服が欲しいとルークが言った。
何の脈絡もなしに突如としてルークは口にして、ガイは色気づいて来たなとからかい交じりに笑う。
その答えにルークは当然のことながら頬を剥くらませる。
しかしルークの年頃なら別段服を気遣ってもおかしくはない。
ただ今までガイにそう言わなかっただけで、驚いただけだ。自慢くらいはあったがこうして面と向かって言われるのは初めてである。

「じゃあ今度の休みの日、俺が買い物に付き合ってやろうか?」
「いいなそれ! 服はガイのおごりだよな?」

大学生のガイはアルバイトをしているとルークは聞かされていた。
高校生であるルークの学校はアルバイトは特別な場合ではない限り許されない。
一つ下のティアや三つ下のアニスが特別の例とやらでアルバイトをしていることをルークは知っている。
アルバイトというのはかなり面倒が付いて回るもので、ルークはそんなのはしたくないと思っ ていた。
けれどお金が欲しくないかと言えば、欲しい訳であってアルバイトが出来るガイを羨ましく思う。

「一着くらいなら、買ってやるよ」
「やり!」

ルークはこれで欲しいものが買えると喜ぶが、ガイはそれを見て苦笑いする。
一着しか買わないというのをルークは聞いているのだろうか。

ルークは資産家の娘でお金に困るようなことはない。
けれど、クリムゾンは不要だと思ったものにはお金を掛けない。
だからルークは良く欲しいと思えるゲームが買えなくてガイの家に転がり込むということがごまんとある。
服は必要な物だと思われるのだが、生憎ルークが欲しいと思う服はまるで俗物のようなものだ。
シュザンヌとナタリアが選んだ品の良い服なんてルークは袖を通すのすら嫌がる。
全く何がそんなに嫌なのかガイには理解が出来ない。その恰好は恰好でルークが可愛いと思えるからだ。
だが、ルークが好きなのはギャル系ファッションだ。
肌を露出させる恰好なんて、あのクリムゾンが許すはずもない。



休みの日の当日、服を買う為にガイがルークを迎えに車でやってきた。
ガイは最近父親から中古で購入した車を走らせる。ガイは社長の息子なのだからお金に困るような生活はしていないのだが、そういう家庭の方針で育っていた。
ルークは相変わらずお前んとこ、厳しいなと口にすればガイは言う。

「そんなこともないぜ。第一金を払うって言ったのは俺の方だしな」
「そういうもんかあ? わっかんねえな」

ルークは顔を顰めるが、ガイは分からなくていいさと笑った。

「それより、見えて来たぞ」

ルークはガイに言われて、見えてきたショッピングモールを見てそちらに目を奪われる。 しかし車はその横を通り過ぎていく。駐車場に車を停車させて、そこまで徒歩で歩くのだ。
近くにある商店街で買い物を済ませば、駐車料金は無料ということでガイは早速ルークを連れて歩いた。

店の中は結構男女のカップルが多かった。
休みの日というのが起因しているということは容易に分かるが、それにしても多い。
ガイがそちらに目をやっていると、隣でルークが声を上げる。

「なあ、ガイ! これどう思う?」
「……いいんじゃないか」

ルークが手に取った服は、ホットパンツだ。
かなり短いものだが、今ルークが穿いているのだってホットパンツである。
それなのにガイが文句の一つも言わないのはルークがその下にタイツを穿いているからに他ならない。
けれど自分が買ってやる立場となるとそれに戸惑いを覚え、頭を擡げるのだ。

「あーでも迷うなあ。こっちのデニムは夏によさそうだし」
「……」

ルークは迷った様子で、結局手に取ったホットパンツを戻した。
ガイは内心ほっとして、ルークに早速別のものを進める。

「チュニックとかプルオーバーとかどうだ? 結構シンプルなのがあるぜ」
「うーん」

ガイが無地のチュニックを勧めれば、ルークの反応は薄い。
ルークがレースの類が苦手だと知っているので気遣ったつもりだったが駄目だったかとガイはチュニックを元の場所へ戻す。
するとルークはガイの袖をほんの少し掴んだ。ガイはルークに目を落とす。

「ガイはそういう奴が好きなのか?」
「別に好きな訳じゃないが、露出度が高いのはちょっとな」

ガイが本音を少し漏らすと、ルークが顔を思い切り顰めた。

「お前まで親父みたいなこと言うのかよ! パーティーとかは思いっきり肌が露出してようが構わねー癖に!」
「それとこれとは違うだろ」

困ったようにガイが笑うとルークはどう違うんだよとご機嫌斜めだ。
すっかり機嫌を損ねてしまった。ガイが参ったなと苦笑しているとふと、飾られている帽子が目に入った。
黒い大きなリボンが付いたストローハットに気付けばガイは手を伸ばしていて、それをルークに被せる。
被せて見るとやっぱりルークによく似合った。
ルークはガイの取った行動に驚いていたが、ガイは口元を緩める。

「俺はルークが似合うものだったらなんでもいいさ」
「……」
「その帽子も良く似合って、可愛いぞ」

ガイがルークの帽子に手を置いた。ルークは顔を俯けて、小さな声を出す。

「ばっか。だったら何でショートパンツの時は嫌そうにしてんだよ」

ルークは嫌そうにと口にしたが、実際はガイの反応が薄いの間違いであった。
ガイはそんな風に顔に出ていたのかと驚くと共に困ったように口にする。

「……嫌っつーより、他の奴に見られたくないって思ってな」
「はあ? なんだよそれ。意味わかんねえ!」

ルークは心底分からないと言った具合にガイに文句を垂れた。
だがガイは幼馴染としてずっとルークの傍にいて、いつもルークに気を揉んでいるのだ。
もし見知らぬ男がルークが露出する肌を見ていると考えただけで、落ち着かない。

「そういう恰好をする時はせめて俺の前だけで止めて欲しいんだ」
「……別にいいけどよ」

ガイの言葉は不可解だったが、ガイが真面目な顔をしてそう言うのでルークは頷いた。
ガイはそれを聞くとありがとな、とお礼を述べたのだが、ルークはよく分からず目を地面に這わせる。
なんだかガイにとてつもなく恥ずかしいような言葉を言われたような気がするのだが、結局は良く分からない。
するとガイは顔を逸らしたルークから帽子を取った。

「ルークはさっきのズボンが気に入ってるのか? 買ってやるぞ」
「ちょっと待てよガイ! まだ他の奴見たい」

ルークはガイを見上げ、そしてガイに取られた帽子を奪う。
ガイが目を見張る。

「一応この帽子候補に入れといてやる。でも他に気に入ったのがあったら、そっち買ってもらうからな」
「なるべく安めの奴で頼む」

ガイが笑ってそう言った。ルークはばーか、とガイに背を向けて歩いた。

結局ルークが選んだのは当初迷っていたホットパンツだった。
ガイはやっぱりなと思いつつもルークはなんだかんだで、帽子を手に持ったままである。
どうやらルークはズボンが欲しいと言っておきながら、まだ迷っている様子であった。
ガイはそれを見て、つくづく自分は甘いなあと思いつつ、ルークから帽子を取る。
ルークが短く声を上げるが、ガイはその帽子をルークの頭に置いた。

「オプションでこれ付けといてやるよ」
「…ガイ」

素直になれないルークはガイにありがとうなどと口にすることはなかった。
ただ顔を少し赤くして、憎まれ口を叩く。

「どうせなら、もう一つ買えよな。そんな帽子じゃなくてさ」
「俺が被せた帽子だからな。ま、一足早い誕生日プレゼントってとこでどうだ?」

それを聞いた途端ルークの顔が青くなる。
冗談じゃないと言った具合のルークにガイは笑った。

「冗談だ、冗談。本気にするなよ、ルーク」
「むかつく」

ルークがガイの足を軽く蹴った。ガイはその攻撃を受けつつ、店員に声を掛ける。

「すいません。この帽子とショートパンツ下さい」
「畏まりました」

店員である女性はくすくすと笑いながら、ショートパンツを袋に詰める。

「帽子はどうされますか?」
「どうする、ルーク?」
「取るに決まってんだろ」

ルークが憮然と言い放つと、ガイは情けないくらい眉を下げた。

「なんだ。残念だなあ。よく似合ってるのに」
「アホか。時期的にまだ早いっつーの」

ルークはガイの言葉を問答無用で斬るが、店員は言う。

「そうですか?結構お召しになられる方も多いですよ。春先で日差しが強い時とかに麦わら帽子で日除けにしたりする方もいますし、今日みたいに天気がいい日なんて特にいいと思いますよ」
「なら、ルークが帽子を被っててもおかしくないな」

ガイの言葉を聞いてルークはガイの横顔を凝視する。
ガイはなんともなしにルークから帽子を取ると、店員ににっこりと笑った。

「値札だけ取って下さい。彼女に被せますので」
「分かりました」

店員もガイと同様愛想よく笑って、値札を切るとガイに手渡した。
ガイはルークにそれを被せて、もう一度口にする。

「やっぱりよく似合ってるな」
「お前、帽子フェチかよ?」

ルークが眉を顰めて言えば、ガイはそんなつもりないんだがな、と口にしつつ会計を済ませた。
一万円を楽に越えた買い物にガイは大打撃だなと店を出た時思わず溜息を吐くのだが、ルーク はガイに笑いかけて早速帽子に手を伸ばして振り返る。
その時腰にかかるまでの髪の毛が揺れて、帽子を掴む仕草が随分と可愛かった。

「なあ、ガイ。喫茶店いかねー? 俺腹減った」
「そういうと思って、近くに喫茶店がないか調べておいたぞ。ここの店からだとあっちだ」

さすがガイ!と言ってルークは小さい頃の癖でガイの腕に掴まる。
ものすごくルークを甘やかしている自覚があっても、ガイは止められない。
ガイにとって嬉しそうなルークの表情を見るのが至福な時だ。

その後また随分と出費が増えたのだが、ルークが美味しそうにパフェを食べるのを見れただけ でも良しとするかとガイは車を走らせる。
せめてもの救いは、駐車場の料金が無料で済んだという点だ。
ルークはすっかり帽子を気に入ったようで、車の中でも帽子を被ったままだった。

「そういやさ、ガイはなんでアルバイトする気になったんだ?」
「欲しいものが買いたいからだ。バイトをする理由なんて大体そんなもんだろ」

実際ガイは中古のバイクをバイトしたお金で購入しようとして両親から止められた前科があっ た。
バイクは危険だからせめて車にしてくれと頼みこまれたのだ。
だからガイは車を両親から買ったことを今ようやくルークは理解した。
けれどこんなもの、ガイが欲しいと言えば両親は普通に譲ってくれることはすぐに想像がつく。
ガイの欲しかったバイクは買えないことが判明している。なのにガイと来たら、まだバイトをしているのだ。

「じゃあ、ガイは何が欲しいんだよ?」
「うーん、そうだな。新しいパソコンとか、メモリーとか…ああ、そういえば新しくアイフォ ン出たんだよな。それも欲しいんだがなかなか高いし、まだまだ欲しいものが沢山ある」

ガイは無欲そうに見えて実は機械オタクなせいで物欲がかなり高いことがルークは分かって嘆 息する。

「おまえ、ほんとマニアで気持ちわりぃ」
「そんなこと言うなよ、ルーク」

ガイは自覚があるようで、少し諦めた調子だ。
しかしルークはそんなものに興味を持ち続けるガイに口を尖らせた。

「どうせなら、俺の欲しいものとか買ってくれればいいだろ。そっちの方が、有意義だっつーの」
「おいおい。欲しいものなら今日買ってやっただろ?」
「バーカ。あんなんで足りるかよ。本当はもっと欲しいの我慢してやってんだからな!」

ルークは不遜に言う。
ルークの我儘は今に始まったことではない。昔からルークという奴はそうだ。
ガイが大事にしていたミニ四駆を破壊してもルークからの謝罪は一切なかった。
自分にまるで構わないガイの方が悪いとルークはいつも言うのだ。おかげでガイも全くルークは仕方がないなで割り切れるようになった。今じゃルークがそう言ってこないと逆におかしい感じがして落ち着かないほどである。
それに今ルークを横目でちらりと伺うと言葉が過ぎたと言った具合に顔を俯かせていた。
悪いと自覚しているのだ。そんなルークが可愛くて、ガイは思わず顔がにやけてしまう。

(お前に欲しいもの買ってやりたくて、バイトを始めたって言ったらこいつはどんな顔をする んだろうな?)

それはきっと今以上に後ろめたい顔をするのが想像がつく。それかどん引かれるのが落ちだ。
何よりガイがルークにしてもらいたいのはそんな顔ではない。
ただルークに笑っていてほしい。何せルークは他の人と違って制約が多いのだ。
門限は5時までと普通の高校生なら中々考えられないような時間であるし、どこかにちょっと 出かけるにしても幼馴染相手以外だと一々両親から了承を得なくてはいけない。 それでもし駄目だと言われたら、ルークは出掛けることが出来ない。
その点、双子であるアッシュは門限は無いし、友達とどこかに行こうものなら何も言わなくとも普通に出かけられる。しかも友達と告げる必要もなくただ出掛けたいといえばいいだけの話だ。
随分な差にルークはいつもむすっとした顔を浮かべている。
今日だってガイが相手じゃなかったら、クリムゾンは許可などしなかっただろう。

「また今度も俺が連れてってやるよ。だからそんな顔すんなって」
「そん時もガイのおごりだからな」

告げたガイにルークは顔を逸らしてそう言う。
全く素直じゃない幼馴染にガイは苦笑いを浮かべた。



あとがき
ルークは普通に親善大使モードです。髪の毛も長いしね。
我儘なルークを甘やかすガイが好きです。
あと二人はなんだか付き合ってはいないような感じですね。でももし付き合っていてもルークが親善大使状態だとガイに対してこんな感じだと思います。
ルークは渋谷系だと確かキャラクターブックに書いてあったような気がするのでルークの服装はギャル系なんだなと勝手に思いました。流行の最先端を行かないと気が済まない感じです。ネイルアートとかも凄そうで、ルークに引っ掻かれると相当痛そうです。猫以上の痛さ。
その点ガイは何もイメージしてませんでした。そもそもイメージが湧かない。
…愛情が偏っているのは前からです。(開き直った)