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ガイは落ち込んでいるものだと思ったら平然としたものだった。
普段と全く変わった様子はない。昨夜ふらついていたのが嘘のように、久しぶりの執務の仕事に熱心な様子だった。
ルークはアニスに任せているなら臨時に仕事に復帰するというガイの心遣いは痛み入るものである。

「精が出ますね〜、ガイ」
「旦那も見てないで、仕事をしてくれよ」

仕事が溜って仕方がないとガイが苦笑する。全く普段と変わらない。
まさかガイは昨日のことをまるで気にしてはいないのではないかと疑うほど、ガイは変わらなかった。
暗に自分は大丈夫だからルークの方へ行ってくれともガイは考えているのかもしれない。
だが向こうにはアニスがいるのだし、それにルークの悩みなどジェイドは解消することなどできない。
ジェイドならきっぱりとルークに言うからだ。ガイのことは諦めてもっと他にいい相手を探しなさい、それがあなたにとって幸せな道なのですとしかジェイドは言えない。
ガイも薄々ルークが自分の事が好きくらいは気付いているだろう。
まだ確証を得ている様子はないが、薄らそれを疑う位はしている筈だ。
ルークの気分が悪くなったのはガイが女性に囲まれてからであり、それまでは至って普通だった。
出たくもないパーティーに参加して嫌だと言う割には結構ルークは楽しげであり、あの式典の時の憮然とした様子との温度差があり過ぎてジェイドはこの時点でルークは重症だと思ったものだ。

「おー、ガイラルディア。昨日はすごい艶福家っぷりを発揮していたらしいな!羨ましいぞこの」
「……誰が艶福ですか」

突如として窓からガイの執務室に侵入を果たしたピオニーにガイは憔悴した顔を向ける。
どうやらガイは昨夜のことで疲れがたまっていたようだ。先程までは普段通り過ぎて全くジェイドは気付けなかった。だがピオニーはそんなガイに構うことなくどっしりとした様子で歩み寄ってくる。

「とぼけるなとぼけるな。それに昨夜のパーティーにはルークも参加したそうじゃないか。どうだ? すごい別嬪らしいが、本当のところはどうなんだ?」
「陛下が仕事をしてくれたら教えますよ」

答えるのはジェイドだった。何故ピオニーにルークを合わせないのにジェイドも協力しているのかと言えば、ルークは確実にピオニーに絡まれるのが分かり切っているからだ。
下手をしたらルークにセクハラ紛いのことをピオニーならしかねない。何せピオニーはルークがこちらにやってくると知った時にあいつは本当にないのかと下品極まりないことをガイに何度も聞いていた。ガイはその度に片眉を痙攣させて、怒りを抑えているようであった。その時ばかりはジェイドもガイに同情したことを覚えている。
そして何よりガイが言葉を濁した結果ピオニーはなら本人に確かめてみようかという本気とも冗談とも取れない言葉を発したのだ。その時ガイとジェイドは無言でルークにピオニーを近づけさせないようにしようと結託したものだった。

「どうせ仕事を終わらせたとしても合わせるつもりもないんだろう?だったら俺にも合わせてくれたっていいじゃないか」
「仕事を終わらせた試しもない人が言う台詞だとは思えませんね」
「それにまた仕事から逃げてきたんでしょう? こんな所で油を売ってると、フリングス将軍が困りますよ」

ジェイドのチクリと来る言葉とガイが人を困らせるのはよくないと諭すようにピオニーに言う。
今までガイとジェイドが反目し合っていたとは思えないほどの連携を繰り出す。
この数カ月ですっかりそれは定着しつつあるものの、ピオニーとしてはやはり面白くない。
遠くでフリングスが陛下ーどこですかーと言う声が木霊しているものの、ピオニーはどんとガイの執務机に腰掛けた。

「お前らはいつもそうやって、仕事仕事って俺をなんだと思ってるんだ?」
「勿論マルクト帝国の皇帝陛下だと思っていますよ」

ジェイドがにっこりと笑って告げた。
その白皙の笑みにピオニーは気色悪いといった具合に目を細くしてジェイドを見る。

「どうせお飾りの皇帝陛下だと思ってるんだろ」
「まあ否定はしませんね」
「おいおい」

ジェイドの言葉にガイが苦く突っ込む。これは不敬罪にも当たる言動だ。
けれどピオニーはガイに振り返った。

「お前はどうなんだ、ガイラルディア」
「私はあなたほどの名君を知りませんよ」

ガイが端然としてピオニーに告げた。あまりにはっきり言うものだから、さすがにピオニーも僅かに戸惑いを滲ませる。

「ガイラルディアがそう思っているのは意外だったな」
「陛下の英名赫赫たるお人柄のおかげでフォミクリーが再開出来るのです。何より、私を信じて下さったお方です。そう思うのは当然ではありませんか」

改めてこう言って讃えられるというのは、なんだか嬉しいものだ。
ピオニーはすぐに機嫌を良くしてジェイドに振り返った。

「お前もこういう可愛げがあるといいんだがなー。ガイラルディアの爪を煎じて飲んでみてはどうだ?」
「ならその盛名に恥じぬように仕事をして下さいますよねぇ?」

ジェイドがにっこり笑うその傍ら、ガイはフリングス将軍を呼び出していた。
フリングス将軍は不躾に窓から入ることをお許しくださいと告げて部屋に入るなり、ピオニーの腕を掴んだ。
その事の顛末をピオニーは冷静に見て、こいつら本当に息が合いすぎると思った。

「なんだかんだで仲が良いよな、お前ら」
「気色悪いことを言わないでください。そんなことを言っている暇があるなら早く仕事をなさって下さいよ、陛下」

ジェイドが抗議するが、ピオニーはまだ諦めがつかないのかまあ待てと悠然とした態度だ。

「ガイラルディアに訊ねたいことがあるんだ」
「何でしょうか?」

ガイが折り目正しく訊ねた。今までの慇懃無礼といっていい態度がすっかりなくなっている。
フリングスはまだそんなガイに慣れなくてついガイを凝視してしまうのだが、ピオニーはそのフリングスの肩に腕を乗せた。

「お前、皆が反対する中フリングスとセシル将軍の結婚を一人だけ勧めてただろ。和平の橋渡しとなっていいだろうと口にしていたが、本当にそれだけなのか?」
「……」

フリングスはおどろおどろしい目をガイに向けたのだが、ガイは平然としていた。

「ああ……、それでずっと悩んでいたんですか。それはすまないことをしてしまいましたね」
「すまないとは……、一体どういうことなのでしょう?」

フリングスはガイの口ぶりに困惑する。フリングスははっきり言ってあの時ガイの助言がなければ死んでいたと思う。
それでガイに恩義を感じているというのにさらに敵国の人間であるセシルとの婚約をガイが後押ししてくれた。
三カ月敵国の相手と旅をしたというだけはあって、ガイは敵の間者になったんじゃないかと風潮され、本当はフリングスに向けられる筈だった矛先を一身にガイは受けている。 フリングスはずっと自分に手助けのような真似をするガイが不気味だと思っていた。それにフリングスと婚約したセシル将軍、ジョゼットは美しい。まさかとは思うがと言った具合にフリングスがついガイを疑わしい目を向けているとガイは苦笑した。

「セシル将軍は、俺の従姉にあたる方なんですよ」

フリングスは目を丸くする。ジェイドたちも僅かにガイに目を見張った。

「俺の母の名前はユージェニー・セシルと言います。ですから、セシル将軍には幸せになってもらいたかった。あなたならセシル将軍を大切にすることができる。彼女の噂を聞き及んでいても愛すると口にしたあなたなら、大丈夫です」
「……」

今やっとガイの口から事実を打ち明けられて、フリングスは少し呆気にとられている。
ルークがぶちぶちと文句を垂ながらも、この二人の間を取り持っていた時ガイは決して二人の間柄を口にすることはなかった。
ただこういった熱愛に弱いナタリアや恋慕の噂が大好きなアニスがルークに橋渡しするように言っていたのだ。
傍観視していたガイが、どうしてルークとの旅を終えた途端こうなったのかと言えば、最初からガイは従姉の幸せを考えていたのだろう。

「……そういうことだったんですか」
「ええ。どうかお幸せに」

ガイの祝福を受けて、フリングスはその言葉を重く受け取った。
セシルはクリムゾンの不倫相手だ。この噂を聞いた時、ガイは一体どんな気持ちだったのだろう。
ついフリングスはそう暗く考えてしまいがちだったが、ジェイドはきっとガイのいた世界でも同じことがあったのだろうと思った。
ガイが唯一違うと口にしたのは自分が屋敷に潜入しなかった点だけだと言ったのだ。つまり後は全て向こうと同じことが起きている。
ガイが改変した部分を除けば、後は彼がその世界で体験してきたものとまるで変わらないのだろう。

「もう聞きたいことはありませんね。では仕事に移って下さい」
「――ジェイド。後で俺の部屋に来い。いいな?」

ピオニーはジェイドにそう言うと、フリングスに連れ添われてガイの執務室を後にする。
ガイは旦那もそろそろ仕事に戻ってくれと口にすると、また書類に目を落とした。

ジェイドはピオニーに言われた通り、あのブウサギ臭いピオニーの部屋にやってきた。
ブウサギたちは本を漁り、あちこちに鼻水を垂らした鼻を壁に引っ付けている。

「よく来たな。それでガイラルディアのことなんだが、ルークと出来てるって本当か?」
「……そうだったら良かったんですがね」

ジェイドの言葉を聞くとピオニーは肩を下げた。

「やっぱりそうか。あいつがルークと口にする時は全く違うからなあ。……気持ちは分からんでもないが」

ピオニーはガイが別世界から来たということをジェイドから聞いている。
ガイのルークへの気持ちは生半可なものではないことなど容易にピオニーは見抜いた。
けれどそれは恋慕とは違うだろうなとも思った。何せガイはルークに献身的なのだ。
ヴァンの攻撃を身を呈してガイが庇ったと聞いただけでも分かる。ガイはルークに命を捧げるつもりだ。
それは宮廷に働いている今でも変わらない。着々と自分の地盤を固めているようで、実際は全てルークのためなのは明白だ。
こうなるとガイラルディアも簡単な男だとピオニーは思うのだが、あまりに単純すぎて面白くない。

「事態はもっと深刻でしょうね。ルークがどうなるかと考えただけで、嫌な予感しかしません」
「ガイラルディアなら好きだとすぐ言うんだろうな」

ピオニーが軽口を叩いた。すかさずジェイドは非難する。

「ガイの好きとルークの好きは違います。あなただってそれは分かっている筈です」
「だが、ガイラルディアが一番したいことはルークを幸せにすることだろう?」
「だからといって恋愛感情もないのに付き合えばルークが傷つくだけです」

ぴしゃりとジェイドに言われて、ピオニーも黙り込む。あの少年、もとい少女はきっと悲痛を浮かべてガイに訴えるのが容易に想像がつく。
そしてそれをガイが苦い顔でそれでもルークを幸せにしたいと言い募る事さえ簡単に思い浮かんだ。

「難儀なもんだな」
「……そうですね」

自分たちに出来ることなど一切ない。だからこんな会話など無意味に等しい。
そこへノックの音がして陛下が鷹揚に入れと言うと、アニスが血相を変えて中に入ってきた。
いつもなら陛下と挨拶するものだが、アニスは真っ先にジェイドに駆け寄る。

「大佐! どうしましょう!? ティアがガイが悪いって勘違いして、ルークに問い詰めてるんですよぉ〜!」
「まあ、なるようになるんじゃないですか」

ジェイドの冷たい一言に、アニスは泣きべそをかいた。

「大佐! 酷いです〜! ルークが余計落ち込んだらどうするんですかあ!」
「その時はその時ですよ」

アニスはこっちの気も知らないでとつい、ジェイドを睨みつける。
どうしてジェイドはルークに対してこれほど無関心でいられるのだろう。アニスがそう思っているとピオニーが声をかける。

「なんだ。やっぱり落ち込んでるのか。ここは俺がルークを慰めて」
「アーニス  ルークを絶対陛下の元へ連れて来てはいけませんよ。陛下はルークに余計な事を吹き込んでますます土壷にはめますからね」

ピオニーの言葉を遮ってジェイドがにっこり笑う。ピオニーは肩を竦めた。

「俺もみくびられたもんだ。俺ならルークをすぐに慰めることが出来るぞ」
「ほほう。取り合えず、どうやって慰めるのかお聞きしましょうか」
「まず、ガイラルディアを振り向かせるための巧みな色仕掛けをだな……」
「もう結構ですよ」

ジェイドは眼鏡を押さえ、すぐにアニスに目を向ける。

「こういうことですから、陛下にルークを近づけさせないでくださいね。今のルークだと鵜呑みにしかねないということは分かるでしょう?」
「分かりました、大佐。……でも、ルークはどうしたらいいんでしょう?」

ほらやっぱり俺の力が必要だなと背後でピオニーが騒ぎたてるが、アニスは目を逸らした。

「私、宿に戻ります……」
「そうですか。なら、ガイに合わないように気をつけて帰って下さいね。今の彼は昨夜ルークが屋敷に戻らなかったことを結構気にしていますから」

捕まったら最後だと思って下さい、とジェイドから忠告されアニスはそれを神妙な面持ちでそれに頷いた。
アニスはきっちり陛下にまた今度話ししましょうね〜と手を振った後、その場を後にした。
ピオニーも先程無視されたことを感じさせない笑顔でアニスに手を振って見送る。
パタンと扉を閉められるなり、ジェイドは口を開いた。

「ルークにはガイを諦めてもらった方が良いと思います」
「それは現場を見ての感想か?」

ピオニーがどっしりとソファーに腰掛けて、足を組む。
ピオニーが座ると知るとすかさずブウサギの一匹がその膝上に飛び付いた。
一匹だけ首輪も毛並みも上等なネフリーだ。ピオニーはそのブウサギを撫でつける。

「そうですね。明らかにルークの見る目は違っていましたから」
「答えを出すのが早急じゃないか。一度確かめてみたらどうだ?」

ピオニーのぬらりくらりとした様子にジェイドは内心呆れてしまう。
いつもピオニーは事態が厳しいといっても、楽観視する。
それが自分事ではないと知るといつも以上に無責任な事を言いだすのだから始末に負えない。

「私はルークの悲しむ顔なんて見たくはないですよ」
「それは俺も同じだ。セントビナーの民を、果てや世界を救ってくれた相手に泣いてほしいなんて俺だって思わない」

ピオニーの口は軽い。薄っぺらいその口ぶりにジェイドは訝しい目を向けた。

「そんな相手に一矢を報いるような真似はしない。ただ俺が返礼したいだけだが、望みを捨てるにはまだ早い」

飛耳長目を持つピオニーは自分とは違う何かが見えているのだろうか。
それとも単純にガイとルークの仲を見て楽しんでいるのか、ジェイドには推し量れなかった。



あとがき
本編中のイベントは普通にこなしている設定です。ちなみにガイ関連のイベントは「ガイとヴァン」を除き、やってない感じになってます。
例えば「ふいご」とかやってないです。「ガンバリスト」もやりようがない。ガイは常に無言で固定です。
私はフリングス将軍とセシル将軍に幸せになってほしいので無理やり入れました。一応それを示唆するようなことはルークの方で書いてるんですけど分かりにくかったらすいません。8話でルークが会いたくないっていっているのはそのせいだったんだと思ってくれるとありがたいです。
あとアニスはあっちこっち行って忙しいですね。
宮廷でジェイドの居場所を探してやっと見つけたと思ったら、すぐにとんぼ返りです。
あとセシルとフリングスのサブイベントの補足話です→
よろしかったらどうぞ!長いので注意して下さい。8000字超えてしまった(滝汗)



2011/07/31