雨の音
雨がしとしとと降り注ぐ。 ルークはいつになくうねる髪の毛を疎ましそうに顔に張り付けて、窓の外をぼうっと見つめていた。 その背後でノックが三回ほど繰り返される。ルークは黙っていた。 相手は入室を許可したものと見なし、ガイがトレイに布をかぶせて中に入ってくる。 「ほら、ルーク。おやつだぞ。昼飯も食いに来なかったんだ。食べろよ」 「食いに行かなかったんじゃねぇ。食いに行けなかったんだ」 ルークのその返答にガイは、ああ、そうですかと内心呻き、がっくりと肩を下げた。 ルークは雨が嫌いだ。ただでさえ狭い屋敷がより一層狭くなる。 その気持ちがガイにも分からない訳ではないが、だからといって昼飯を抜きにしていいわけではないだろう。 そのせいでどれだけシュザンヌ様がただでさえ青い顔をさらに顔色悪くしているのかルークは知っているのだろうか。 しかし当の本人は全く関心がないらしく、ガイが予想していた通りまたこのクッキーかとぼやきながらも頬張っている。 ルークがお腹をすかしていなければいいのだけど、とシュザンヌの心配が的中した訳だ。 ガイがクッキーを頬張るルークを横目で見ていると、ルークは突然眉を寄せた。 ガイはなんだ、何か気分を悪くしたつもりはなかったのだがと見張っていると、ルークはガイに目を立てる。 「ガイ。おまえ服濡れてんじゃねーか」 「そりゃ、雨の中走ってきたからな」 ガイはルークの問いに答えながらも、なるほどと自分の恰好を見て気付いた。 靴には雨の所為で泥が跳ね、服のあちこちには水滴が満遍なく付着している。 いつかこの布に吸われる運命にある水にルークは見た目が悪いと思っているのだ。 それに頭に触れれば水滴が僅かに頭皮に到達する。思ったよりも雨で濡れてしまっているらしい。 気付けばルークは窓の外を見つめて、クッキーを手もち無沙汰にしていた。 「だから雨なんて嫌なんだ。服は汚れるし、服も髪も濡れるしよー」 「でも雨は必要なんだ。雨がなけりゃ、風呂にだって入れない」 ガイが教育係としてルークにそう言ってやれば、ルークは顔を思いっきり顰めた。 ガイはそれにやれやれと苦笑いを浮かべる。 ルークは何にでもうざいものは嫌いだ。 それが唯一別となるのはヴァンの剣術だけというのはガイが一番よく知っていた。 「ルーク。夕飯はちゃんと食べに来いよ。俺がまた雨の中走ってこなきゃならないだろ」 「いやだっつーの。誰が好きこのんで雨の中なんか走るかよ。ガイじゃあるまいし」 おいおい、一体誰の為に俺が雨の中走ってきたんだと思ってるんだとガイはついつい溜息をついてしまいたくなる。 しかし溜息をつけばただでさえルークの不快度指数が高いのによりいっそう高くなるのは目に見えていた。 自分でわざわざ首を絞めなくてもいいだろう。ガイは息を抜いて、ルークを見た。 「雨が降ってたら、俺がお前を迎えに行ってやる。だから夕飯には顔を出せよ。奥様が心配していらっしゃったぞ」 「……」 シュザンヌの事を出せば、ルークは多少は言うことを聞くような様子を見せる。 なんだかんだでルークも母親思いなのだ。しかし黙っているところを見るとルークは濡れるのが嫌なのだろう。 けれど、ガイだって濡れるのが特別好きな訳じゃない。ただメイドが困っているのを見てガイが手助けしただけだ。 ラムダスはガイがこの部屋に行くのは快く思っていないが、今回それを黙認したのはルークの機嫌が悪いことと、昼食を食べにこなかったことが原因だ。 いつもガイに頼む時は夕飯を食べるように念を押す時と、相場が決まっている。 ルークの返事がなければ、ラムダスから小言を言われるのはガイだった。 どうしたもんかとガイが思考を巡らせていると、ルークがガイをちらりと見る。 「雨が降ってなかったら?」 「……雨が降ってなかったら、か」 一人で食べに行けよ、とはガイは言えなかった。ルークは確実に何か期待して言っている。 ルークがこうやって訊ねてくるくらいなのだから、きっとガイの返答次第によってルークの機嫌がよくなる。 今までの経験上それは解りきっていた。 「雨が降ってなくても、お前を迎えに行くよ。どうせ夕飯だって呼ばなきゃならないんだからな」 「夕飯を食べに行かなくていいっていう選択肢はねーのかよ」 不貞腐れたルークの声がする。そういえば夕飯は必ずといっていいほど公爵もいたことをガイは思いだした。 また昼食を食べなかったルークを公爵が小言を言うのは目に見えている。 そっちかよ、惜しいなとガイが思っていると、ルークは不快感を露わにした。 「だから雨なんて嫌いなんだっつーの。生活に必要だとかそんなん関係ねー」 「まあまあ。そういうなって。それに、昼食を食べない理由にはならないぞ」 ガイの言葉にルークは呻いた。結局ルークも自業自得だと分かっているのだ。 雨がうざいから雨に濡れるのが嫌だから、そんなのは昼食を食べない理由にはならない。 本当にルークが嫌がっているのはあのクリムゾンの空気だろう。 ガイはそれについ目を伏せがちになるが、ルークは気付かず黙っている。 ガイは一度クリムゾンのことはさておき、雨を邪見するルークに目を向けた。 「ルーク。雨が降った後にはな。虹が出ることもあって、綺麗なんだぞ」 「そんなのペールがいつも作ってるじゃねーか」 取り成そうとするガイにルークがむっつりとそう返す。 確かにペールは作っているなとガイは苦笑する。 庭師であるペールが如雨露から水をやるのを見ているルークは虹を見たことがあるのだろう。 これは一本取られたなとガイが素直に感じていると、ルークはベッドに寝そべった。 「おい、こらルーク。クッキー食べながら寝るなよ。行儀が悪い」 「うっせーな。どうせガイしか見てねーだろ。問題ねーじゃん」 ルークはガイが公爵に告げ口をするとはまるで思っていないようだった。 それは当然だ。何せルークではなく黙認した自分が責められるのは簡単に分かる図式である。 ガイはそれにとうとう溜息を一つついて、ルークに背を向けた。 「ともかく、ルーク。ちゃんと夕食には来いよ。俺も待ってるからな」 「へいへい」 ルークは適当な返事でありながらも返してくれた。 ガイはそれにほっと胸をなでおろし、その部屋を後にする。 ルークはガイが出ていくのを見ると、体をそっと起こし、また窓の外を見やった。 あと一体どれくらいこのくだらない毎日が続くのだろう。 ガイと少し喋って終わる毎日はルークの外への望みを徐々に薄くさせて行った。 あとがき 本編が始まる前のルークです。 雨の中アッシュと交戦するルークは雨に濡れるのって案外普通なんでしょうか。だったらすいません。 でもフーブラス川の時はすっごく濡れるの嫌がっていたイメージがかなり強いです。 一部だと嫌だけど、全部濡れたらもう怒る気もないってことでしょうかね。 ルークは私の中で結構不思議っ子です。まあでもあの後はガイに文句をぶーぶー垂れてそうな感じです。 ガイ、服がぬれて気持ちわりぃ、なんとかしろ!くらいは言ってそうです。 それをガイがはいはいルーク坊ちゃん、だから動かないで下さいね今すぐ着替えをすませてやっからとか言ってるのを所望します。 |