落ちる
ND2018となり、新たな年を迎えた。 この一年が最も激動な日々だとガイは知っている。 いつもより早く眼を覚ましたガイは濃霧に覆われた道を歩いて宮廷に向かった。 ピオニーは以前から和平を結びたいと考えていただけはあって、アクゼリュスの救出をキムラスカに任せることにした。 去年の終わり頃にアクゼリュスから障気が出たという情報が入り、唯一アクゼリュスに通じる橋が落ちてしまった。 長きに渡る集中豪雨で、橋が崩れおちたのだ。自然災害に人が抗う術はない。 マルクト側からはアクゼリュスには入れないが、キムラスカ側からならカイツール沿いから入れる道がある。 それが判明したピオニーは、早速仲介役としてイオンにマルクトの使者を請け負ってもらおうと画策する。 ガイはピオニーからイオンを使者として一度マルクトに招くようにと任を受け、ダアトに向かった。 それにはジェイドも一緒になってついて来た。 本来なら彼がやった手引きなのだからジェイドが行くのは当然なのだろう。 ダアトに到着し、早速和平の使者をして頂けないだろうかとイオンに話をした。 すると話を聞いていたモースが、ガイたちの間に割って入り、イオンと碌に話もできずに別れさせられた。 当初からイオンには和平の使者になってもらいたいと伝えていただけはあって、彼はあっさりと了承したものだったが、モースがそれを許さず、イオンを閉じ込めたのだ。 イオンさえダアトから出さなければ、マルクトは和平の使者を出すことが出来ない。 そしてこんな時の為のアニスが大活躍した。 イオンを連れて、アニスはダアトの第一区域にやってきた。 もしもの事態に備えてジェイドがあらかじめ取り決めておいてくれたのだ。 ジェイドは船の手はずを整え、ガイはここでイオンを待つという役割を分担をしていた。 「やっと、伯爵様を見つけました〜。もうちょっと分かりやすい所にいて下さいよね」 「…伯爵ではここでは目立つ」 アニスの言葉を聞いた人が数人振り返ってくる。 アニスはしまったと思うが、すぐに口を尖らせた。 「でも、伯爵様のことなんて呼べばいいか分かりませんよー」 「民間人の前ではガイでいい。―導師も私の事はガイとお呼びください」 イオンはその言葉を聞いて、目を瞬いた。 「ガイ、ですか」 「はい。ファミリーネームを呼ばれては目立ちますので」 「ふーん。ガイか。なんか、不思議な感じだけど伯爵様よりマシかも」 アニスがどこかおかしそうに口にした。 今のガイは名前の響きなど一切気にしない傾向にあるが、今は状況が状況だ。 それにガイはファーストネームより、ファミリーネームの方が有名すぎる。 だからこそアニスも考慮して伯爵さまとだけ言ったのだ。 しかしこの仮の名をガイが一体どこから取ったのか気になり、二人は揃ってガイを見つめる。 ガイは敢えてそれを無視して、アニスとイオンを急かした。 港に到着するとジェイドが用意した船に乗り込んだ。 船の運転はガイが行い、ジェイドはイオンの身に起こった事やアニスにモースのことを色々聞いていた。 ダアトを逃れ、ケセドニアにやってきた。 一旦ケセドニアに船を停泊させ、そこから御者に乗ってマルクトの領土に向かう。 ケセドニアは行商人などが多く集まるだけあって人数が多かった。 イオンはそれにも飲まれそうになり、小さいながらにアニスが前に出るが然程の効果はない。 そのため、ガイが彼らの前を歩くことになり、イオンはガイの名を呼ぶ。 「ガイ、ありがとうございます」 「仕事ですので」 ガイの返事は素っ気無かったがイオンはそれでもありがとう、と述べた。 そしてガイ、と聞いたジェイドが不思議そうにする。 「ガイ?」 「便宜上、そう呼んでもらっている」 ジェイドはそれを聞くなりなるほど、あなたの名前は長いですからねと納得した様子だった。 「人前だと目立つからって、伯爵…ガイが提案したんですよ〜」 「なかなかいい名前じゃないですか。一体どこから取ったんですか?」 ジェイドが空々しく訊ねればガイは「名前からだ」と短い返事だった。 アニスは一体どこがと思うが、彼の名字しか知らないことに気付く。 ジェイドはそう言えばガイラルディアという名前で二文字取ったのかの感心する。 ピオニーがいつもガイのことをそう呼んでいるだけあって、ジェイドはすぐに分かった。 ルグニカ平野に着くなり、そこへ予め止めておいた陸艦タルタロスにイオンたちは身を隠すことになった。 このタルタロスは動く要塞といっても過言ではなく、これならモースがイオンをまた奪取しようとしても守れる。 ガイはタルタロスに到着するなり、ピオニーから親書を貰うべく、グランコクマに戻った。 「こういう時に手続きが面倒ですね」 「同感です〜。やっと和平まであと一歩なのに先に進めないなんてヤキモキしますよ」 わざわざイオンの承諾の書状を渡さなければ親書は発行できない。 その回りくどいやり方で国は成り立っているのだ。 アニスとジェイドが文句を垂れている頃、ガイはグランコクマについた。 グランコクマでは相変わらず和平にケチをつける連中がいたが、ガイは邪魔される事なくそれを受け取った。 そしてガイは焦っていた。もうルークはタタル渓谷に飛ばされているはずだ。 細かな日程は分からないが、確実にマルクトの領土にはいるだろう。 急いでガイがジェイド達の元へ向かえば、イオンが姿を消したとアニスが喚いていた。 ガイは心当たりがあり、急いでそちらに向かう。 ライガクイーンを昨年辺り見に行った時にはいなかった。 その前の年もそうだった。かなりギリギリにならないと現れないと分かった時点でガイは準備だけは整えたのだ。 無論、ライガクイーンを殺さずに倒すための準備である。 ジェイドはガイがやってくるとイオンの捜索をすぐにガイに任せた。 ガイはエンゲーブの住民に聞かなくてもイオンの居所を知っていたが、ローズに取り敢えず聞く。 建前が必要だからだ。でなければ何故住民に聞かなくても分かるとジェイドに根掘り葉掘り聞かれるだろう。 そうして導師イオンが北の森に言った可能性が高いと分かるとガイはそちらに向かった。 イオンが動いたということはルークもすでにこちらに来ている可能性が高い。 自分がいるせいで一々ジェイドが自分任せなのが腹立たしいがガイは足を速めた。 森の奥深くに行くと、ライガクイーンとルークが交戦しているのが目に入った。 それは明らかに疲れていて、動きが鈍い。 ガイはルークを助けるべく、前もって用意していた麻酔を塗りたくった剣でライガクイーンを攻撃した。 予想通りライガクイーンは一瞬のうちに睡眠薬が身体に巡り、地面に倒れた。 そしてガイは一目ルークの姿を確認しただけで、すぐにイオンに振り返り言葉を掛ける。 「お探ししました、導師イオン。このような場所にいらっしゃったのですね」 「ガイ…、あなたが来たということは親書が届いたのですね」 イオンがはっとした様子で口にすればガイはその通りであると認めた。 そんな自分たちをルークとティアは驚いているようだったが、予想外にもルークが声を掛けてくる。 「あんた、イオンの知り合いなのか?」 「…ああ、そうだ」 ルークはやはりガイの事を知らなかった。今までに合った仲間たちは大抵そんな様子だ。 分かりきっていたことなのだが、このルークは自分のルークとは違うのだなとまざまざと感じる。 本質的な部分は確かに同じだろうが、このルークには自分と過ごした記憶がない。 そんな当たり前のことは鼻から分かっていた。それでもガイはルークを救うのだ。 そんな折、イオンはガイを気にした様子で見ていて、ガイはすぐルークから目を逸らした。 イオンをジェイドに届けた後は、ガイは振り返らずに歩いていく。 今いるルークは自分にとって大切なルークであることには変わりはない。 ガイはルークの姿を見て改めて実感する。ただルークさえ生きていればいいのだ。 ルークさえ生きていればいい。ルークさえ悲しまなければいい。 それだけで自分は幸せなのだ。それが如何に自己満足であっても、ガイはもう立ち止まることができない。 グランコクマで親書を届けたことを報告し、ガイは次にすべき事の準備を整える。 ルークが一番悔んでいたのはアクゼリュスのことだった。 これをピオニーの力を借りず、ほぼ自分の力で救いださなければならない。 ジェイドがグランコクマにいないというのはかなりガイの動きをよくした。 それだけ動きが取りやすいのだ。 ルークを連れて行っておよそ一カ月後に彼らはバチカルに着くだろう。 アニスがこちらにやっとカイツールを出ましたという手紙がガイに届いた。 きっとアニスなりの気遣いなのは明白なのだが、ガイはその手紙が届くと同時に屋敷を出た。 内容を見なくても大凡それが誰かに邪魔されたという内容ではないと分かっていたからかもしれない。 ガイが向かった先はシェリダンだった。久しぶりに訪れたガイをイエモンたちが温かく迎える。 ギンジも友人としてガイを歓迎した。 「ガイ、久しぶり!一年ぶりくらいかな?」 「もう一年も経つんだな。ギンジは相変わらずか?」 ガイが友人として砕けた調子で話をする。 本当はこんなことをやっている時間が惜しいのだが、急にアルビオールに乗りたいなど言えば向こうは怪しむだろう。 ギンジも他愛もない会話に乗って、久しぶりの交友に笑っていた。 「ところで、ギンジ。折り入って頼みたいことがあるんだが…」 「…アルビオールに乗りたいってことかい?ガイは乗らずに行っちゃったもんなあ」 ガイはせっかくアルビオールを飛ばす手伝いをしたというのに、乗らずに行ってしまった。 当時ギンジは名残惜しく思っていたが、ガイも事情があったのだろうと今なら思う。 「その通りでアルビオールに乗りたい。それで、この事は他言にしてほしくないんだ」 「アルビオールでどこに行くんだい?」 きっと場所が場所だからガイがこんなことを言うんだろうと思った。 しかし空を飛べるアルビオールを誰も襲えるはずがなく、ギンジは心配しなくても大丈夫さといった具合である。 ガイがこうして渋るということは敵国であるマルクトに飛ばしたいということなのは大体分かっていた。 「アクゼリュスに行って、住民を救いたいんだ。あそこは障気が出て、住民たちが今も死に絶えている」 「…」 そこに彼の家族がいるのだろうか。家族のみならず友人も兄弟もいるのかもしれない。 最初上空を飛ぶだけだと思っていたギンジは少しばかり躊躇する。 しかし人の命がかかっていると言われて、黙っている訳にもいかない。 「分かった。アクゼリュスにアルビオールを飛ばそう」 「ありがとう、ギンジ。―経路はここから行ってくれ。この山伝いを超えていけば、マルクト軍に見つかることはないだろう」 アクゼリュスは両国の激戦区とも言える鉱山都市だ。いつも資源を巡って諍いが起こる。 もしかしたらガイはキムラスカ人で、今はマルクト領になってしまったアクゼリュスに行けなかっただけかもしれない。 ギンジはそんなことを思いながらも、ガイの助けたいという気持ちを慮って、アクゼリュスへとアルビオールを飛ばす手はずを整えた。 アクゼリュスに向かうに当たって、ギンジは彼と約束したことがある。 決して操縦室から出ないことと、ガイの指示に従ってほしいということだった。 そしてアクゼリュスに向かったことは誰にも言わないということは絶対である。 アルビオールを出す時はそれの功労者であるイエモンたちに話さなくてはならず、ガイはそこでも他言しないようにと頼んでいた。 彼らを除いてこのことは口にしてはいけないということだった。 彼がなぜそう言うのかはやはり敵国に行くからだと皆は思った。ギンジもその一人である。 アクゼリュスに到着すると、遠目からでもはっきりと見える紫の靄の塊にギンジは絶句した。 ガイはそれを冷静に受け止めているようで、じゃあ俺は行ってくるからなと普段の調子で出て行ってしまった。 ガイはこんな実情を知っていたから、助けたいと願ったのだなギンジは好意的に受け取っていた。 ガイはマルクト軍の兵服に身を包み、アクゼリュスに降り立つ。 住民たちはやっと救援にやってきたマルクト兵を囲み、ガイは集まった住民たちに告げる。 「今からあなたたちを救援致します。どうか歩ける方は私と一緒に救援活動を手伝って下さい!」 ガイの言葉により、住民たちは動けない人を連れてくるなど救護を手伝った。 障気が出て一カ月余り過ぎ住民たちは疲労しているようだったが、あの時と比べれば断然元気だった。 ガイは住民たちをアルビオールに乗せて、橋を越えた先に下ろした。 住民たちはなんでマルクト兵が一人なんだと訝しむ様子を見せる者もいたが、今は臨戦態勢でとガイに適当にはぐらかされた。 そうして約一日と半日あまり、ガイとギンジは動き続けた。 もっとも一番よく動いたのはガイだった。坑道の奥に残された住民を何度も背負って彼は救護した。 全ての住民の移動が終わると、ガイは彼らにセントビナーやエンゲーブに行くようにと伝え、また家族がいるものはその家族のもとへ帰るように伝えて、その場を後にした。 「ギンジ、助かったよ。ありがとう」 「皆無事だといいね」 ガイが独断でこんなことをしているのは明らかで、ギンジはそうガイに笑った。 ガイはそれを聞いて、そうだなと少し顔を暗くする。 きっとこれからが大変なのだ、とガイの顔を見てギンジは思った。 ガイはギンジとシェリダンで分かれ、またグランコクマに戻ってきた。 グランコクマではジェイドたちがキムラスカ側のカイツールにやってきて、次の日にはデオ峠に行くという報告が届いていた。 ガイはぎりぎりの日程だったか、と思いつつ、ルークの無事を願った。 今回の旅もティアと一緒なのは分かるが、不安だった。 もしルークが魔物にやられたら、ヴァンに殺されたらと思うと不安でたまらない。 (ルーク。無事でいてくれよ…!) ガイは願いながらも、いつもの日常に流されていく。 そうして後に連絡が入った。アクゼリュスが崩落した、と。 あとがき 文字数を確認しておったまげた事があります。 一話ごとに大体5000字は最低でも超えています。おお原稿にすると何枚分だ!?何枚分になっちゃうんだ!?と思ってしまった。 でも一番この話が文字数少ないんですけどね(吐血)。 読書感想文でもこんなに書かないぞ。というか、そんなに書いてた自分に驚きです。 それで小説サイトの人って改めてすごいと思いました。 よくそんな風に書けるな。自分は勿論その枠には入りません。微塵も入りません。 入ったら世の小説サイトの方々に怒られてしまう事必至です。 やっとガイがルークを見て、自分もここにいるんだな生きてんだなと感じてきたみたいです。 やっぱりガイはルークがいないと駄目です。二人はお互いの存在を認め合ってこそだと思っています。 結局相思相愛がいいよねってことです! |