どんでん返し


アニスは導師守護役となるべく、日々努力した。
ND2011で導師エノベスが死去した後、当時八歳だったイオンがその後を引き継いだ。
それくらいはアニスは知っていたが、士官学校に通ってから導師イオンのことを自主的に調べた。
何せ、将来的に自分の夫となるかもしれない相手なのだ。
導師イオンを始めて見たのは礼拝堂で彼がステンドグラスを見上げている時だった。
初めて見た時は彼が導師だとは思わなかった。彼が導師だと気付いたのは彼を追うアリエッタを見たからだ。
ピンク頭で、いつも人形を抱えているアリエッタをアニスは士官学校に通い始めてすぐに知る羽目になった。
彼女の名前はあまりにも有名なのだ。幼獣使いのアリエッタは、あの紛争に参加すらしていた。
よくまあガルディオスに殺されなかったものだ、とアリエッタの姿を横目で見る。
あの紛争に介入したダアトの兵士たちはマルクト軍の手によって壊滅したのだ。
アリエッタはアニスに気付いた様子は見せず、頬を紅潮とさせてステンドグラスを静かに見る少年に声をかけた。

「イオン様!アリエッタ、お待たせしちゃって…ごめんなさい」
「―いいんだよ、アリエッタ。気にしないで」

イオンとその少年が呼ばれた時はアニスは目を剥いた。そういえばたった一歳年上なのだと思い返す。
ついアニスはイオン様と声を掛けそうになるが、アリエッタの様子を見て足が止まった。

「でも、…アリエッタはイオン様の導師守護役なのに…イオン様を待たせるなんて駄目、です」
「アリエッタは駄目じゃないよ。君は僕を守ってくれているんだもの。アリエッタがいなかったら僕はここにはいないよ」
「イオン様…」

息を詰まらせて、アリエッタはイオンを見つめる。
それはどう考えてもアニスが入っていい雰囲気ではなかった。
アニスはその場からそろそろと退出した後、ため息をつく。

(なーんだ、こぶつきかあ〜。でもまさかあのアリエッタがあんな風になるなんてびっくりしちゃった)

ふと、アリエッタとイオンの様子を思い出す。どう考えても彼らにつけいる隙はない。
それにまた大きなため息をつきそうになって、アニスははっとした。

(ちょっと待って。あんな状態じゃ導師守護役なんて夢のまた夢じゃん!これじゃあパパとママが!!)

アニスは頭を抱える。なんて無茶苦茶を言ってくれるんだ、あの亡霊はとつい罵りたくなる。
せっかく正式にオラクル騎士団に入団してもこれでは意味がない。
しかしそんな悩みが案外すぐに解消された。

「ええ!導師守護役を選ぶって本当ですか?!」
「そうらしい。明日の午後、導師イオンと顔を合わせる。心しておくように」

アニスが入団して暫くして、詠師であるトリトハイムがそう告げた。
しかしあまりに突然のことだった。あんなにアリエッタと仲が良かったイオンがまさか喧嘩でもしたのだろうか。
それともガイは最初から知っていたというのか。
アニスはそんな事を考えつつも、導師イオンの護衛になれるように家で予行練習をした。



イオンの周りを囲う少女たちは、皆目がぎらついていた。
アニスはそれにうわーとどん引いてしまう。事実イオンはそれに戸惑っているようでもあった。
誰もがイオンの導師守護役となろうとお互いに牽制しあっている。
これはまずい、とアニスは手が冷えるのが分かった。緊張しているのだ。
これでもしイオンの導師守護役にならなければ、両親の命はない。
アニスは営業スマイルをイオンにして見せて、話を振った。
結果、イオンは何の反応もなくアニスは項垂れる。やっぱり駄目かとぼやくと、トリトハイムがやってきた。

「導師、お決まりになりましたかな?」
「…ええ、はい。そこの、あなた。僕の導師守護役になって下さい」

イオンが指をさしたのはアニスだった。アニスは驚いて目を丸くした。

「私、ですか?」
「はい。導師守護役は一人で十分です。では行きましょう」

イオンは柔らかな笑みを向け、アニスの手を引いた。
アニスは驚くが、すぐに背後からの鋭い視線を感じる。
少し後ろを見れば、導師守護役になれなかった少女たちがアニスを睨んでいた。
アニスはそれにあちゃーと思うが、イオンはアニスを自分の私室に連れてくるなり言う。

「では、これがあなたの仕事です。頑張って下さいね」
「…はい」

どうやらイオンはまるで気付いていないらしい。
アニスはこれから起こる彼女たちの嫌がらせを何とか自分で対処した。
イオンから与えられた仕事は必ずしも簡単ではないし、数が多い。
イオンの仕事は多く、アニスは度重なる嫌がらせについて彼に相談することはなかった。
こういうものは自分で処理するものだと思っていたからだ。
しかしガイを恨まない訳ではない。
なんでこんな大変なものをか弱いアニスちゃんにやらせようと思ったんだと憤る。
それがアニスの原動力となって、アニスはめげずに頑張っていた。



一方ガイは、紛争を鎮静化させたことを買われて多忙な毎日を送っていた。
齢十八にして、貴族としての務めを開始しだしたのだ。
ピオニーが即位して僅か一年ばかりということで、よくガイに貴族たちのことを押し付けてくる。
おかげでルークの装置が前倒しになっていて、ガイは内心苛々していた。
任される仕事の内容もありきたりなもので、書類に目を通す毎日だ。
そんなある日、アニスが導師守護役になったと手紙が届いてもガイは何も思わなかった。
ガイにとってはアニスがイオンの導師守護役になるのは当然なことなのだ。
それをしかもわざわざ手紙を書いて送ってくることに何の意義すら感じない。
残されたのはあと三年だ。その数字がガイを焦慮に駆ける。



ガイは久々にダアトにやってきた。傍にはなんとあのジェイドがいる。
なぜ彼がいるかというと、恐らく一度来ただけのアニスの手紙のことを知りたいからだろう。
ガイは一応仕事でダアトにやってきているのだが、ジェイドが一緒というのが考えられなかった。
今キムラスカとマルクトは停戦状態にある。それの仲立ちをイオンに頼むためにやってきているのだ。
あえて同行者にジェイドを選んだのは、恐らくガイがダアトを行き来しているということを嗅ぎつけているのだろう。
何せ手紙の消印はダアトで行われている。ダアトでの消印の判子は音叉の形だ。

「しかし、人が多いですね。」
「グランコクマも似たようなものだろう」

人に紛れるのは容易いだろう、と投げかけたジェイドにガイはそう切り返した。
ジェイドはおやおやと肩を竦め、先へと進むガイの後を追う。
ローレライ教団が構える教会にたどり着くと、ガイは早速引き継ぎをするために礼拝堂に入った。
そこにいるトリトハイムに書状を手渡し、それを一読したトリトハイムは席を立ち上がる。

「どうぞこちらへ」

ガイとジェイドは黙ってその後を追う。
そうして客間に通されて、そこで座って待つようにと言われた。
ジェイドは辺りに警戒をしているが、程なくしてイオンがやってきた。

「お待たせしてすみません。あなた方がマルクトの使者の方々ですね」
「はい」

ガイが短く肯定する。イオンは体調が優れないのか、少し顔が青ざめていた。
その後ろに背中に人形を背負い、心配顔のアニスの姿がある。

「イオン様。無茶しちゃだめですよ」
「分かっていますよ、アニス」

イオンは小さく頷いて、椅子に腰かけた。アニスはその隣に立つ。
ジェイドはアニスという名前にぴんと来て、不意にアニスに訊ねた。

「イオン様はお身体が弱いのですか?」
「ええ、そうなんです!ですからあんまり無茶言わないでくださいね」

アニスはにっこり笑って、ジェイドに答える。
ガイにまるでアニスが気付いた様子を見せないのは、彼がいつもアニスの前ではローブを被って顔を隠していたからである。
ジェイドは気の所為か、と内心思っているとアニスが言う。

「あ、ご紹介が遅れました。私、アニス・タトリンっていいます。アニスって呼んで下さいね♪」
「これはどうもご丁寧に。私はジェイド・カーティス大佐です。」

ジェイドが空々しく笑って答えた。そうしてアニスはじっとガイの顔を見る。
それはガイが名前を答えるのを待っているようなのは明白なのだが、彼は黙っている。
それを見かねたイオンが、遠慮がちにガイを見た。

「あなたは…ええと、…マルクトの使者として選ばれた…ガルディオス殿、ですね」
「ええ!??」

それを聞いた途端、アニスが素っ頓狂な声を上げた。
身構えた彼女に、ジェイドが目を見張る。どうやらこの子で正解らしい。
しかしガイがアニスを文通相手に選ぶには年が離れすぎているような気がしないでもない。
イオンは突然声を上げたアニスに首を傾げる。イオンも彼の噂を聞いていたがそこまで驚くものなのか、不可解だった

「どうしたんですか、アニス?」
「ガルディオスって、この人がですか!?」

アニスは驚愕した様子でガイを見る。イオンは不思議そうにそれに頷いた。

「書状には彼を使わすと書いてありますが…」
「イオン様がおっしゃった通り、彼がガルディオスで間違いありません。それともアニスは彼がガルディオスだと何か問題でもあるんですか?」

ジェイドが決定的なことをアニスに訊ね、アニスは言葉に詰まった。
そう言えばガイは独断でするといっていた。つまりこの仲間は知らないのだ。
考えれば国に和平を阻もうとする勢力がいるのは当然のことだ。もしジェイドがそうだったらとアニスが肝を冷やす。
とんだ失態だ。イオンも自分に疑心を抱くかもしれない。
ずっとそばにいて心優しいイオンを見てきたアニスは彼が平和を望まない筈がないと思ってきた。
それは結局彼を裏切ってなんかいないと思いたかったからなのかもしれない。
どうしよう、と地面にアニスが目を這わせ、イオンが心細い様子で名を呼ぶ。

「アニス…」
「…イオン様」

アニスはイオンに顔を上げた。イオンはアニスを心配した様子だった。
アニスはそれを見て、意を決して口にする。

「カーティス大佐の言う通りなんです。私、ガルディオスに言われて導師守護役になったんです」
「…」

イオンは目を見開いた。イオンがショックな様子が伝わってきて、アニスは目を逸らした。
ジェイドはその話を聞いて、ガイを見据える。

「どういうことですか。説明して頂けますよね、ガルディオス伯爵?」
「キムラスカとマルクトが和平を結ぶためには導師のお力が必要だ。そのための根回しだ」

ガイの答えははっきりとしたもので、イオンが和平という言葉に関心を示しそちらに目をやった。

「和平を結ぶために…それは、本当ですか?」
「そのためにあなたのお力が必要なのです、導師イオン」

ガイが生真面目に告げれば、ジェイドは肩をすくめる。

「しかしあなたのやったことは許されるものではありませんよ。もしこれがキムラスカにばれたら和平どころではありません」
「そんなものは詭弁だ。陰で働きかけなければ、和平などあり得ない」

イオンはその言葉を聞いて、目を閉じる。
ガイの和平の言葉は本心だ。だからこそ、アニスを導師守護役になるよう働きかけた。
それにアニスを選んだのはイオンの意思だ。イオンはゆっくりとアニスに顔を向ける。

「どうか顔をあげて下さい、アニス。僕はあなたに感謝していますよ」
「…イオン様」

アニスが瞳を揺らし、声が掠れた。イオンは朗らかな笑顔を向ける。

「僕はあなたが側にいてくれてよかったと思います。それにアニスを選んだのは僕の意思なんですから」
「でも…私…」

裏切ったのには変わりはない、そうアニスは目を伏せる。
イオンは席を立ちあがって、アニスの手を握る。イオンの手は温かかった。

「和平を結ぶためにアニスは僕に働きかけようとしたんです。それは悪い事じゃなくて、むしろ褒められるべきことだと思いますよ」
「イオン様っ」

ぼろぼろとアニスが涙を流す。イオンはハンカチを取り出して、アニスに手渡した。
それを傍で見ていたジェイドは、ガイを目を投げかける。

「あなたは最低なことをしますね」
「先に話を持ちかけたのはお前だろう」

だから自分が悪くないというのかとジェイドが呆れていると、いやそうではないかとガイの目を見て気付いた。
彼は自分の進む過程にどれほど人が泣こうが構わないのだ。
アニスが泣きやみ、ハンカチで涙を拭った所を見ると、ジェイドはイオンに声をかけた。

「イオン様、あなたはいいことだと仰いましたが、相手はこのガルディオス伯爵ですよ?」
「…僕は彼のことを知りませんが、先程の彼の言葉に嘘はなかったと思います」

だから信じる。そう言ったイオンはピオニーと重なった。
全くもって偉い要人たちは甘い連中が多すぎる。ジェイドは内心呆れ返えった。

「でももしも和平という甘言で僕を騙したのだとすれば、あなたを容赦しません。肝に銘じて下さい」
「その言葉をそれ相応の覚悟を持たずして、申すことはございません」

ガイは頭を下げ、そう告げる。突如強い意志を持ったイオンにジェイドは目を見張った。
甘いとばかり思ったが、意思はかなり強いようだ。それに彼も和平を望んでいる。

「もし、ガルディオス伯爵が何か企んでいると気付いたら私が報せますのでご安心して下さい」
「…それって、本当ですか?」

アニスが疑わしそうにジェイドを見た。
どうやら彼も和平とやらを目指す、奇特な人のようだが怪しい。
アニスが白い目を向けると、ジェイドは空々しく頷いた。

「ええ、それは勿論です。もしまた戦争が起こればこちらの負けは見えていますからね」
「そんな理由なんですか!?」

アニスがぎょっとして言えば、ジェイドは嘘ですと素気無く言う。
あまりにも素っ気無い答えにアニスとイオンは黙り込み、ジェイドは飄然とした様子を見せる。

「本当のことを言えば、陛下がそれを望んでいらっしゃるんですよ。家臣としてそれは果たさなければならないでしょう」
「その割には、なんというか…」

ガイとあまり意思疎通が取れてないようですね、と言いたげにイオンが遠慮がちに見る。
アニスはガイの言っていたことは本当だったんだと逆に感心してしまうが、ジェイドは言う。

「見るからに彼は怪しいじゃありませんか。提携するなんてとてもじゃないですが考えられません」
「あ、やっぱり…」

アニスはつい言葉を漏らしてしまう。何せ彼は出会った当初から胡散臭いのだ。
本当の目的は明らかに別にありそうである。和平はその過程のひとつにすぎないことくらい誰の目でもわかる。
しかし彼が和平の後何をしようと考えているのか全容が見えて来ないのだから、困るのだ。
これではどんな危険なことを彼がしようとうとしているのかまるで分からない。

「どうやらアニスとは気が合いそうですね。彼に顎で使われているのですから、その気持ちよーく分かりますよ」
「本当ですかー、大佐!アニス、感激です〜!」

アニスは身をくねらせ、早速ジェイドと馴染んだようだ。
イオンはそれを見てクスクスと笑い、ガイは無視して本題に乗り出した。
アニスは当然ちょっとぐらい苦労話をさせろとガイに胡乱げな目を向けるが、彼はびくともしなかった。

会合が上手く終わったあと、ジェイドはダアト教会を出るなり大仰に肩を竦めた。

「それにしても意外でしたね。あなたがそんな根回しをするとは」
「何もしないでおいて和平を結びたいといっている方が可笑しいと思うが」

ガイの言葉は一々正論で、だからこそ疑わしいとジェイドは思う。
いつかの言葉をジェイドはガイにそのままかけていて、今は立場が逆転している。
ジェイドがガイの行動にケチをつけて、彼の考えを暴こうとしている。だが、彼の答えは相変わらずだ。

「言葉ではなんとでも言いようがありますよ」
「弁が立つのはお前の方だろう」

ジェイドはそれを聞いて僅かに目を丸くした。しかしすぐに笑みを張り付ける。

「あなたがそう思っていただなんて、驚きました。今のは一応、褒め言葉として受け取っておきますよ」
「陛下の懐刀は口達者でなければ務まらない」

確かにあの陛下を相手取るには口達者でなければ、難しいだろう。
素直にガイの言葉に頷いたのは初めてのことだった。それもこれもアニスという有力な協力者がいるからだろうか。
彼女は自分と同じでガイを疑い、神経をすり減らしている。
すり減らしているという事実を認めるのは癪であるが、同じ仲間がいるというのは心強いものだ。
それにもっと彼女をつつけば少しはガイの企みが見えてくるかもしれない。

ジェイドはどこか足が軽くなった様でグランコクマに戻った。
そしてガイは、新たに道を開拓すべくまた歩き始める。



あとがき
そろそろゲーム本編に入れるかな。さてガイはどうしたもんかな。
思った以上にガイが動かしにくいです(…)。残念すぎる。
この話の最中でなぜガイがローブを被っていたのか触れていませんでしたが、
ガイがアニスの前でローブを被っていたのはヴァンにアニスと関わっているというのをばれないためです。
別にジェイドに隠していた訳ではないので平然としています。
ぶっちゃけるとガイはもうジェイドのことなんて眼中にないんでしょうね。
頭の中はルーク、ルークで埋め尽くされています。
驚きのルーク九割、残りの一割生かすための問題etcでしょう。
あまりの偏りっぷりにいっそ笑え…ないか。



2011/04/12