夕明かり
ルークたちが建物を駆け抜けエルドラントの外に出た。 崩れるエルドラントの側にいるのは危険だとジェイドがいい、ルークたちは距離を取る。 そして崩れていくエルドラントに振り返れば、目映い光が空へと向かって伸びていた。 あれがローレライなのだ。ローレライを解放する使命を自分は全うできた。 しかし、ガイは自分を庇ってヴァンにやられてしまった。 ルークはそれに胸を痛め、ナタリアが口を開く。 「これでやっと終わりましたのね…」 「ええ…」 ティアが悲愴な面持ちでナタリアに頷いた。 仲間たちもルークを庇ったガイが気がかりだったのだろう。 それにガイはヴァンとは敵であるといい、ヴァンも最後にはガイを敵と見做していた。 ヴァンと実は繋がっているのかもしれないと疑った自分たちを恥じ入る。 そんな中、アニスは言った。 「でも伯爵もヴァンも一緒に倒せて一石二鳥って感じじゃない?」 「アニス…!」 ティアがアニスを諌める。しかし彼女は悲痛に声を上げた。 「ガイはティアの体があんなことになるって知っててやったんだよ!?それにルークを助けたのだって……!」 「……俺をガイが殺したいからかもしれない……だろ?」 言葉を噤んだアニスに、ルークはその先を言った。 そんなの分かっていた。前もガイは自分の命を張ってルークの命を助けたのだ。 仲間から聞いた話ではかなり危なかったらしいし、ガイの二度目の救出はそれを色濃くする。 仲間はそれに黙り、ジェイドは不意にルークに言った。 「ルーク。脈を診せて頂いてもよろしいですか」 「……ああ」 ルークはジェイドに脈を見せるのが日課だった。 これは完全同位体であるルークにもしもなんらかの異常が発生していないか確かめるためだ。 ルークは右手をジェイドに差し出すが、ジェイドは言う。 「ルーク。左手を私に診せて下さい」 「でも、血で汚れてるぜ?」 いつもは右手でいいのに、ジェイドは今日に限ってそんなことを言ってきた。 「ヴァンにやられた傷もあって、不安なんですよ。血のことを気にして下さるなら、グローブを外して頂けませんか?」 「……」 黙ったルークにアニスは診てもらいなよ、といい、ナタリアもそういった。 ルークはガイとの約束を破る。グローブを取って、ブレスレットを付けた手をジェイドに向ける。 アッシュはそのブレスレットに目を見張った。ルークまでブレスレットを付けている。 それも今まで隠していたようにアッシュには映った。 何せグローブの下にそんなものを付けている様子など無かったのだ。 「ほらよ」 「……問題ありませんね。それにしても」 そう言ってジェイドはルークのブレスレットが気になったように触れる。 ルークは慌ててジェイドから手をひっこめた。 「な、なんだよ?くすぐってーだろ!」 「それはすみません」 明らかにルークはジェイドが外そうとしたものとみなして手をひっこめていた。 アッシュはルークのブレスレットを穴があくほど見ている。 それに気付いたジェイドは念のためにアッシュにも声をかけた。 「アッシュ。あなたとルークは完全同位体です。脈を診せてもらってもよろしいですか?」 「アッシュ!わたくしからもお願いしますわ!!」 アッシュはナタリアに言われて、渋々ジェイドに診せることになった。 ジェイドはアッシュに手袋を外すようにいい、形こそは違うもののルークと同じようにブレスレットを付けている。 アニスはそれを見るとアッシュも付けてるの、と訊ねアッシュも苦く答えていた。 ルークは、仲間たちがアッシュに目を向けているのをいいことに、一人その場から離れていく。 もしかしたらエルドラントの中にガイがいるかもしれない。そう思って、歩きだす。 だが、ルークは足を止めた。何か人の気配がする。ルークは瓦礫の方角を見た。 この瓦礫はエルドラントが崩れた際にあったものだが、妙にこれだけ気になった。 そこをじっと見て、ルークはある程度歩くとそれ以上は近寄らない。 息を潜めるような相手をじっと待つ。 「……」 「……ガイ」 その瓦礫の後ろから現れたのはガイだった。 ヴァンに斬られたと思ったのに、ガイには斬られた傷はなく、ただあの時身を呈して庇った為に服は草臥れていた。 ガイはただルークに冷たい目を向けていた。ルークはそれに悟る。 とうとうガイは自分を殺す気なのだ。 「ルーク!」 ルークが居なくなったことに気付いた仲間たちがやってくる。 ルークとガイの距離は僅か三歩程度の距離であり、仲間の動きは止まった。 そしてアニスやナタリア、ティアの三人はガイを睨み、ジェイドも注意深く見ている。 ガイは沈黙を守ったままであり、ルークをじっと見ていた。 「ガイ……俺……っ」 上擦った声を漏らすルークはガイに一体何を伝えようとしているのかは分からない。 ジェイドはまさかルークは自分だけ殺せとは言わないだろうかと思っていると、信じられない言葉が聞こえた。 「良かった。ルーク、無事だったんだな…」 「…!」 そうルークに声をかけた人物は笑っていた。とても大切そうに、ルークを見ている。 それは一目で見ただけで分かるもので、アニスたちはそれに目を丸くした。 「……ガイ、お前」 「本当にお前が無事でよかった。ちゃんと脱出できたんだな」 ガイは感激した様子でいい、ルークはその顔をじっと見た。 ガイはいつも夜もこんな感じの顔で笑っていたのだ。そう想うとなんだか胸が熱い。 夕焼け空の下、ガイの顔は夜と違って見えないということはないのだ。 青い目を細めて笑うガイは、紛れもない本人だとルークはじわじわと実感が湧いてくる。 そしてガイはルークに一歩距離を詰めた。 「ルーク。お前はちゃんとここにいるんだよな?夢じゃないんだよな?」 「おまえ…、相変わらず大袈裟だな……」 ついルークは呆れてしまう。宿屋でガイが話しかけてくる時はいつもこんな調子だった。 しかしガイは毎度の如く言うのだ。 「大袈裟なもんか。俺にとってはルークがここにいるってことはそれだけ嬉しいんだよ」 「ば、ばっか!そういうのは女にでも言えっつーの!」 顔を真面目にしてガイが言うものだから、ルークは頬を真っ赤に染めた。 というか毎度こんな真剣な顔して言っていたのかと思うと余計顔面が熱くなる。 気障ったらしいとは本人はまるで自覚しないから聞いているルークはかなり恥ずかしい。 ルークは恥ずかしさが相まって、ガイの胸を殴る。するとガイはそのままルークを抱きしめた。 「おい…!?」 「ルークが生きていてくれてよかった。本当に…よかった……」 噛みしめる様なガイの声がルークの耳に響く。 最初は抵抗していたルークだったが、そんな声を聞けば動きも止まる。 ガイは動きを止めたルークにゆっくりと体を離した。 「すまない。つい、嬉しくてな」 「……」 笑うガイからルークは顔を逸らした。顔とセットで見るとガイなんて直視できない。 ただでさえ、優しい声が、笑顔と一緒に見ているとなんだか恥ずかしくなってくる。 「…ちょっと何!?一体、何なの!???」 「……どういうことだ!?」 ルークにやっとアニスとアッシュの声が届いて、そちらに振り返る。 仲間たちはガイとルークを穴があくほど見ていた。 ルークはそれを理解すると同時にぼかっと手加減せずにガイを殴った。 「おまえ、俺をからかったな!?」 「いたた…。ルーク、俺は一応けが人なんだが……」 痛みで僅かに顔を歪めたガイが苦笑いしている。 アニスはガイがそんな顔するなんてありえないと驚愕した。 しかしルークは何をそんなに怒っているのかガイに噛みつく。 「からかったんだろ!絶対そうだ、そうに決まってる!」 「だから抱きしめてすまないって謝ったじゃないか」 ガイが困り果てた様子で言えば、ルークはむすっと顔を逸らした。 どうやらルークは人前でガイに抱きしめられて恥ずかしい思いをしたから怒っているらしい。 確かに男同士のハグなんて見ているとホモなんて疑ってしまうが、もっと他に色々突っ込みどころがあるんじゃないのかとアニスは内心思う。 それにアニスは先程から黙ったままのジェイドが気になる。 ジェイドの顔をアニスが恐る恐る見上げると彼はガイのその姿を見て固まっていた。 しかし突然吹っ切れたようにふっと口元に笑みを浮かべ、ガイに訊ねる。 「おやおや。これは一体どういうことなんでしょうねえ、ガイ?」 「ははは。見ての通りだ」 ガイは笑って答える。 信じられないくらいの爽やかスマイルにアニスは最早ガイと言う名の別人だとすら思いたくなった。 アニスはたった三年の付き合いしかないが、ガイが笑ったところなんて一度も見たことがない。 もしも彼が笑ったとしたらきっとそれは大佐以上の恐怖を植え付ける笑みだとすら思っていたのだ。 それがこんないかにも良い人そうに笑うのだから、戸惑わないという方がおかしい。 「てめえ!ふざけるのもいい加減にしろ!!おまえがガルディオスだというのならこの腕輪を外せ!!」 アッシュもガイのあまりに変わった様子にガイがおちょくっていると判断したらしい。 もしくは別人だと疑っている。 叫んだアッシュを見たガイは僅かに肩を竦めた。 「それは出来ないな」 「なぜですか?あなたが取り付けたというのなら、簡単に外せるでしょう」 ジェイドが眼鏡を押さえた。ガイはそれを聞くと、ジェイドに少しばかり冷やかな目を向ける。 アニスはその様子の変化に驚いてしまう。 さっきまで気安さが薄れ、今はなんだか空気がぴりぴりする。 「あんたはもう分かっているんだろう。これが一体なんなのか。それにヴァンとの会話、聞こえなかったとは言わせないぜ?」 「……では、この装置は正常に動作しているということですか?」 ジェイドが信じられないと言った様子でガイに目を見張る。 しかし仲間たちは一体何のことか分からない。 怒っていたルークに不安の色が強くなる。 「…ガイ、どういうことだよ?」 「ルークはジェイドから聞いてないんだな。――ジェイド、なぜ教えなかった?」 ガイが少し責めるような調子でジェイドに言えば、彼は眼鏡を押さえた。 これはジェイドが隠し事をする時の癖だ。 「確証のないことは言いたくありません」 「あんたはいつだってそういう奴だったな。…その結果どうなるか考えたことがあるのか?」 それを知っているガイは冷徹な目をジェイドに向けた。ジェイドはそれに答えられない。 なんだか雲行きが怪しくなってきたとアニスは思う。 ルークは一人だけ置いて行かれて、ガイに声を上げる。 「ガイ、どういうことだか説明しろよ!」 「……ルーク、完全同位体との間には大爆発っていうのが起こるんだ」 アッシュはその言葉を聞いて目を見開く。ルークも初めて聞いた言葉に瞠目する。 「大爆発……?それが起こるとどうなるんだ?」 「レプリカがオリジナルの体をまた再構築する。そしてオリジナルはレプリカの記憶を併せ持つようになるんだよ」 不可解なガイの言葉にルークは眉を顰めた。 「…どういうことだ?」 「つまりルーク。お前はアッシュの体を再構築して、アッシュにお前の記憶を与えて、お前はこの世から消えるってことだ」 ガイの言葉を聞いて、ルークは手が震えた。 嘘だ、と言いたくてもガイの悲痛な顔を見れば分かってしまう。 これは嘘なんかじゃない。 しかしアッシュはガイの説明を聞いて声を上げる。 「劣化レプリカが消えるだと!?俺が消えるの間違いだろうが!!」 「……いいえ。ガイの言う通りです。アッシュ。あなたが自分が消えると勘違いしたのは、体内の音素の量が減っていると思ったからでしょう。それは違います。それは大爆発が起こる為の第一段階です」 アッシュの言葉をジェイドが否定した。アッシュはジェイドを睨む。 「出鱈目を言うんじゃねぇ!」 「ジェイドがフォミクリーの発案者だ。ジェイドが間違ったことは言う筈はない。それはおまえも分かってるんだろ」 背後からガイの声が掛った。まさに図星を指されてアッシュはうろたえる。 「オリジナルの体内音素が減るのはレプリカにその音素が送られる為です。レプリカの体を使って再構築をする為の前段階だと思って下さい」 「だが!ワイヨン鏡窟で見たチーグルのレプリカはどう説明する!?あれは、オリジナルのいた牢のチーグルが消えていた!!」 アッシュがやけに自分が消えるとこだわっていた理由が分かったガイは教えてやる。 「そいつは、レプリカじゃない。レプリカの体で再構築したオリジナルだ。ミュウのソーサラーリングでも使ってそのチーグルに話を聞けば分かるだろう」 「……あなたは私の話を立ち聞きでもしてたんですか?」 ジェイドがじろりとガイを見る。その横でミュウが声を上げた。 「ガイさんすごいですの!ジェイドさんはボクのソーサラーリングを借りてスターさんとおしゃべりしてたですの!」 「ははは。そりゃどうも」 ガイはミュウに曖昧に返す。 ミュウはガイを言い当てたことをすごいといっているのだろうが、仲間にとっては不気味さが目立つ。 いくらミュウが過剰にその言葉を受けたとしてもここまで正確に言い当てるのは難しいのではないだろうか。 「俺の話は信じられなくても、ジェイドなら信じられるだろう」 「……」 ガイが取り成すように言えば、アッシュはジェイドに目を向けた。 ルークも自然とジェイドを見る。ジェイドは静かに口を開いた。 「スターは……まず自分のことをオリジナルだと言いました。そして自分が一度死に、その後何かが入ってきて、気付いたら自分は死んでいなかったそうです。これはまさ大爆発の事象がスターの身に起こったと言えます」 「馬鹿な…」 アッシュは力なくそういい、ジェイドはガイに目を向けた。 「あなたがルークとアッシュに付けたこのブレスレットは、体外に音素が出ないようにする装置ですね?」 「その通りだ。それで大爆発を止められるのなら、と思ってつけたんだ」 ジェイドの言葉にガイはあっさり肯定する。 そしてナタリアは幼馴染であるルークが消えると言う事実にガイに声をかけた。 「ガイ!ルークは消えませんわよね!?」 「…それは俺にも分からない。一度ベルケンドに行って診てもらった方がいいだろう。俺は専門家じゃないからね」 ガイがナタリアに落ち着くよう口にした。アニスも心配した様子でルークに訴える。 「ルーク。ベルケンドに行って診てもらおうよ!私ルークが消えるなんて嫌だよ!」 「……アニス」 アニスはシンクが消えるところも、イオンのレプリカが消えるところを見てかなり不安なのだろう。 あんな風に何も残さずに消えると思うと、ルークだって怖い。だが、実感がどうしてもわかないのだ。 「私も診てもらった方がいいと思うわ。あなたがいなくなるなんて……」 「ティア…」 ティアがルークに近づいて、告げた。ガイはそれを見ると、ルークたちに言う。 「そうと決まれば早い方がいい。すぐにアルビオールに乗ってベルケンドに向かった方がいいだろう」 「ガイも一緒だよな?」 ルークは目ざとく、ガイを見る。ガイはそれに目を落とす。 「そうだな。仲間たちには話さなきゃならないことがある」 「話してくれるんですか?」 ジェイドが意外そうに言えば、ガイは話さないと駄目だろ、いい加減にと苦笑いする。 アニスはその横顔をまじまじと見ながら、アルビオールに乗り込む。 アルビオールの中にはギンジが頭に包帯を巻いていた。あの時の怪我だ。 アッシュが少しばかり気にしていると、ギンジがガイの姿を見るなり笑顔を向けた。 「ガイ。やっと言う気になったんだね」 「ギンジ。今まで黙っててくれてありがとな」 ガイとギンジは親しげに拳を交わす。それにルークは少しむっとする。他の仲間は当然のように目をひん剥いている。 しかしガイはルークの気持ちに気付かず、ノエルにも声をかけた。 「ノエルも、すまなかったな」 「いいえ。おじいちゃんも言ってましたから。でも、仲間を抜けた時は本当に驚きましたよ」 「心配を掛けたな。今はやっと決心がついて、きちんと話そうと思ってるよ」 「是非、そうして下さい!」 ノエルからそう言われて、ガイは苦笑していた。 二人の操縦士に挨拶が終わったガイは仲間たちに向き直る。外は夕日が沈みかけていた。 「話すといっても、どこから話せばいいのかわからないな。何か聞きたいことはないか?」 「はいはーい!」 ガイに顎に手を当てて思案顔で訊ねれば、アニスがびしっと手を挙げた。 「ガイってそれが素なの?」 「ああ、そうだぞ」 さらっとガイは認めた。しかしとてもじゃないが、信じられない。 アニスが疑わしそうにじーっと見ていると、次にジェイドが訊ねた。 「あなたはルークが憎くないんですか?わざわざ助ける装置を取りつけるなんて正気を疑います」 「ちょっと大佐!」 突然爆弾を投下したジェイドに、アニスが慌てる。 しかし意外にもルークはガイに真っすぐな目を向けた。 「それ、俺も聞きたかったんだ。ガイにとって俺は憎い仇じゃないのか?」 「憎い仇だと思ってたら、こんなことはしないと思うぞ。俺にとってルークは大切なんだよ」 ガイの目は以前の黒暗々たる様子はどこに消えたのか、強い色を宿していた。 それは本当だと分かるのだが、どこか腑に落ちない。 「でも、俺とお前は接点ないじゃねーか。旅で知り合っただけで…」 「そうだな。ルークにとってはそうなる。だが俺に取っちゃ違うんだよ」 ガイの引っかかるような、よく分からない答えにルークは怪訝な顔をする。 「それってどういう意味だ?」 「……俺はな、ルーク。以前いた世界で、お前の使用人をやってたんだ」 ガイの言葉を聞いて、ルークは目が点になる。 「ガイが…使用人?んな、アホな」 「そうか?ルークだって不思議に思った筈だぞ。俺はお前の好きなもん知ってたり、嫌いなもんだって知ってた。普通に情報を集めただけじゃルークが何が好きで何が嫌いかなんてわからない」 ルークはそれに声を失う。確かにガイは自分の好きな物嫌いな物を知っていた。 一番分かりやすいのはガイがルークの髪の毛を梳いた時だ。 やけに手慣れているあれはまさにその通りとさえ思える。 黙ったルークを笑うようにジェイドは漂然とガイに訊ねた。 「そんな明らかに嘘と言うことを信じろというんですか?」 「じゃあ、ジェイドは俺が付けた装置をどう考えている?あんたでさえ、思いつかなかったこの装置をどう説明する気だ?いっとくが俺はあんたみたいに天才じゃない」 ジェイドはそれが一番引っかかっていたことだ。 だが、別の世界の人間だと信じる方がどうかしている。 しかしガイが別世界の人間で極めてこの世界と似たような環境で、ここへやってきたとしたらと思うと何故だか想像できるのだ。 「まさかとは思いますが、ルークもジェイドもガイの言葉を信じていらっしゃらないでしょうね?どう考えてもあり得ないではありませんの!」 ミイラ取りがミイラになった様子のジェイドにナタリアが叱咤する。 それを見たガイは口を開く。 「ナタリア。君だって、俺に違和感があるはずだ。いつも行き詰れば何か助言したり、ルークに宝珠を渡したところをその目で見たはずだろう」 「それは、そうですが……」 それでも納得できない。その目を見て、ガイは切り札を言う。 「なら、アクゼリュスはどうだ?あそこには住民がいなかったんだろ」 「どうしてそれを知ってるの!?」 ティアが驚き、ガイに目を見張る。するとそれを聞いていたギンジが答えた。 「あれはガイとおいらでアクゼリュスの住民を救出したんですよ。ガイがどうしても助けたいって言ってたから協力したんです」 「……だからいなかったのか……」 ルークは茫然と呟く。当時アクゼリュスに住民がいなかった時かなりの違和感を覚えた。 それはガイの仕業だとギンジが肯定している。これはどう考えても嘘ではない。 しかしなぜガイは助けたいと言ったのだろうか。だがルークの頭の中では分かっている。 ガイが言ったようにガイは別世界の人間だと考えれば、それは見えてくる。 それは極めて自分たちと似たような世界で、ガイがそちらの世界で一生を終えていたのだとしたら、全て辻褄が合う。 頭でそれを理解したルークは恐る恐るガイを見上げた。 「……じゃあ、ガイは本当に……?」 「ああ。以前いた世界でも同じことがあった。俺たちは……アクゼリュスを救えなかった」 ルークはそれに鈍い衝撃を受けた。ずっと違和感を感じていたピースがやっと当てはまるようだ。 そう考えればガイの動きは全て納得できてしまう。彼は全て知っていたのだ。 ルークはガイの顔を見上げると、彼は言葉を紡ぎ始めた。 「ここの世界は俺のいた世界と全くと言っていいほど一緒だ。唯一違うのは俺が身分を隠してファブレ公爵家の屋敷に潜入しなかったところだろうな」 「……」 つまりガイの両親はクリムゾンの手によって葬られているということだ。 痛みを走らせたルークにガイは苦く笑った。 「だけどな、ルーク。俺は屋敷でルークに会ったからこそ変わることができた。一緒にヴァンの奴を止めようと思った。だが、俺はルークを…救えなかったんだ」 「どうして……?」 苦しげに語るガイにアニスが瞳を揺らした。断腸の思いでガイはそれを口にしているのだ。 見ているこっちまで悲壮な気持ちになってしまう。それほどの思いがガイの言葉に詰まっていた。 「俺たちの世界では、地核を制止させる装置はヴァンが大量にレプリカを作ったことによって壊れちまったんだ。障気が溢れて、住民たちは新生ローレライ教団に従えと暴動を起こし始めた。それを収めるためには障気を消すしかなかった。ルークの超振動の力を使うことで」 「……それで、彼は死んだのですか?」 守れなかったと口にしたガイにジェイドはそう訊ねた。しかしガイは首を振る。 「いいや。その後も短い間だったが、生きていたよ。いつも死の恐怖に怯えながら、あいつはヴァンを倒すと言った。そしてあいつはヴァンを倒し、ローレライを解放した。そこまではよかったんだ。ジェイドにルークのことを聞かされるまではな」 ガイはジェイドに少し怜悧な目を向け、すぐに目を逸らす。 「ローレライを解放してから二年後、ルークは帰ってきた。俺たちは最初は驚いた。まさか本当に帰ってきてくれるなんて思ってなかったからな。だが、すぐに分かったよ。あれはルークじゃなくて、アッシュだってな。アッシュは俺たちに言った。俺にはルークとしての記憶がある。お前たちと一緒に旅をした記憶がある。これは一体どういうことなんだとジェイドに聞いた。そしてジェイドはその時初めて口にしたんだよ。大爆発でルークは消える運命にありましたってな」 そう口にしたガイは血反吐を吐くような思いで、ぐっと拳を握る。 「障気を消さなければ、ルークは消えないと思っていた俺には衝撃だった。俺たちを守るためにあいつは死んだんだとそれまでずっとそう思ってきた。だが実際は違ったんだ。ルークは障気のことがなくても消える定めにある。俺にはそんな事実認められるはずがなかった。耐えられなかったんだ。ルークはたった七年しか生きてない。外に出れたのだって、たった一年、旅をしている間だけだ。俺はルークの側にいながら、その間何も出来なかった。ただあいつの死を黙って見ることしかできなかった。それを何度も、何度も後悔したよ」 痛いほどガイからルークが大切だったという気持ちが伝わってくる。 ガイは少し息を吐いた。 「それから俺は馬鹿みたいに大爆発を調べるようになっちまってな。自分でも馬鹿だとは思うがどうしても諦められなかったんだ。一生を掛けて、やっとその装置が完成した時、俺はよぼよぼの爺さんになってた。それで死を予感した。 だが、俺はルークのことが諦めきれなかった。もう一度、会いたい。そう願ったんだ。そうして次に目を覚ました時には、この世界にいてな。目の前には姉上がいた。丁度俺の五歳の誕生日を祝う所だったんだよ」 「あなたの誕生日は確か……」 ジェイドが僅かに目を伏せる。 「ホド戦争が起こった日だ。俺はまた姉上に守られて、自分の命を生きながらえた。また俺は大切な人を救うことができなかった。それを見て、思ったんだよ。生半可な気持ちじゃルークを救えないってな。だから俺は感情を殺した。ルークを救うためなら、なんだってやってやる。それで大切な人が消えないなら、それで良かった」 ガイの行動は全てルークのためだったのだと分かると、仲間たちは戸惑う。 しかしガイの行動理由は彼の言葉でよく分かった。だからそうしたのだと納得すら出来る。 けれどガイのした行為は許されるものではない。 「だからってアニスやティア、君たち二人にしたことは許されるものではないと思っているよ。ティアは障気で身体を蝕まれて命が危険だと知っていたのに俺は黙っていたんだからね」 「……でも」 しかしあの時ヴァンがティアの手を握った時ことを覚えていた。 そして身体の中の第七音素がヴァンに吸い取られたのをティアは知っている。 それに気付かないルークたちはただ顔を悲痛な思いにしていた。 事情はどうあれやはりガイが悪いのだと思うと彼が許せない。 「ガイは、ティアが助かると知っていたということですね」 「…どういうことだ!?」 突如そう述べたジェイドにルークはぎょっとした。しかしジェイドは言う。 「ヴァンは最後にティアの汚れた第七音素を持って行くといっていました。それはつまり、そういうことなのでは?」 「まあ…な。彼女は助かるだろうとは思っていたが、やっぱり知っていたとしても悪いだろう」 ガイは少し面目なさそうに目を伏せる。それに対し、ルークは明るい様子でティアを見た。 「じゃあ、ティアはもう大丈夫なんだよな!」 「……ええ、多分。兄さんが手を握ったら身体の重い感じがすっと消えていったから」 曖昧にティアがそう返す一方で、それをナタリアとアニスが疑わしげに見る。 「でも、本当に治ったの〜?」 「不安だと思うならルークと一緒に精密検査をティアにも受けてもらったらどうだ?一緒に受ける分には何の問題もないだろ」 「……ルークのことは感謝いたしますが、ティアのことであなたを許した訳ではありませんわ」 「ナタリア…」 じろりと睨んだナタリアにルークはつい諌めるように言うが、ガイはすんなりそれを受け止める。 「それは当然のことだよ。今までやりたい放題っていっても過言でもないことをしてきて、君たちを困らせてきたんだ。これからは誠心誠意、君たちと向き合って謝罪していきたいと思ってる」 「……まあ、それがどこまで本気なのか分からないんですがね」 「大佐…」 アニスがせっかくガイのその真面目な様子に心が揺れ動いていたのに今じゃまた胡散臭いに逆戻りだ。 白い目を向け始めたアニスやナタリアにガイは笑う。 「そう簡単なものじゃないからな。これからゆっくり時間をかけて理解していってもらうつもりだよ」 「……でもそれって俺のせいなんだよな……」 茫然と隣に座るルークがガイに言う。 確かにその通りだ。話を聞いた限りガイのあの普通の人間の神経を持ち合わせているとは到底思えない行動は全部ルークを救うためだったと聞いている。 ルークがそんな風に思うのは無理からぬことだった。アニスも複雑な顔を浮かべている。 それを聞いたガイは大きくため息をついた。 「ルーク。おまえってやつはどうしてそう自分が何でもかんでも悪いって思うんだ?」 「だ、だって」 「だってじゃない。俺が勝手にやったことなんだぞ。お前も俺が勝手にやってこいつが悪いんだって思ってればいいんだよ」 ガイがルークの声を遮り、うじうじをめった切りにする。アニスはそれについ感嘆した。 だがこれはかなりのこじつけというか、強引ではないだろうかと思わない訳ではない。 「それでもガイは俺の事を思ってやってくれたんだろ…?」 「ルークに生きていてほしいというのは俺のエゴだ。俺のエゴでお前は俺に振り回されてる。だからお前だって怒っていいんだぞ」 ガイはかなり言葉が短絡的で、分かりやすくて、胸に響く言葉をルークに掛ける。 それはルークが悪いという意識を少しでも紛らわせる言葉だ。 ルークはそれに目を伏せて、黙ってしまう。しかしガイはそのルークを見て少し不安げな顔をした。 「ルークを見てると、心配だな。なんだかすぐに騙されそうというか、なんというか」 「どういう意味だよ」 ぶすっとルークが口を尖らせる。ガイはそれを見ると、顎に手を当てた。 「例えるなら、アニスのご両親に似てるな。もし、世界一周旅行の懸賞が当たったていう手紙が届いて一万ガルドを振り込めって書いてあったら、おまえはどうする?」 「はあ?たった一万ガルドぽっちで行ける訳ねーだろ」 ルークはないないと手を振ったのだが、ガイは苦笑する。 「問題はそこじゃないだろ。なんで懸賞が当たったのに、一万ガルドを振り込まなきゃいけないんだ?」 「……」 ルークはそれに気付くなり、顔を真っ赤に染め上げていく。しかしアニスはその話を聞いてぶるぶる震えていた。 「なんでそれをガイが知ってるの!??」 「なんでって、グランコクマにいた頃にそうご両親が声をかけてきたぞ。伯爵さまも一緒にどうですかってな」 アニスはそれを聞くと頭をぶんぶん振る。 「あああ!勿体ない!一万ガルドをただでやるなんてぇ!ガイも気づいてたら止めてよ!」 「止める前に、もう振り込んじまってたからなあ…」 ガイも困り顔で応じた。それをアニスが聞いて打ちひしがれる。 「こんなの借金返済無理だよ〜。―そうだ!ねえ、ガイ。この可愛いアニスちゃんを利用した事は許してあげるから、借金チャラにして♪」 「……最低だな」 それを聞いたルークはアニスに白い目を向ける。しかしアニスはぎろりとルークを睨んだ。 「ルークは私がどれだけ大変な思いをしてるか知らないからそんなこと言えるの!金の恨みはすごいんだから」 「まあ、金の恨みはともかくとして、借金チャラってのは無理だな。俺もアニスの借金を肩代わりしたおかげで、資産がなぁ…」 ガイは顎に手を当てて、悩んだ様子だ。ルークは随分と苦悩しているガイに目を瞬いた。 「どのくらい資産減っちまってるんだよ?」 「一時は屋敷を売ろうかと思ったくらいには、な」 ガイは苦く口にして、ジェイドはそれを見て笑う。 「ああ、そういえばそんなこともありましたね。あの時はどうなることかとすごーく心配していましたよ」 「見え透いた嘘を…」 ガイが顔を少し俯けて、ジェイドに白々しいと言わんばかりだ。 ジェイドはかなり楽しげに口にしている。 しかし初めてまともな反応をしたガイにアニスは声を上げた。 「はぅあ!ガイが初めて大佐にまともな反応を!」 「そういわれると、なんか複雑だなあ。俺はジェイドに煮え湯を飲まされてきたんだぞ?」 ガイがぼやくように言えば、ジェイドは飄然とする。 「いやですねえ。あなたが私に煮え湯を飲ませていたと言っていいでしょう。今まで散々虚仮にしてくれたんですからね」 「虚仮にしたつもりはないが…。でもまさかあのジェイドを出しぬけるとは思ってなかったよ」 にっこりとガイが笑って返す。ジェイドもそれには言葉に詰まった。 仲間たちも確かにジェイドはガイをかなり疑っていたのは知っているので、ガイは見事にやってのけたということだろう。 「それってガイの性格ははるかに大佐を上回る位悪いってことじゃないの?」 「感情を捨てなきゃ、相手にならない時点でジェイドの方がかなり上だと思うぜ」 それはもっともだ。しかし感情をよくもまあここまで捨てれたものだとアニスは思ってしまう。 どっちにしろアニスにとってはどっちもどっちで、神経を疑ってしまう相手だ。 そんな中アルビオールは無事にベルケンドに到着した。空には星が瞬き始めている。 あとがき 仲間は結構あっさりガイを受け入れていくなあ。 ガイがそういう空気に持って行っているにしろ、恐ろしいです。 |