時明かり
ベルケンドの病院でルークとアッシュとティアの三人が精密検査を受ける。 三人はそれぞれ別の部屋で検査を行い、その間暇を持て余した四人はガイがスピノザに会いに行くというのでそれについて行くことにした。 スピノザはガイの姿を見るなりかなり驚いていたが、ガイは構わず声をかける。 「スピノザ。お前に作るように頼んだ装置のことで話がある。前に渡した本を返してほしいんだ」 「…それはいいが、お前さんは一体……?」 スピノザは心底驚いた様子で目を丸くしていた。 しかしガイに頼まれて机一杯に書類が乱雑されたその中から本を取り出し、ガイに渡す。 ガイは軽くスピノザにお礼を言って、それを早速ジェイドに渡した。 「バルフォア博士にそれを見せてどうするんじゃ?」 「本当に俺の考えた装置で問題ないのかジェイドに確認して貰うんだ」 「! これはあんたが考えたものだったのか!?」 「……正確にはスピノザ、おまえもな」 ガイがそういえば確かにわしも手伝ったがとスピノザは複雑そうな顔をする。 この本をジェイドが見ているということはやはりルークたちのことで彼も思うところがあったということだろう。 ジェイドはさらっと目を通すと、ガイとスピノザに向き直った。 「この装置は良くできています。余程未練たらたらと言った方がよいでしょうか」 「そう言った筈だ。―本当はこんなものつけたくはないんだ。あんたなら他にもっといい装置が作れるんじゃないのか」 ガイはジェイドの嫌味すら気にした様子はなく、本題を切り出した。しかしジェイドの表情は暗い。 「はっきりいって譜業は私の専門外です。ディストにとってもこの分野は専門外でしょう。今はあなたがこの研究の第一人者となるのでしょうね」 「やめてくれ。俺は研究者なんて柄じゃない。それにこれはスピノザの力が大きいんだ。」 スピノザはそれに首を傾げるが、ジェイド達には分かった。 ガイの言う別の世界ではスピノザにかなり世話になったのだろう。 ガイは時計を見ると、もうそろそろ終わる頃だからルークたちの元へ行こうと声をかける。 仲間たちもそれに異論はなく、病室に向かった。 検査を終えたルークたちは病室の中で椅子に座って待っていた。 そこへ廊下で待っていたガイたちが呼ばれて中に入っていく。 シュウは全員揃ったところを見ると声をかける。 「まずはティアさんですが、体内に蓄積・結合していた第七音素が消えていました。とても信じられないことですが、内臓の機能もこの調子なら以前の調子に戻るでしょう。音素にも問題がありません」 「よかったな、ティア」 ルークはティアに笑いかけ、ティアもええ、と小さく笑って頷く。 その様子にアニスは結構いい雰囲気と思っていると、シュウは次にルークとアッシュに目を向けた。 「次はルークさんとアッシュさんですが、診断結果は今のところ何の異常もありません。いたって健康です。音素の乱れもありませんでした」 「そんな筈はねえ!」 そう声を上げたのはアッシュだった。しかしそれにガイが口を開く。 「譜術が使えないことで診断の結果に文句があるんだろ。それはその装置をつけてるからだ。お前のは試作段階でな。音素を体内外に放出、吸収は愚か体力もかなり低下して、まるで封印術みたいな代物になってる。それで大爆発が起こると勘違いしたんだろう」 「……てめえ、わざと俺にそうやったのか?」 ずっとガイはそれを知っていてアッシュを放置してきた。しかしガイは素知らぬ顔だ。 「時間がなかったんだよ。それに新しくその装置を作ったとして、お前が大人しくつけてくれるとは思えないからな」 「……」 ガイの言うことはもっともなのだが、もう少しやりようがあったんじゃないのかとルークは思う。 そう思うのはガイのアッシュへの態度がいささか冷たいように感じられるからだろうか。 そしてガイはアッシュを見向きもせず、ジェイドに目を向ける。 「今のところは問題はないようだが、この装置で大爆発は抑えられるのか?」 「……残念ながら、不可能です」 ジェイドのその言葉にその場にいた者は絶句する。しかしガイはジェイドに眉を寄せた。 「どうしてだ!?」 「ルークとアッシュの音素の干渉は生まれた瞬間から始まっています。彼らは離れて暮らしていたため、今まで干渉することが少なかったのでしょう。しかし結局は干渉し合うことに変わりはありません。ルークは一時、アッシュと意識を共有しました。そして装置はその後つけ始めた。そこで推測するに、ルークは短くて十年生きれるか、生きれないかです。長くて五十年くらいは、生きれるでしょう。長く生きる為にはアッシュとの接触は極端までに避けた方がいいでしょうね」 ガイはその言葉に呆然とする。結局自分の見立てが甘かったのだ。 コーラル城でルークの回線をアッシュで開くようにされてそれが問題だったと思っていたのだが、実際は違う。 生まれた時からルークは危険を孕んで生まれてきたのだ。 目元を歪めたガイにルークは声をかけた。 「……ガイ。そんな顔すんなよ。俺別に気にしてねーからさ」 「ルーク。お前、分かって口にしてるのか?」 「……」 ガイがルークの目を覗きこむ。ルークはそれについ目を逸らした。 ジェイドは怖い顔で睨むガイを止めるべく、背後に声を投げる。 「ガイ。あなたはよく頑張りましたよ。あなたの努力は本当に大したものです」 「そんなことはどうだっていい!ルークは十年生きられるかどうかも分からないんだ…!」 ガイはジェイドに言うと、ルークに詰め寄った。 「ルーク。お前はどうしたいんだ?何がやりたいんだ?せめて、お前のやりたいことをやってやりたいんだ」 「でも…一応あと数年は生きれるんだよな?そんな」 「数年なんてあっという間なんだぞ!いいから、やりたいことを言うんだ!それともルークは屋敷の中で過ごしたいのか!?」 ガイはルークの声を遮り、切迫した様子で言った。 ルークはガイに迷惑をかけてるなとつい自分を責めてしまうのだが、ガイの青い目に吸い寄せられる。 「……俺は……旅がしたい。もっと、外を見たい。今まで旅をしてたけど、俺、外なんて見る余裕なかった。もっと外がみたい…!見たいんだ!」 「……分かった。じゃあ、俺がお前を連れていく。お前を護らせてくれ」 気付いていた時には叫んでいた我儘に、ガイは優しい笑みを向ける。 ルークはそれにどきりとして、つい顔を俯けた。それにガイは不思議そうに声を掛けてくる。 「ルーク?どうした?」 「い、いや…やっぱ我儘だよな?ヴァン師匠を倒したら一回国に帰って報告とかして、それで俺は公爵家で…」 口にしていて、ルークは本当に自分の言った夢は現実不可能なのだなと痛感し始めた。 しかしガイはルークの両肩を掴む。 「そんなの、放っとけ!お前は十年生きれるか分からないんだ。今この時を逃したら絶対後悔する!」 「で、でも…」 「ルーク。ガイの言う事と同意というのは不本意ですが、彼の言う通りですよ。あなたはいつ消滅してもおかしくはない」 「大佐…!」 ジェイドの冷酷な一言に、一同は悲愴な顔をする。しかしジェイドの顔は変わらない。 「これは変えようのない事実です。だからこそ、ルークには有意義な時間を過ごしてほしいんです」 「……私だって、大佐の言うようにルークがやりたいことさせたいです!けど、本当に助からないんですか?」 アニスがジェイドを見上げるが、彼は顔に痛みを走らせた。 「私にはなんの力もありません。フォミクリーの発案者でありながら、お恥ずかしいとは思いますがね」 「わたくしたちには何もできませんのね」 ナタリアが目を伏せる。そこに重い沈黙が落ちるが、ガイが以前のように口を開いた。 「君にだってやれることはあるよ。ルークの旅をきっとファブレ公爵は許して下さらないだろう。だから、ナタリアの力が必要だ。それに、アニスもティアも、ルークの旅の道中で困ったら手助けしてやるとか、いくらでもやれることがあるだろ」 「……ガイ、あなた……」 今までとは違うガイの切り口に女性たちは少しばかり目を見張る。 そしてガイは肩を竦めた。 「ま、ルークが屋敷に戻ったら、旅をすること前提なんだけどな」 「わたくし、叔父様を説得してみせますわ!屋敷に戻ってしばらくすれば、式典が開かれてしまいますもの。そうなったらルークは旅をする機会を失われたも同然!必ずわたくしが防いでみせますわ!」 「確かにその通りですね。ルークは屋敷に戻って軽く説明を済ませたら旅をする方がいいでしょう」 いつの間にやら旅をすることが大前提になって話が進んでいる。 ルークはそれについガイをちらりと見上げるのだが、ティアの声が掛った。 「ルーク。遠慮しないで、旅に出た方がいいわ」 「七年も屋敷にいたんでしょ?普通の旅行、した方がいいよ!」 アニスたちからもそう言われ、アッシュに目を向ければ彼は不服ながらもそれに納得しているようだった。 顔はすぐ逸らされてしまったが、ルークは仲間たちに笑みを浮かべる。 「みんな……ありがとう」 ルークは目頭が熱くて、涙がこぼれそうだったが耐えた。 皆の前で泣くのは恥ずかしすぎる。 その日の晩はベルケンドの宿屋で休むことになった。 ルークはガイと同室で、ジェイドはアッシュと同室で、女性たちはみんな揃って同室だ。 久々にガイと二人っきりであり、ルークはついガイばかり見ていた。 ルークはよく人の方を見ていることを知っているガイは苦笑いしながら、ルークに訊ねる。 「ルーク。何か言いたげな顔だな。とっとと言っちまえよ」 「うわ!?やめろよ、ガイ!」 ガイはルークの頭を撫で回す。わしゃわしゃと髪が乱れて、ルークはガイを睨んだ。 「じゃあ言ってくれるよな?」 「……ガイはさ、俺と一緒に旅なんかしていいのかよ?」 あの後、病室を出る時もちらっとガイに聞いたのだが、ガイは俺も行くぞ、の一言だけだった。 しかしガイの立場を考えれば考えるほどそれは難しそうであり、ルークは頭を擡げていたのだ。 「それとも、ルークは俺と一緒の旅なんて嫌か?」 「そんなことねーよ!そ、そんなこと…ない」 ルークはついガイに大声をあげて訴え、次に目を逸らしてもうひと押しする。 それを見たガイは次第におかしくなって、笑いを少し抑えつつ言う。 「そう言ってくれて嬉しいよ。俺もお前と一緒に旅が出来て嬉しいしな。だから、俺の屋敷の事は気にしないでくれ。それにあの陛下なら分かって下さるさ」 「……ガイ」 ピオニーなら確かに分かってくれそうだ。 ガイが不在にも関わらずガイと一緒に暮らすかと聞いていた。 「俺の問題は俺で解決する。ルークはルークの問題に集中してろ」 「そうだな」 どうせガイは自分の問題をルークには抱えさせてくれない。 抱えろと言われてもルークは無理なのだが、ルークの問題はガイが抱え込んでいる。 けれど余命が短いから外に出させろという自分を想像してみて、かなり無茶苦茶を言っているように思えてやっぱりガイに任せるべきだと思った。 それに気付いたガイはルークに小さく笑って見せる。 またくだらないこと考えてただろ、そんな顔にルークは顔を剥くらませた。 するとガイは今度はくっくっくと笑い始め、ルークはガイの顔面に枕を投げる。 ガイはその枕を顔面で受け止めはしなかったが腕で受け止めて、枕はベッドの上に落ちた。 その様を見るとなんだかルークはおかしくなって、ガイも笑い始めた。 こんなに温かい夜は久しぶりだ。 ルークはそう想いながら、自分は生きている。今を生きていると実感した。 翌朝、ガイとルークは一緒に部屋を出て食堂に向かった。 下にはまだアニスたちの姿はない。ルークはそれを不思議がっていたがガイには軽く予想がついた。 どうせ自分の事で相談をしあっているのだろう。 ジェイドの事だ、また自分が何かを企んでいると吹き込んでいるに違いない。 「取り敢えずルーク。先に朝飯食っちまおうぜ」 「…ああ、そうだな」 ルークは頷いて、早速スープを飲む。そしてちらりとガイを見る。 ずっと気になっていたのだが、ガイは一体どうやって助かったのだろう。 服はよれよれで、ヴァンの攻撃の痕だというのは分かったがあの切り傷はどう説明する。 ルークは迷った挙句、朝食を黙々と食べるガイに言葉を投げかけた。 「あのさ、ガイ。おまえ、ヴァン師匠から攻撃受けたよな?」 「ん?ああ…、あれか。あれは攻撃を受ける前に、落ちることを選んだんだ」 ルークは一瞬ガイが何を言っているのか理解できず、目をまん丸にした。 「落ちる……って、あの高さをかよ?」 「そうだぞ。斬られるよりはましじゃないか?」 ルークはヴァンの待っていた高台はどこよりも高い位置にあったことを思い出していた。 しかしあのままガイはヴァンに切られていたら治癒術では決して癒すことが出来ない致命傷だろう。 ルークはつい目を伏せると、ガイが額を小突いた。怒りでガイを睨めば、彼は笑っている。 「俺は無事だったんだ。それで問題ないだろ」 「……だけど、おまえ無茶しすぎだぞ」 「お前に比べたら遥かに軽い方だと思うぜ」 少し責めるような目をガイがルークに向ける。これは確実にルークの体の事を言っていた。 「お、俺はいいんだよ」 「俺はよくない。もしルークに怪我でもされたらと思うと、気が気でないんだぞ」 そう口にしたガイの横顔をルークは見た。 だからヴァンに左の手の甲を刺された時にガイはやってきたのだろうか。 そうなると、ガイはタイミングが良すぎるような気もしないでもない。 ルークはなんともなしに訊ねる。 「なあ。ガイはヴァン師匠と俺たちが戦う所、ずっと見てたのか?」 「……まあ、そうなるな。アッシュと別れたのは、俺と一緒だとそういった点で不都合だったからだ」 「見てたんなら、助けろよ」 「その時は言うつもりがなかったんだよ。俺にはまだ決心がついて無かったんだ」 ノエルにあの時言った言葉だ。ルークはそれに口を噤む。 そしてずっとアッシュが仲間に入ってから思ったことをガイに訊ねた。 「おまえって、もしかしなくてもアッシュのことが嫌いだったりすんのか?」 「もしかしなくても、嫌いだぞ」 さらっとガイは口にした。 それはまるで日常会話で好きか嫌いな食べ物を答えるような調子だった。 「……なんでだよ?」 「ルークを一々屑呼ばわりするような奴だぞ。…っていうのは建前で、実際はお前を自分の代替え品みたいに言うのが気に食わない」 「それならもう解決したぞ?」 「じゃあ、言い方が悪かったな。ルークを自分の所有物のように言うのが気に食わないんだ」 それにルークは苦い顔になった。 確かにアッシュはルークが同じ顔だから情けない顔をするなとよく怒鳴ってきている。 これはある意味所有物のように口だししているように聞こえなくもない。 ルークたちがその話を終えた直後にアニスたちの姿が見える。 その中で一緒に来たアッシュは一人かなり気まずそうにしている様子でルークはそれに変な奴と思いながらも食事をした。 食事を終え、チェックアウトをすませたルークたちはバチカルに向かった。 ルークとアッシュが屋敷に帰れば、屋敷にいた者たちは喜んだ。 それはクリムゾンもシュザンヌも例外ではない。 「ルーク。よく帰ってきてくれた」 「二人とも、顔をよく見せてちょうだい」 そう言ってやってくる両親にルークとアッシュは揉みくちゃにされる。 ガイはそれに目を細めていたのだが、ふと柱に掛けられた剣が気になった。 ここでもあそこの柱に飾られているのか。 ガイがそう思っていると、シュザンヌの抱擁を受けていたルークがそれに気付いた。 「ガイ。どうしたんだ?」 「いいえ。なんでもございませんよ」 ガイがそう口にするのは、ルークの両親がこちらを見ているからだ。 クリムゾンは表情がついたガイに僅かに驚いた様子だったが、ルークはガイに言ってしまった。 「つーか、敬語やめろよ。……あの剣、見てたのか?」 「……ええ。あれは、ガルディオス家の宝刀でしたのでつい気になったのです」 ルークはそれに目を見開く。やめろと言ったのに止めなかったことに驚いたのではない。 ガルディオスの宝刀とはつまり、これはガイの剣だということなのだ。 メイドたちがこれが噂のガルディオスの戦利品と顔を顰め、亡霊がやって来なければいいけどとひそひそ話声がする。 ガイがその亡霊だとは露ほども思っていないらしい。 ルークは確かにその声を聞きながら、ガイに訊ねていた。 「いいのか?」 「僭越ながら、ルーク様。あなたはもっと大事な言葉を言わねばならないのではございませんか?」 ガイにそう言われて、ルークは両親に振り返る。 そういえば、帰ってきてから一言も言っていなかった。 ルークはアッシュの隣に並んで、父と母に告げる。 「只今帰りました、父上、母上」 「おかえりなさい、ルーク」 告げた赤毛にシュザンヌは優しい笑みを向けていた。 ガイたちは応接室に通され、客人としてクリムゾンに迎えられた。 先程からクリムゾンはガイを注意深く見ている。 恐らくあの時になかった表情があることに彼なりに驚いているらしい。 しかしシュザンヌはガイに向かって、小さく笑みを浮かべていた。 「あなたはどなた?初めて見る顔だわ」 「申し遅れました。私はガイラルディア・ガラン・ガルディオスと申します」 それを聞いたクリムゾンは僅かに瞠目させ、ガイを見る。 「…そなたが…ガルディオスか。以前とは随分様子が変わったな」 「ファブレ公爵。ルーク様の事であなたに折り入って申し伝えたいことがございます」 ガイが真面目な様子で言えば、クリムゾンの表情は険しくなる。 ガイはルークがアッシュと完全同位体の為に大爆発を起こし消えてしまうことと、大爆発が発生しにくいようにする為の方法、ルークの余命を説明した。 「ルーク様に残された時間はございません。そこでご公務で忙しい毎日を送られる前に、ルーク様を旅に出す許可をお許し願いたいのでございます」 「しかし……」 クリムゾンの顔はやはり渋った様子だった。ナタリアが凛然とする。 「叔父様。わたくしからもお願いしますわ。ルークはずっと屋敷にいたのです。外を見る機会をもう少しお与えになって下さいませ」 「あなた、いいじゃありませんか。ルークはいつ消えるかもしれぬ体だというのなら、この子にとって悔いのないような生き方を許すのが私たち親の務めですわ」 シュザンヌにも言われ、クリムゾンは不承不承ながら頷いた。 「ルーク様のお命は必ず私がお守り致します」 ガイは旅の最中を必ずルークを守ると約束し、その部屋を後にする。 ルークは両親と二人っきりで話し会いという形をとり、アッシュは新たに自室を作る為に駆り出されていた。 ルークはクリムゾンに睨まれる。 「ルーク。ガルディオスと二人っきりで旅など大丈夫なのだろうな?」 「大丈夫ですよ、父上。ガイは二度も俺の命を助けてくれたんだから」 それを聞いて絶句するクリムゾンに、シュザンヌは笑う。 「あら。ガイにそんなに助けてもらっていたのね。これはお礼をいいませんとね、あなた」 「むう…」 唸ったクリムゾンに、ラムダスから声が掛る。どうやら仕事が入ったらしい。 クリムゾンはルークに登城する旨を伝えると部屋を慌ただしく出て行った。 それを見送ったルークの背中に向かって、シュザンヌは口にした。 「ルーク。あなた、ガイのことが好きなんでしょう?」 「は、母上!?」 ルークは顔を真っ赤にしてシュザンヌに振り返る。しかしシュザンヌはくすくすと笑っていた。 「母の目はごまかせませんよ。それで、彼はあなたのことを知っているの?」 「……はい」 「なら、これで安心してあなたを旅に出せるわ。楽しんでらっしゃい」 「……」 ルークは恥ずかしさで答えられなかった。本当は母から訊ねられた時、否定しようと思ったのだ。 しかしそれ以上は言葉が出なかった。ルークはそれに不思議に思いながらも、その場を後にする。 エントランスに出ると、ガイがその場に佇んでいた。 いつもいるラムダスはその場におらず、ルークは首を傾げる。 「あれ…?他の皆は?」 「ジェイドとアニスとティアならナタリアと一緒に城へ向かったぞ。お前の式典を三カ月後まで伸ばしてもらえるように頼みに行ってくれたんだ」 「そっか…」 ガイは説明役としてここに残ったというわけか。 クリムゾンが呼び出されたのも恐らくこの話があったからだろう。 「でもここに使用人もいないなんて珍しいな。白光騎士団の姿もないし」 「それは俺の姿を見て驚いて去ってたんだよ。一度中庭にも行こうか迷ったが、エントランスの方がルークが来た時に分かりやすいと思って待ってたのさ」 ははは、とガイが苦笑する。ルークは今は使用人たちがいなくてよかったと思ってしまう。 ガイは使用人がいたら確実に敬語口調で話す気だ。 さっき敬語で喋るなと言ったのにガイは承諾しなかったのだからその可能性は大いにあった。 ガイに少しルークは歩み寄り、視線はあの柱にある剣に向ける。 あの恐ろしいと言われていた戦利品をルークも以前は怯えていた。けれど今は怖くない。 「あの剣ってガイんちの剣なんだよな?」 「ああ。父親の剣だ」 「じゃああれはガイのもんじゃねーか。持って帰れよ」 「馬鹿言うな。あれは公爵のもんだ。俺にはどうすることもできないよ」 ルークはそれを聞くとぶすっと顔を剥くらませる。 ガイはそれに苦笑しかできず、エントランスにアニスがやってくるのが見えた。 「二人とも〜!早くグランコクマに行こうって大佐が呼んでるよー!」 「分かった」 「すまないね、アニス」 三人はエントランスを後にし、次はグランコクマへとアルビオールを飛ばす。 グランコクマの街につくと、ガイは早速王宮に向かって行く。 全然迷いのないその様子にむしろアニスとジェイドが逆に気遣ってしまう。 しかも兵士の誰一人としてガイだと気付かず、ついには謁見の間にやってきてしまった。 「おお、ルークか。エルドラントのことで話を聞いているぞ。ヴァンを倒したそうだな」 「はい」 「こちらでは世界を救った英雄としての式典を開きたいと考えているんだが…」 「…えっと、…それなんですが……」 ルークが答えるその傍らにはガイの姿がある。 さすがにピオニーはガイのことに気付いて、笑った。 「ガイラルディア。やっとグランコクマに戻ってきたか」 「ご無沙汰しておりました、ピオニー陛下」 ガイが頭を下げれば、謁見の間にいた兵やゼーゼマン参謀長は驚いてガイを見る。 その場に居合わせたフリングス将軍でさえ、ガイの様子に目を丸くしていた。 「今回は陛下にお願いがあり、馳せ参じました」 「なんだ?」 「三カ月の間、御暇を頂きたいのです」 「…お前を暇か……」 式典の事を話したら口を濁したルークに、三カ月の間暇が欲しいと言ったガイを見てピオニーはすぐに分かった。 「なるほど。公務に追われる前に三カ月だけ旅に出たいということか」 「ご明察の通りでございます」 答えたのはガイだった。 それにまだピオニーを覗く周りの人間は固まっているのだが、ピオニーは快諾する。 「いいぞ。行って来い。若い時間は一瞬だからな」 「感謝いたします。では御前を失礼致します」 想像以上に簡単に事が進んで不気味なルークは謁見の間を出ると眉を顰めた。 「なんか物分かり良すぎねーか?」 「ピオニー陛下のことだ。どうせあとで俺に碌でもないことを考えているだろうな」 ガイは少し顔を歪ませると、一緒に来ていたジェイドとアニスがおかしそうに笑っている。 ルークはそれを見て、マルクトって大変だなとガイに同情した。 アルビオールを停泊させた港にたどり着くと、ジェイドはガイに訊ねる。 「いいんですか?屋敷には帰らなくても」 「いいさ。今帰ったら混乱するだろうしな」 ガイは肩を竦め、連絡船に乗り込む。ルークとの旅ではアルビオールを使わない。 それは旅の第一条件だった。 なぜならば、アルビオール三号機は壊れてしまい、二号機は緊急時の為に取っておきたいというのがキムラスカの考えだったからだ。 船に乗り込んで、潮風が髪を撫でていく。 少しべとつくその風にルークは髪を疎ましげに掻き上げるとガイを見る。 「ガイ、一度くらい屋敷に挨拶したらよかったんじゃねーの?」 「今の俺を見たら、きっと泣いちまうだろうからな。だから、いいんだ」 ルークは誰はとは聞けなかった。何となく聞いてはいけないような気がする。 ルークはそれにふーんと答え、胸がちくりと痛むのを感じた。 「それより、ルーク。おまえどこの街に行きたいか考えたか?」 「ケセドニアについた後に考える予定だったから…その…」 「つまり考えてないんだな?」 「……」 ルークは顔を俯けた。そんないい加減な旅があるかと怒られると思ったのだ。 しかしガイはただぽんとルークの肩を軽く叩く。ルークが顔を上げればガイは笑っていた。 「いいじゃないか。旅は行き当たりばったりで。そっちの方が楽しいぞ」 「…おまえってホント馬鹿だなー」 くすりとルークがガイに笑う。ガイはそれを見て目を細めた。 「知らなかったか。俺は馬鹿だよ」 その声は何処までも優しくて、ルークは泣いてしまいそうだった。 冷たいと思った相手は実はこんなにも優しくて、今までこんな笑顔を見せなかったのに自分に向けている。 それはガイが他の世界で自分に会ったからだというが、ルークにとっては自分に優しい笑みを向けてくれるガイの存在が有難かった。 旅を出ると言った時、真っ先にガイと一緒に行きたいと思った。 ガイはその心を知ってか知らずか一緒に旅を出ると言ってくれた。 その時ルークは無性に嬉しかったのだ。 そしてガイはルークに手を伸ばす。 潮風で寒いから部屋に戻ろうと告げたガイの手をルークは取った。 バチカルにいるアッシュとナタリアは最後に一声かけていかなかったルークに腹を立てていた。 それはクリムゾンも同様であり、彼は少し青い顔をしている。 「ガルディオスなどと一緒でルークは大丈夫なのか」 「父上。奴なら腕は確かです。旅の道中は安全でしょう」 アッシュはクリムゾンを安心させる為にそう言ったのだが、クリムゾンはアッシュを睨んだ。 「そういうことではないのだ!もしルークが奴に襲われでもしたら…!」 「……ご心配なのは分かりますわ。けれど、ガイは二度もルークを命を張って庇いましたもの。きっと大丈夫ですわ」 ナタリアはあの時の切迫した様子で語るガイを思い出し、そう口にした。 ガイならきっとルークを本当に守りきる。そう信じても良い様子だった。 しかしクリムゾンはそれに頭を抱え、側にいたシュザンヌが朗らかな笑みをクリムゾンに向ける。 「大丈夫ですわよ。ルークが女性だとガイは知っているようですし、問題ありませんわ」 「! ルークが女だと奴にばれているのか!??」 クリムゾンは驚愕し、余計心配だと顔をますます青くした。額には冷や汗を浮かべている。 それは愛しい我が娘を心配するあまりだった。私の娘がと呻くクリムゾンを見ていたアッシュはつい声を荒上げていた。 「ルークが女だと!?」 「それは本当ですの、叔父様!!しかもそれをガイは知っていますの!?」 アッシュとナタリアがクリムゾンに詰め寄る。クリムゾンはそれに深く頷き、アッシュはわなわなと震えた。 「あ、あいつが……女だと……?そんなもの、信じられる訳がねえだろうがああああ!」 アッシュの悲痛な叫びは屋敷の中にこだましたという。 アッシュはルークが女だと理解し連れ返そうと思った時には、ガイとルークの行方はつかめず、結局三カ月もの間待つことしかアッシュたちには出来なかった。 END
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