの問いに答えず部屋の中央の譜陣の上に立つ。
すると扉が開いたが、アッシュが動くと扉が閉まる。
それを見たルークでさえ、この部屋の仕組みは一発で分かった。

「……どちらか一人は、ここに残るって訳だ」

アッシュが吐き捨て、ルークは意を決したように宝珠をアッシュに向けた。

「……なんの真似だ」
「どちらか一人しかここを出られないなら、おまえが行くべきだ。ローレライの鍵でローレライを解放して……」

またそんなことを言い始めたルークにアッシュは激昂する。

「いい加減にしろ!!おまえは……俺を馬鹿にしてやがるのか!」
「そうじゃない。俺はレプリカで超振動ではおまえに劣る。剣の腕が互角なら、他の部分で有利な奴が行くべきだろう」

ルークは正論を述べていると思っていた。しかしアッシュはルークから離れる。

「……ただの卑屈じゃなくなった分、余計にタチが悪いんだよ!」
「アッシュ……」
「他の部分で有利だ?何も知らないくせに、どうしてそう言える?おまえと俺、どちらが有利かなんてわからねぇだろうが!」
「だけど俺は……」

ルークはレプリカなんだから劣化するのは仕方がないと割り切っている。
だがアッシュは気に食わないのか、ルークに刃を向けてきた。

「黙れ!」
「アッシュ!何を……」

薄く目を見開いたルークにアッシュは言う。

「どうせここの仕掛けはどちらか一人だけしか出られない。だったらより強い奴がヴァンをぶっ潰す!超振動だとか、レプリカだとかそんなことじゃねぇ。ヴァンから剣を学んだもの同士。どちらが強いか……。どちらが本物の『ルーク』なのか。存在をかけた勝負だ」
「どっちも本物だろ。俺とおまえは違うんだ!」
「黙れ!理屈じゃねぇんだよ……。過去も未来も奪われた俺の気持ちが、おまえにわかってたまるか!俺は今しかないんだよ!」

叫んだアッシュにルークは剣を抜いた。

「奪われるだけの過去もない。それでも俺は俺であると決めたんだ。おまえがどう思ったとしても俺はここにいる。それがおまえの言う強さに繋がるなら、俺は負けない!」
「よく言った。そのへらず口、二度と利けないようにしてやるぜ。行くぞ!劣化レプリカ!」

アッシュがルークに向かって走る。走る速度は全く同じだ。
互いに同時に技を出す。ルークは初めてヴァンに教えてもらった双牙斬だ。
アッシュも同様の技をして、二人は間合いを詰める。
何度か戦って分かったことだが技で攻撃しても駄目だ。
ルークは純粋に剣と剣のぶつかり合い、剣戟を振るいあうことで強さが分かると思った。
アッシュもそう考えたのだろう。ルークに技を使わず、剣を振るってきた。
何度かの攻防が続き、アッシュが床に膝をついた。

「くそ……。被験者が……、レプリカ風情に負けちまうとはな……。――そいつを持っていけ」

アッシュが立ち上がり、ルークの足もとにローレライの剣を転がした。
ルークはその剣を手に取る。

「アッシュ……。俺は……」

俺はきっとヴァン師匠を倒した後はガイに殺される。
そんな自分が生きている価値はない。ナタリアをお前が守ってやってほしい。
ルークはその言葉を告ぐよりも早く、目の前にある扉が開きオラクルの兵士たちがやってくる。

「待て!ローレライの鍵を渡してもらおう!」
「ここは俺がくい止める!早く行け!」

アッシュは敵を睨みながらいい、ルークはアッシュに言う。

「俺も一緒に戦う!」
「ざけんじゃねぇ!今大事なことはここの奴らを一掃することか?違うだろうが!」

アッシュが怒鳴る。彼の言っていることは正しい。今はローレライを優先させるべきだ。

「だけど俺が鍵を持っていったら、お前の武器は……」
「そんなものは敵から奪えばいい!早くしろ!」
「……約束しろ!必ず生き残るって!でないとナタリアも俺も……悲しむからな!」
「うるせぇっ!約束してやるからとっとと行け!」

ルークは開いた扉の向こう側へと消えていく。
アッシュはそれを見ると譜陣から離れた。
眼下にはローレライの兵士たちが広がっている。


ルークが扉を抜けると扉が閉まった。
ルークはそれに悲痛な気持ちに駆られつつも、目の前の階段を上る。
そして階段を上りきると仲間たちの姿があった。

「みんな!」
「無事だったのね!」

ティアがルークに駆け寄り、ルークは目を伏せた。

「ああ……。アッシュが助けてくれた」
「アッシュが!?それで彼は……」

ナタリアが不安げな顔をし、ルークは苦く答える。

「敵をくい止めてくれてる」
「では、彼の行為を無駄にしない為にも先に進みましょう」

ジェイドが敢えて嫌な役を買ってくれた。
ナタリアは当然のことながら、声を上げる。

「助けに行きませんの!?」
「どうしてアッシュが、憎んでいるルークを行かせたんです?何か事情があるのでしょう」
「……そうですわね……。でも……なんだかいやな予感がしますの」
「ナタリア……」

ジェイドに諭されても、ナタリアの不安は払拭されない。しかしナタリアはルークに言う。

「気のせいですわよね。ごめんなさい、行きましょう」

ルークは歩きだしたナタリアを見て、あの兵士の数をアッシュが今も相手にしていると思うと先に進まずにはいられなかった。
だからこそジェイドもアッシュの行為を無駄にしない為にも先に進もうと言ったのだ。


アッシュの目の前にいる兵士の数は楽に二十名は超えていた。
ルークが抜けた扉は今や完全に閉まっている。アッシュは小さく呟いた。

「ふん……俺には時間がないんだよ。俺は……もうすぐ消えちまうんだからな……」
「そこをどけ!」

アッシュは譜陣の前に佇み、兵士は怒鳴った。アッシュはそれに口を開く。

「……断る。おまえらの相手はこのアッシュ――いや……ルーク・フォン・ファブレだ。覚悟しな」

そしてアッシュはオラクルの兵士たちに一斉に走ってくる。
一人対二十名は武器もないのであれば絶望的だ。向こうもそれが分かってアッシュに襲い掛かるのだろう。
アッシュは重い体に舌打ちしながら、迫る敵の攻撃に備えた。

「ぐあ!?」

悲鳴を上げたのはアッシュではなく、オラクルの兵だった。
アッシュはそれに驚き、敵も突然味方を攻撃されて驚いている。
アッシュにばかり目が行っていた敵は背後にいる存在に気付かなかった。
そしてアッシュもまたその男にやっと気付く。

「貴様…!ガルディオスか!?」
「受け取れ」

ガイはアッシュに向かってオラクルの死体から取り上げた剣をアッシュに投げる。
先程絶命した相手の剣は嫌なほど綺麗だった。
アッシュは仏頂面でそれを受け取ると、ガイは言う。

「お前に死んでもらっては困るのでな。加勢する」
「…勝手にしろ!」

アッシュは怒鳴り、呆然と突っ立ったままでいる敵を斬っていく。
突然の襲撃にかなり驚いていたようだったが、味方が倒れたところを見るとアッシュとガイの攻撃を仕掛ける。
アッシュは先程の戦闘のせいで、体の動きが鈍い。疲れているのが明らかだ。
戦闘を長引かせるべきではないと判断したガイは、鎧兜の間の首を狙って攻撃する。
僅かな隙間を縫って、刀身がその首をそぎ落とした。鮮血が上がり、それを見た敵が畏怖する。
歴戦の猛者でもこうはいかない。アッシュですらその無駄のない動きに慄然とする体を押さえる。
人を呼吸するように殺すとはこういうことか、とアッシュは思いながらもガイに負けじとオラクルの兵を一人仕留める。

「…行くぞ」

兵士の血によって白かった床が今や真っ赤に染まっている。
その中にガイは立っていた。アッシュは血のにおいに眉を寄せる。

「どこへ行くつもりだ?」
「…」

ガイは無言でオラクルたちがやってきた方角の扉に走っていく。
アッシュはそれに已む無くついて行く。
彼についていかなければ、道に迷ってしまうのは明白だった。


ルークたちはまだ生成途中の建物跡を抜けて、大きな聖堂に入る所に差し掛かった。
大きな柱がいくつも並び、その柱からぬっとシンクが姿を現す。

「ここで大人しく鍵を渡してヴァンに下に降るか、さっさとくたばるか選んでよ」
「……どっちもお断りだ!俺はローレライを解放する。そのためにはヴァン師匠も……おまえも倒す」

ルークたちはシンクに攻撃を仕掛ける。しかし導師の力を解放したシンクは強い。
シンクが素早い動きでナタリアに襲い掛かり、ナタリアは地面に転がる。

「ナタリア!」
「よそ見してる場合?空破爆炎弾!」

ルークの眼前にシンクの放つ炎の塊が見える。
避けようと思うが間に合わず、ルークの皮膚が焼かれる。

「ぐああ!」
「しっかりして!」

ティアが治癒術でその傷を癒す。焼かれた皮膚は一瞬のうちに治ったが、ダメージは大きい。


目の前を歩いていたガイが突然足を止めた。アッシュはそれに訝しい声をかける。

「おい」
「俺には別にやることがある。お前は向こうの道を行け」

そう言ってガイは細い通路を指さす。
しかしここで別行動をするなど、明らかに何かあるではないか。
アッシュが疑り深くガイを睨んでいると、ガイは淡々と言う。

「ナタリアが危ないぞ」
「なんだと!?」

ナタリアの名を急に出されて、アッシュはついそう返えしていた。だが口にしてすぐに思う。
こいつが今のナタリアのことを知る筈がない。だがガイは見透かしたように告げる。

「シンクと戦っている。導師の力を使った奴は強い。ナタリアは死ぬかもな」
「……ふん。行ってやろう。だが、次会ったときはお前を殺す!」

アッシュはそう言い残すと、ガイが示した道を走った。
何やら胸騒ぎがするのだ。そしてアッシュが扉を抜けると、扉が閉まる。
アッシュはやはりガイに騙されたかと思うが、この道を進むしかない。
走り続けると、どこかの建物から出た。そして聖堂のような建物が目の前にあるのが見える。

「終わりにするよ!」

突如聞こえたその声にアッシュは驚いて走る。あれはシンクだ。
あの劣化レプリカはなにをしている。そんな思いで声のした方角に走ると、ジェイドが譜術で対抗していた。
水流の盾を作ったジェイドにシンクは炎をぶつけてくる。
これでは時間の問題だ。
アッシュはルークが膝をつき、ティアに回復してもらっているところを見た。
そしてナタリアは倒れている。
アッシュは、ジェイドの譜術が消されると同時にシンクに切りかかった。

「てめえ、よくもナタリアを!!」
「…アッシュ。生きてたんだね」

シンクはアッシュの攻撃をあっさりとかわし、距離を取る。
突然物陰から出たアッシュにルークは驚くが、アッシュを援護するべくシンクに切りかかる。

「アッシュ!約束守ってくれたんだな!」
「それよりシンクに集中しろ!この屑が」

斬りかかった直後にアッシュに声をかけるルークを罵った。
アッシュがガイの空いた戦力を埋めるような戦いぶりをする。
おかげでナタリアの治癒術が終わる頃には、シンクの体は消えて行った。

「アッシュ……!よかった、ご無事でしたのね!」
「……ナタリア。おまえこそ、大丈夫か?」

ナタリアは目に涙を浮かべ、アッシュも怪我をしたナタリアを労わった。
横目でそれを見たルークは二人の様子を嬉しく思う。
アッシュが仲間になれば、ナタリアは悲しまない。

「よし!みんな。残るはヴァン師匠だ。急ごうぜ!」

ルークが声をかければ、仲間は頷く。
ルークは聖堂の中に足を踏み入れ、敵がいないか目を走らせる。
居ないと分かったところで、ジェイドが歩きながらアッシュに訊ねた。

「あなたは敵を食い止めているとルークから聞いていましたが、一人で倒したんですか?」
「……いや。あのガルディオスが助力した」

食えん眼鏡だとアッシュが内心思って答える。しかしその名前にルークは目を見開いた。

「ガイが?ガイがここにいるのか!?」
「どうなの、アッシュ?」

答えないアッシュにアニスも気を揉んだ様子で見上げる。アッシュは顔を顰めた。

「奴とはさっきまで行動を共にしていたが、奴は別にすることがあると言って分かれた。何をやっているのか全く見当もつかん」
「……ガイがここにいるとはね。我々に何かしてこなければいいんですが」
「ジェイド!」

ルークはつい、ジェイドを咎めるような語調になってしまう。
ジェイドはルークをじろりと見て、ルークは目を逸らす。

「ルーク。ガイがここにいるということは、ヴァンと対峙している隙を狙って一網打尽にする可能性だってあるんですよ」
「……分かってる」

ルークの表情は暗い。だが、ティアは言う。

「その時は兄さんと共にガイを倒さなければならないわ。気を引き締めていきましょう」

仲間たちはそれに頷くが、ルークはそれに頷けずにいた。
ルークがガイと戦うのを躊躇うのは、夜に会うガイのことがあるからだ。
彼はいつだって、ルークを励ました。
親しき友人のように、家族のような温かい気持ちにさせてくれる。
ルークが眠れぬ夜にはココアを持ってきてくれたり、自分は自分だとガイが言ってくれたのだ。
そのガイが敵に回るなど、ルークはやはり考えれなかった。

最深部にまでやってくると長い階段があった。階段の上の方には陽の光が入っている。
ルークたちがその階段を上ると、青空の下ヴァンが正座をして待っていた。
ルークたちに気付いたヴァンはゆっくりと立ち上がる。
ヴァンはアッシュの姿を見ると、最後にもう一度仲間にならないかと口にするがアッシュは断った。

「ではルーク。お前はどうだ?おまえは全ての屍を踏み越えてきた。さあ、私と共に来い、ルーク。星の記憶を消滅させ、ユリアが残した消滅預言を覆すのだ」
「お断りします」

ルークの声は以前よりもっとはっきりしていた。ヴァンはそちらに目をやる。
しかしヴァンにはルークの姿などまるで映っていないことをルークは知っていた。

「ほう、何故だ」
「やっとわかったんです。俺は何をしたかったのか。俺はあなたに認めてほしかった。レプリカではなく、一人の人間として」
「そうだ。そしておまえは人間になった」
「…… でもそれじゃ駄目なんだ。あなたは言いましたよね。『何かの為に生れなければ生きられないのか?』と。誰かの為に生きている訳じゃない。いや、生きることに意味なんて無いんだ。ただそれだけで良かったんだ。だから俺にはもう――あなたは必要ない。俺はここにいる。こうして生きてるんだ。あなたが俺を認めようと認めまいと」

預言に執着するヴァンが自分を見る筈がないのだ。そしてガイもまたそうなのだろう。
自分は生きている。ただそれだけでいいと告げたルークにヴァンは笑い始める。
ティアはヴァンに最後に言い縋るが、ヴァンはそれを一蹴した。

「俺たちは未来が選べると信じてる」
「私は未来が定められていると知っている」

ルークとヴァンの目が交錯し、ヴァンは突き刺しておいた剣を抜いた。

「やはり……互いに相容れぬようだな。剣を抜け。まとめて相手をしてやろう」
「ヴァン……覚悟!」

ルークはヴァンに斬りかかり、ヴァンはそれを容易く受け止める。
それでも何とかルークたちが有利に事を進めていくと、ヴァンはローレライの力の一部を解放した。
ヴァンが縛っていた髪の毛は解け、右手が変貌し、左肩には羽のようなものが生えた。 そこからヴァンは化け物じみた力でルークたちを押し返す。
先程の攻戦が嘘のように今や防御ばかりに回るしかない。
覚悟していたが、ヴァンがこれほど強いとは思わなかった。
ルークは額に汗を流し、ヴァンに切りかかる。

「甘い!」
「うぉ!」

ヴァンに弾かれ、ルークは地面に倒れた。
ルークはすぐに体勢を整えようと左手を地面に置いたその時だった。

「うわあぁぁあああっ!?」

ヴァンがルークの利き手に剣を思い切り刺してきたのだ。
仲間たちはルークを庇おうとするのだが、ヴァンの譜術に阻まれて出来ない。
ルークは絶叫し続け、ヴァンが剣を抜き去り笑うのが見えた。

「これで剣はつかえまい。…死ね」
「ヴァン!!」

鋭い声が掛り、ヴァンが振り返る前に吹き飛ばされる。
ヴァンは僅かに膝を地面に付けただけですぐに悠然とその声の主を見た。

「これは……ガイラルディア様ではありませんか」
「俺はお前の敵になると言ったはずだ」

ガイはヴァンに剣を向ける。しかしヴァンは背後に倒れるルークを見下ろす。
ルークはガイが来たこととあの時の言葉は本当だったのだと嬉しさが溢れるが、手の痛みで動けない。

「こんなレプリカのどこがよろしいのです?」
「お前には一生分からないだろう」

ガイは答えるや否や、ヴァンに攻撃を仕掛ける。
ヴァンの攻撃はモーションが鈍いが、ガイの攻撃は俊敏だ。
ガイが時間稼ぎをしたおかげで、ナタリアはルークの近くによって傷を癒すことができた。
ルークは戦闘復帰すべく、ローレライの剣を強く握る。
ガイの参戦に仲間たちは僅かに戸惑ったが連携は見事な物だった。
ルークたちは勢いを取り戻し、ヴァンは押され気味になる。
ルークはあともう少しだ。そんな思いでヴァンと剣を交え、ヴァンが吐き捨てるのが聞こえる。

「だから甘いというのだ!」
「…まずい!」

ヴァンの周りに光が集束するのが見え、ガイが咄嗟にルークを押した。
ルークの代わりにガイはまともにヴァンの攻撃を喰らう。
身を焼くようなその痛みにガイは辛うじて足で踏みとどまるが、ヴァンが迫っていた。

「ガイラルディア・ガラン!!せめて苦しまずに逝かせてやろう!」
「ぐっ…」

ガイはヴァンの攻撃を受けて、高台から落ちていくのが見える。
ルークは目を見開き、ヴァンがこちらに振り返るのを見た。
次はお前だ、と呟いたヴァンにルークは斬りかかっていた。

「よくも、ガイを!!」
「奴はおまえを庇ったのだ。おまえの代わりに死んだのだよ」

ルークはその言葉に激情が湧きあがる。

「違う!おまえが殺したんだっ!!」

ルークの言葉に呼応するように仲間たちの勢いは増した。
そしてティアが譜歌を歌う。その歌声と共に、ヴァンは倒れた。

「七番目の旋律……。理解したのだな……ティア……」
「私、思いだしたの。兄さんが泣いてばかりいた私に詠ってくれた、この歌を。兄さんは譜歌の意味を知っていて私に全て伝えていてくれた。ありがとう……兄さん……」

ティアはヴァンに近寄った。ヴァンはティアに目だけ向ける。

「……ティア、おまえの汚れた第七音素は……私が持っていこう」
「兄さん……?」

ヴァンは辛うじてティアの手に触れると、ティアは体から何かがすうっと消えるのを感じる。
ヴァンは最後に目を閉じて、呟いた。

「……許せよ……我が同胞たち……よ……」

ヴァンの体は光に包まれ、消えていく。その光は空に立ち上るように消えた。
それをずっと見ていたルークに声が響く。

<ルーク……。鍵を……私を…>
「ローレライ……」

ルークは持っていたローレライの剣を地面に刺した。
すると譜陣が描かれ、光を放っている。そしてローレライの声がまたルークの頭の中に響く。

<それでいい……私は……これで解放される……>
「こんなんでいいのかよ?」

訊ねるルークにローレライは答えない。
揺れ始めたエルドラントに、ジェイドがルークに声をかける。

「ルーク!それでいいとローレライが言ったのなら、早く脱出しますよ」
「分かった。……じゃあ、俺行くからな」

最後にローレライに声をかけると、ローレライは我が同位体よ、感謝するとだけ言った。
それを聞いたルークは様々な気持ちが入り混じりながら、ジェイド達の後を追った。



あとがき
私は戦闘シーンが書けません。もう諦めましたとも。
あとすんなりガイを仲間が受け入れてるみたいになっちゃいましたが、実際かなり複雑です。
でも一緒に旅をしてきた甲斐あって、ガイとの協力はばっちりといった感じです。
ガイはルークが大切だとなぜヴァンが見抜いたというのもおかしな話なんですが、ヴァンはルーク側にガイがいるのが気に食わなかったからです。
ですから15話のベルケンドの時でもヴァンは「レプリカに夢を見ているのか」とガイに訊ねています。
つまり、自分が認めていないレプリカにガイが仲間になるのが嫌だったのです。
最後の最後までそれを引き摺ってヴァンはガイに訊ね、ガイはその時初めてヴァンに明言します。
ヴァンはガイの言葉を聞くまでは自分の考えが間違っているかもしれないと思っていたのですが、ガイの答えを聞いて自分の考えが正しかったと思うと同時に、戦法方法をがらっと変えます。
ルークが油断したところを狙って、そいつを殺してやろうと思ったんです。
けれどやっぱりガイに邪魔されて、約束した通りヴァンはガイに手を抜かず殺したのでした。
こうして書くとヴァンはどれだけガイに執着してるんだ、って感じですけど、同郷というのと剣の主だったというのが大きいってことで!逃



2011/04/26