顛墜


ルークは陸上装甲艦タルタロスに連行された。
大人しくしていた所為か乱暴な扱いは受けなかったが、ルークは恐怖に震えていた。
しかし怯えているなんてジェイドやティア、イオンに気付かれたくないルークは吠える。

「俺たちをどうするつもりだ!?」
「第七音素の超振動はキムラスカ・ランバルディア王国王都方面から発生。マルクト帝国領土タタル渓谷附近にて収束しました。超振動の発生源があなた方なら、不正に国境を越え侵入してきたことになりますね」

連行する際も正体不明の第七音素がどうとか言っていたことをルークは思いだす。
考え込むルークを尻目に横に座っていたティアがジェイドに抗議すべく、声を上げた。

「大佐!これはファブレ公爵家によるマルクトへの敵対行動ではありません。今回の件は私の第七音素と彼の第七音素が超振動を起こしただけです」
「ファブレ公爵家…ということは彼がその御子息ということですか?」

ジェイドが確認するようにティアを見る。ティアは苦く頷いた。
そしてジェイドは赤い目をルークに向ける。

「ルーク。あなたのフルネームは?」
「…ルーク・フォン・ファブレ。お前らが誘拐に失敗したルーク様だよ」

ルークは不遜ながらに答えた。
ジェイドは誘拐など穏やかではありませんねと口にしながら、話を進める。
どうやらジェイドがここへルークを連れてきたのは不明な第七音素を発していたことと、戦争を止めるために協力がしてほしいから連れてきたようだった。
ルークは考える時間を与えられたが、それはあってないようなものだった。

ルークはジェイドに協力するということで、やっとジェイドたちが何をやっているのか知る事が出来た。
どうやら和平の使者としてイオンを連れ回しているらしい。
そのせいでヴァンが本国に帰還する羽目になったのか、とルークはなんともなしに思った。
やはり世界の情勢はかなり芳しくないらしく、ルークはジェイドたちが話す横で気になったように船室を見回す。

「ルーク。どうしましたか?」
「この陸艦、まさかとは思うけどグランコクマに行く、なんてことねえよな?」

和平という言葉をルークはそのまま鵜呑みにした訳ではない。
イオンは嘘をついている様子はないが、ジェイドは自分の地位を利用して何かしてこないとは考えにくい。
ケセドニアの紛争であの亡霊と協力してキムラスカを壊滅に追いやったジェイドだ。
もし彼に自分を殺す手はずを整えてくれと頼まれて自分をグランコクマに連れて行ったらと思うとルークの顔は青くなる。

「グランコクマには当分戻りませんね。親書を届けない限りは、帰ってくるなと言われているので」
「…なら、いいけど」

嘘ともつかない調子でジェイドが述べ、ルークは顔を逸らした。
明らかに何かに怯えているルークにティアが首を傾げる。

「グランコクマに行くと何かあるの?」
「べ、別に!ただ、ラムダスとかからマルクトは親父を恨んでる奴が多いから注意しろって言われてるからよ」

ジェイドはその言葉で分かった。恐らくこれはガイのことだろう。
何せあの紛争で彼の名前は瞬く間にキムラスカに広がった。
自分が殺した一族の生き残りがマルクトにいると分かったファブレが恐れない筈がないのだ。
ティアはルークの言葉をただ純粋に受け止めて、ジェイドと違って邪推しなかった。
そうね、とどこか辛そうに目を伏せ、ルークは気まり悪くなったのか立ち上がる。

「話は済んだんだろ。自由に艦内をうろつかせてもらうぜ」
「ええ、どうぞご自由に」

ジェイドは空々しく笑い、アニスがルークに駆け寄る。

「ルーク様ぁ〜。良かったら私もお供させて下さいv
「え?ああ、別にいいけど」

きゃわーん、嬉しいです〜と言ってアニスがルークに抱きついた。
ティアはそれに全くと呆れた様子で見て、イオンがルークに声をかけた。

「良かったら僕も一緒に行ってもいいですか?」
「いいぜ」

ルークはイオンに鷹揚に答え、イオンはありがとうとお礼を述べた。
ルークは一々お礼なんて言うな、と言いながら部屋を出る。
その直後、警告音が響き渡り、ルークたちの足が止まった。
ルークがなんだと思っている傍らで、ジェイドが素早く廊下に出てきた。
ジェイドは駆け寄った先にある廊下に設置された伝声管に向かって声をかけている。
なんだかごたごたしてきた。ルークはジェイドに目を投げかけると、彼は言った。

「四人とも。船室に戻りなさい」
「なんだ?魔物が襲って来たくらいで……」

少し小耳に挟んだやり取りをルークが僅かに呆れた様子で言えば、ティアが背後から鋭く言う。

「グリフィンは単独行動を取る種族なの。普段と行動の違う魔物は危険だわ」

そしてタルタロスは大きく揺れ、轟音が響いた。
暫くして艦が止まったのだと理解したルークだったが、ジェイドはまた伝声管に声をかける。
しかし最後に聞こえたのは悲鳴であり、ルークはここから逃げ出したい衝動に駆られた。



タルタロスは六神将に襲われ、ルークたちはそこから脱出するほかなかった。
イオンを何とか六神将から奪い返し、アニスはタルタロスから落ちて言ったらしい事を聞く。
落ちたアニスをジェイドとイオンはアニスなら大丈夫でしょうと語り、ルークはそんなもんなのかとだけ思った。

アニスとの待ち合わせ場所はセントビナーだとジェイドが言うので、ルークたちはその街に向かった。
しかしアニスは手紙だけを残して次の待ち合わせ場所へと進んでしまっていた。
なんだよ、無駄足かよとルークは悪態をつき、次はフーブラス川を行くことになると服と靴が濡れると喚いた。
ジェイドはガキの子守りは大嫌いだったが、ルークの記憶がないという言葉から何やら彼を放っておけなかった。

(まさか…彼は…)

記憶がないというのは何かの因果なのだろうか。しかしルークは外の世界を知らなさすぎる。
いくら記憶喪失になったとはいえ、軟禁状態で屋敷に閉じ込められたとしてもルークは知らないことが多すぎた。
自分が第七音譜術士(セブンスフォニマー)だったということも話ぶりで知らなかったようであるし、公爵は彼に何か隠しているとも思った。 余計な知識をつけてもらいたくなかったのは明白であり、ジェイドはどうしたものかと思う。

ルークはそんな思いを露知らず、フーブラス川の出口がやっと見えると走っていく。
ティアはルークと咎めるが、その目の前にピンク頭の少女が現れた。
イオンはその姿を目にとめると、その少女の名を呼ぶ。

「アリエッタ…!」
「…イオン様」

六神将のアリエッタは、タルタロスを襲った張本人だ。ルークは足を止め、慌てて距離を取る。
イオンはアリエッタに訴えるべく、彼女に一歩歩み寄った。

「あなたなら分かってくれますよね?戦争を起こしてはいけないって」
「イオン様の言う事……アリエッタは聞いてあげたい……です。…でもその人、アリエッタの敵!」

アリエッタはルークたちを睨み、憎悪を向ける。
一体何の事だと思っていると、アリエッタは言った。

「この人たち、ママの仔供を殺した!アリエッタの兄弟を殺したもん!!」
「何言ってんだ?俺たちがいつそんなこと……」

ルークは憎悪を向けられて、当惑する。
アリエッタの兄弟を殺した記憶がない。ましてや子供を殺した覚えなんてなかった。
しかしアリエッタが魔物に育てられたことが明らかとなりルークは声を失う。
あの時、止めていればと思うが金髪の男が言った言葉が響く。
エンゲーブの住民が死ぬ、そう彼は言った。
どちらかの命を選べと言われてルークは自分の命を選んだのだ。
ルークが呆然とする一方で、アリエッタは臨戦態勢を取り人形を掲げた。
その直後、揺れが起こり、地面に亀裂が走ったと思うと紫の蒸気がその亀裂から溢れる。
まともにそれを受けたらしいアリエッタは地面に倒れ、ライガも倒れる。
ルークは迫りくる紫の蒸気に軽くパニックに陥り、ティアが譜歌を歌った。

ティアのおかげで何とかあの紫の煙を吸わずに済んだ。
あれは障気というらしい。
ルークは未だ心臓が鳴りやまず、おどろおどろしい様子でフーブラス川を見た。

「少しよろしいですか?」
「……んだよ。もうすぐカイツールだろ。こんなところで何するんだっつーの」

ルークが足をとめたジェイドに振り替える。
今はフーブラス川を越えて、後はカイツールに向かうだけなのだ。
アリエッタはルークとイオンの計らいで、川を越えてすぐの所に置いて来た。
そしてルークの疑問に答えたのはイオンだった。

「ティアの譜歌の件ですね」
「ええ。前々から、おかしいとは思っていたんです。彼女の譜歌は私の知っている譜歌とは違う。しかもイオン様によれば、これはユリアの譜歌だというではありませんか」

ジェイドがつらつらと述べ、ルークはそれに眉を顰めた。

「はあ?だから?」
「ユリアの譜歌は特別なんです。通常の譜歌は譜術よりも力が劣るというのはあなたも知っていますね。しかしユリアの譜歌は譜術と同等の力を持つと言われています」

ルークはその説明を聞いてもいまいちピンとこなかった。
初めて出会った外の人間はティアといっていいのだ。こんなの当たり前だと思っていた。
しかし世間ではどうやらティアのようなタイプは珍しいらしいが、ルークは興味が湧かなかった。
ティアも曖昧に言葉を濁して、答えないようにしているのだから余計関心が湧かない。

ルークはただ早くバチカルに帰りたいとだけ思う。
屋敷ではお飾りだといのは十分理解しているが、外での理不尽な毎日にルークは嫌気がさしていた。
カイツールでヴァンに出会ったときは最初こそは嬉しかったが、連絡船での話を聞いて思ったのだ。

『世界でただ一人、単独で超振動を起こせるお前を、キムラスカで飼殺しにするためだ』

ヴァンは無論そんなことをさせない、ルークに英雄になれとまで言ったのだがルークはどこかそれを信じられずにいた。
英雄になったりでもしたら、あの亡霊が黙っていないのではないか。
自分の家族を殺された亡霊はルークの中で大きくなっていく。

ルークが彼の名前を知ったのは13歳になったばかりの頃だった。
ホドの生き残りがいた。僅かに生き残った兵士たちが慄然とした様子でそう語る。
それが次第に噂を呼び、ルークの屋敷でもあの亡霊が語られるようになった。

「生気がまるでないそうよ」
「彼が通ったあとは一瞬のうちに血に染まるだとか」
「人を殺しても眉ひとつ顰めないらしいぞ」
「あの戦争以来、表情がないって本当か?」

まさかと思えるような噂ばかりだったが幼心に恐怖を植え付けるのに十分だった。
何より戦利品が屋敷にあって、屋敷にいる者たちはいつか亡霊がそれを取り返すために屋敷に乗り込んでくるのではないかと怯えていた。
ルークも当然のことながらそれに感化され、そして恐怖が大きくなっていく。
父であるクリムゾンもガルディオスの話をすると顔を顰め、シュザンヌは辛そうに目を伏せた。
ルークはそれを見て、自分は憎まれているんだ、その亡霊にと実感したものだった。
そしてメイドや使用人はよく口にする。

「お可哀想にルーク様。お小さいのにあんな亡霊に目をつけられて」
「きっとルーク様を憎んでいるだろうな。何せ次期国王と約束されておられるのだからな」

いつか殺しにやってくる。そんな恐怖がルークに植え付けられた。
そしてヴァンですら、その亡霊のことを話せば曖昧に返すだけだった。
その時にルークは思い知ったのだ。誰も自分を守ってくれない。
自分はこの広い屋敷で独りぼっちだ。

婚約者のナタリアはいつだって過去の自分を求め、父も母も例外ではなかった。
ヴァンは口でこそ何も言わないが、いつも自分はこの程度なのだというようなものを感じる。
自分が卑屈になっていることは分かっているが、ルークは自分の味方が誰一人としていないのだと愕然とした。

そんな時に英雄になれ、というヴァンの言葉はルークにとって死亡宣告にも等しかった。
だが、ヴァンくらいしかルークに関わろうとしてくれる相手がいないのもまた事実でありルークは逆らえない。

ルークはケセドニアに到着すると、バチカルに向かう船へと乗り換えた。
バチカルに帰れば、いつもの軟禁生活が待っている。それはどこかルークの胸を安堵させる。
外は恐ろしいものばかりで、特にマルクトには一生足を踏み入れたくないとさえ思っていた。

アリエッタから憎しみを受け、ルークはすっかり外の世界は恐ろしいものだと考えるようになった。ルークは人からの憎しみは怖いものだと屋敷で痛烈に感じていたからに他ならない。
しかしバチカルに帰って、インゴベルト陛下にイオンを取り次いだ結果ルークは親善大使に任命された。
無論ルークは嫌だと喚くが、ヴァンが人質に取られていると言われて渋々承諾した。
人の命を取るインゴベルトは汚いと思いながら、ルークは地下牢に捕えられたヴァンを迎えに行く。
そこでまたヴァンが前とは百八十度変わった言葉をルークにいい、ダアトに亡命しようとルークに持ちかけた。
ルークはアリエッタのいるダアトなんて冗談じゃないと思いながらも、一応ヴァンと一緒だという建前嬉しいそうに返事を返した。

いやいやながらルークはバチカルを出発することになり、ナタリアもついてきた。
イオンが攫われてしまったらしいアニスもルークの旅に加わる。
ルークたちは廃屋から出ると、外には捕えられたイオンの姿があった。
黒衣を着た赤毛の男が、イオンをシンクに渡そうとしているのが目に入る。
ルークは気付いた時にはその男に向かって剣を抜いていた。

「イオンを返せー!」
「…おまえかっ!」

赤毛の男、アッシュは振り返りルークと応戦する。
瓜二つの顔に誰もが息をのみ、ルークですら動きが止まった。
そして同じ顔の男は六神将だった。
ヴァンが亡命しようといったダアトにいる六神将だと思うとルークはますます気乗りしない。

六神将たちはイオンをタルタロスに乗せて、砂漠に向かって走り去った。
ルークは同じ顔を見て、口の中が酸っぱくなりながらも砂漠に向かって歩き出す。
そして砂漠に入れば容赦なく日差しが照りつけてきた。

「それにしてもアクゼリュスか…、行きたくねー」
「まあ、ルーク!なんということを仰いますの!?今もなお住民たちが苦しんでいるというのに」

ルークが文句の一つでも言えば、ナタリアが猛烈に糾弾してくる。
ルークは自然と口数が減り、ナタリアは早速ナタリア節を発揮していた。

「オアシスに着くまであとどれくらいかかりますの?」
「あともう少し歩けば着くと思いますよ」

涼しい顔でジェイドが告げ、隣を歩くアニスがうげーとした舌を出す。

「大佐、熱すぎですよ〜。ちょっと休まないんですかー」
「休んでいる暇はありませんわ!さあ、参りましょう!!」

体力馬鹿のお姫様は暑苦しく語る。
アニスはそれに思い切り顔を顰めるが、暑さで顔がどろりととろけた。
ティアも暑さにため息をつくが、ルークはからっとした太陽の下、ぼんやりと悩んでいる。

オアシスに着くと、タルタロスが北東に走っていくのを見たとそこの住民から聞いた。
しかもその方角には古い遺跡があるという。
アニスはそこにイオンがいるはずだとけたたましい調子でいい、ルークは気乗りしない様子で向かった。

遺跡に向かって案の定イオンはそこにいて何とか救出できたものの、アッシュの言葉が気がかりだった。
思えばちゃらちゃら女を連れやがってとアッシュは自分を罵っていた。
自分と瓜二つの顔で、ヴァンから同じ流派を習っている。
その点だけでもヴァンは怪しかった。
以前ヴァンは六神将は自分の管轄ではなく、大詠師モースの管轄だと言った。
しかしそれではおかしいのではないだろうか。
どうしてモースにしか従わないアッシュにヴァンは剣術を教えたのだ。
何より自分にだけその剣術を教えているという自負があったのに、それが崩れ去る。
ヴァンを信用していいのか。そんな気持ちがルークの中で膨れ上がった。

カイツールからケセドニアに向かう連絡船で力が暴走したルークを抑えさえてくれたのはヴァンだ。
戦争の兵器にも成り得る力をヴァンは使おうとしているのではないかと思わなかった訳ではない。
そもそも船の一部を跡形もなく消したあの力を使って、どうやってアクゼリュスを救うというのだ。
障気だけを消すということが本当に出来るのかルークは甚だ疑問だった。
ティアでさえフーブラス川で調和するのが大変そうだったというのに自分に出来るとは到底思えない。

今まで第七音譜術士というのを知らなかったルークが第七音素を扱えるかと言われれば扱えないだろう。
ナタリアでさえ治癒術を収めるのに相当苦労していたのだ。

こんなのでアクゼリュスなんて行ってどうするんだ。
ルークは不安になりながらも行くしかない。
デオ峠を超えた所でリグレットがルークたちが襲い掛って来た。
その時リグレットはルークに向かって出来そこない、と言った。
ルークは当然のことながらそれに怒り狂ったが、時間が経つにつれその言葉が気になった。

アクゼリュスに到着してからもルークは考える。
考えに没頭していると、ナタリアの足が止まっていることに気付いた。

「…ナタリア?」
「住民がいませんわ」

ナタリアが辺りを軽く見まわすが人の姿はない。
ルークはそれにえ、と驚いて同様に見回すとナタリアの言う通りいないことに気がついた。
そんなまさかと家を覗いたりするが、人の気配はない。

「どの家もどうやらもぬけの殻ですね。一体どういうことでしょうか?」
「先遣隊はヴァンと一緒に来たといっていました。恐らくその先遣隊が何かしたのでは?」

ジェイドが家から出て、ティアが自分の考えを述べた。
それを聞いたナタリアは凛とした目をティアに向ける。

「先遣隊が何かしたとはどういう意味です?わたくしたちがまだ来ていないのに彼らが全て住民を救護したとあなたは仰りたいの?」
「私はただ可能性を述べただけよ」

キムラスカ軍の姿はどこにもおらず、住民すらいない。
そう考えるのが妥当であることはナタリアも分かっている。
だが親善大使を差し置いて救護したというのだろうか。
それに街に人がいないだけでかなり不気味だった。

「ここで言い争っても仕方がありません。もし先遣隊が先に助けていたのだとすれば、どこかに伝令を残しておく筈です」
「…そうですわね」

ナタリアはジェイドに嗜まれ、目を伏せる。
せっかく住民を救うと意気込んできたというのにその住民がいないというのは出端を挫かれたのと同じだ。
それに親善大使のルークが来る前に済ませてしまう割にこちらには連絡が一切ないのだ。
元からそういう計画だったにしろ、王女であるナタリアに何も連絡がいかないというのもショックだったのだろう。
しかしジェイドはこの状態に何やらとてつもない何かが起こる前触れのように感じる。
動物たちが人間より早く、自然災害に気付いて逃げるようなものを感じるのだ。
そしてルークもヴァンを信じていいのか迷い、リグレットの出来そこないの真意を測りかねている。
様々な思いが渦を巻き、坑道への入り口に辿り着くと背後から声が掛る。
振り返ればオラクルの兵士であり、ルークは身構えた。

「グランツ響長ですね!自分はモースさまに第七譜石のことを知らせたハイマンであります」
「ご苦労様です」

どうやらティアに用があるらしい。
オラクルの兵士は六神将の時に交戦していた為ルークは紛らわしいなと息を落とす。
ティアはイオンから第七譜石折り入って頼まれてハイマンと姿を消した。
ルークはやっとあの冷血女がいなくなったと少し清々した気持ちで、坑道の中へと入っていく。
坑道の最深部らしい所に着くと、そこからさらに小さく道が分かれていた。
アニスは指示を仰ぐべくジェイドを見上げる。

「大佐、どうしますか?」
「…見事なまでに住民が誰一人としていませんね。ヴァンの姿も見えませんし」
「伝令の方の姿も一向に見えませんわ」

ナタリアがため息交じりにいい、イオンは別れた道を見る。

「ここは二手に分かれるというのはどうでしょう。ここからさらに道が分かれていますし」
「そうですね。では、どうやって分けますか、親善大使殿?」

ジェイドが空々しくルークに訊ねた。
ルークはナタリアを強制的に仲間にするという前科を持ち、ジェイドは事あるごとにそう言ってきていた。

「俺はあっちに行く。お前は向こうに行け」
「では、僕はルークの方についていきますね」
「イオン様がいくなら私も行きますぅ!私はイオン様の導師守護役なんですから!」
「では、わたくしはジェイドと一緒ですのね。仕方がないですわ」

本当なら婚約者のルークと一緒がよかったという具合にナタリアがルークを見る。
ルークはそれに気付いていながら、顔を逸らして歩き始めた。
ナタリアはそれに嘆息し、ジェイドは罪な男ですねとナタリアに嘯いて後を追う。

ルークが道を進んでいくと、アニスが視界が悪くて見辛くて怖いですルーク様ぁ〜と腕にしがみついた。
ルークはそれに一々反応するのも面倒で、ずんずん先に進んでいくとヴァンの姿が見えた。
その姿を目に留めるなり、ルークはアニスを振り切って駆け寄った。

「師匠!こんなとこにいたのか。他の先遣隊は?」
「別の場所に待機させている。――導師イオン。この扉を開けて頂けますか」

ルークとのやり取りをしている間に、イオンはルークの背後まで歩いてきていた。
イオンはヴァンがいった扉というものを訝しそうに見る。アニスはその扉を見て首を傾げた。

「……これはダアト式封咒。ではここもセフィロトですね。ここを開けても意味がないのでは」
「いいえ。このアクゼリュスを再生するために、必要なのですよ」

ヴァンが口元に笑みを浮かべてそういった。
再生と言う言葉にルークは迷い、アニスは眉を顰める。

「アクゼリュスを再生ってどういうことですか?」
「…ここを開ければ分かるってことだろ。なあ、イオン。師匠の言うとおり開けてくれよ。師匠に任せとけば大丈夫だからさ」

ルークは自分がアクゼリュスが救えるのなら救いたいと思った。
街に人が誰一人としていないのも障気のせいなのは明白だ。
なら自分はこの街を救いたい。
ルークはそう純粋に思う。何より、アクゼリュスさえ救えば父の目も変わるかもしれない。
ヴァンの毒がルークに回り始めていた。
イオンはルークの言葉を受けて、硬い表情で頷く。

「……わかりました」

イオンは扉の前に向かう。アニスはイオンを止めようとするが、彼は小さく首を振るだけだった。
扉に出ていた紋様が消えて行き、道が開く。ヴァンはその道へと進み、ルークは後を追った。

内部に入ると螺旋状に続く道の中央に大きな音機関があるのが目に入った。
まるで大木のように伸びている白光物体にルークは驚きつつも、黙っているヴァンについていく。
アニスはあれ、なんですかとイオンに訊ねているがイオンも分からないらしく首を傾げていた。

「さあ、ルーク。あの音機関――パッセージリングまで降りて障気を中和するのだ」
「どういうことです?中和なんてできるんですか?」

今ルークたちの目の前には大きなパッセージリングがある。
それは音素をくみ上げる装置であり、中和には程遠い代物のように思えた。
眉を顰めたイオンにアニスも不安げにヴァンを見ていた。

「それができるんだ。俺は選ばれた英雄だからな」

笑って答えるルークにイオンたちはそれならと引き下がった。

その頃、ナタリアとジェイドはすぐ行き止まりとなり、元来た道を戻っていた。
すると最深部で一番広いあの場所にティアの姿がいるのが見える。
ナタリアが声をかければ、ティアからとんでもない事実を聞いた。
そして魔物に追われる恰好でアッシュも姿を現す。
これはティアの話を信じた方がよさそうだと、ナタリアとジェイドは思い、ルークたちが行った道に向かう。

ルークはヴァンに命じられるまま、パッセージリングの前に立ち意識を集中させた。
そしてルークはヴァンに突きつけられた。

「さあ……『愚かなレプリカルーク』。力を解放するのだ!」

ルークは全身から眩しい光を放つ。その横で、ヴァンは哄笑した。

「私が解放を支持したら、おまえは全身のフォンスロットを解放し超振動を放つ。そう、今使っているその力だ。合言葉は……『愚かなレプリカルーク』」

自分は騙されたのだ。それにしてもレプリカとはなんだ。
ルークは屋敷にいてそんな言葉を聞いたことがない。旅の最中でも聞いたことがなかった。
ルークは意識が朦朧とし、地面に倒れる。体はびくともせず、ルークは目だけでヴァンを追う。

「……ようやく役に立ってくれたな。レプリカ」
「…せんせ…い……」

真っ黒に染まったヴァンの目は、剣術の最中に時折見せたあの隠微なものだとルークは気付いた。
やっぱり、師匠は俺を何とも思っていなかったんだ。
絶望が広がるルークに、セフィロトは崩壊を始めていた。



あとがき
ルークの時ばかり気合が入っているって?それは気のせいです。
というより気のせいだと思いたい。
今回はボリュームたっぷりなのは自覚してます。残念!
ちなみにタイトルは「てんつい」って読みます。変換しようとしても出ないんだぜ。
タイトルはいつも適当に思ったことやこの意味よくね?って思ったものを付けて行きます。ええ、いい加減ですとも。
いいタイトルがあれば教えて欲しいくらいです。割と本気で(…)。



2011/04/14